↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第1章 出会うことで》
PR
14/42

国境の街ヴェーゼン、新たに挑む《ソラ》

《ソラ》


 定食屋の主人は、ほとほと困った様子でヴェーゼンの現状を語った。

 ブランジェとの戦争による食材などの物価の上昇、怪しげな工作員の潜入。ブランジェとの国境から離れたこの街でも、戦争による悪影響が及んでいるのだ。

 さらには、ブランジェとの前線に多くの騎士や兵士が集められており、ヴェーゼンの守りが薄くなってしまっているとも言う。

 カイはこれらの情報を耳にし、やはり、ブランジェらしからぬ強さと侵攻の速さを感じていた。


 戦争の影響は山積している。守りが薄くなったヴェーゼンに、【紫の紛争地帯】からの不法移民が絶えないというのだ。俺は疑問を口にした。

「フホーイミン?」

「その国や街に入るために必要な手続きや検査を受けずに、ズルをして侵入することさ。僕たちも、街の門で身分や荷物の検査を受けただろう?それを受けずに、何らかの方法でこの街に入っている人たちを不法移民と呼ぶんだ。」

 カイがそう説明すると、定食屋の主人が続けた。

「さっきお兄さんが追い払ってくれたのも、そういう(やから)でしょう。ここ最近で、急に増えたように思います。最初のころなんか、言葉が分からないからと食事代や酒代を踏み倒されたものです。」

 賑やかな街に、暗い予兆が忍び込んでいる。それは俺が知る貧民街とは別の、もっと図々しくて荒々しい予兆に感じた。

 店主は小さく、あんなに明るく陽気な街だったのに、と呟いた。しかし、気持ちを切り替えて、カイとマキの手を取ってこう言った。

「お二人をウチで雇えませんか?お嬢さんは演奏者、お兄さんは荒くれに対する用心棒。謝礼は払いますし、(まかな)いメシも出しましょうっ。」

 いかがです、と必死に乞う様子だったが、旅費に困っていた俺たちには願ったり叶ったりだ。カイとマキは、ぜひと返事をした。


 カイとマキの働き口が見つかったところで、俺たちは改めて会議をした。ブランジェの侵攻の速さを考えると、ヴェーゼンに滞在できるのは長くて一週間か。それを過ぎると、国境を越えて紫の紛争地帯に入ることさえ制限されるかもしれない。紫の紛争地帯に位置する国々が、戦争という厄介ごとや、グランディエからの難民を拒むと言うのだ。

 紫の紛争地帯は貧しい国が多く、旅費を稼ぐのは難しいことが予想される。できるだけ、この街で稼げるだけ稼いでおきたいのだ。

 カイは用心棒、マキは演奏者。では、他の三人は…。

「俺はすぐに見つかるはずだ。ジオリダムの魔道学院の学生だからな。今までも、家庭教師の仕事で旅費を稼いできた。」

 ユフィはそう言うと、早速街へ働き口を探しに出た。残された俺とカスガは、互いに心細く見つめ合う。

「まぁ、街を歩いてみるかのぅ。」

「あぁ、そうだな。」

 二人は宛てもなく、街へ出ることにした。


 ヴェーゼンの街は昼下がりを迎え、よく晴れていた。俺たちはとりあえず大通りを歩き、店先に貼られた求人募集のチラシをカスガに読んでもらった。

 しかし、募集の条件はグランディエ人であること、十六歳、若くとも十四歳以上であることなど、俺たちには高い壁があった。

 どうやら、戦時下でもあり国境沿いの街でもあるヴェーゼンは、人を選んでいるらしい。

 深いため息をついていると、道端で老婆がうずくまっているのが眼に入った。カスガがすぐに駆け寄る。

「どうしたんじゃ、婆ちゃん。」

「こ、腰が痛くて、歩けないのじゃ…。」

「病院に行くんか?」

 老婆の返事を聞くと、カスガは老婆を背負った。俺もそれを微力ながら支え、少しずつ、老婆の腰に負担の無いよう歩いた。

 やがて、古めかしい病院にたどり着いた。どうにも、いい医者がいるように思えない。病院に入ると、若い女が老婆の名前を呼んだ。

「この若者たちが背負って運んでくれてね、助かったよ。ありがとう。」

 老婆は深くシワが刻まれた顔でニコリと微笑(ほほえ)んで礼を言った。俺は何だかむず(がゆ)い。

「婆ちゃん、また腰かい?ずいぶん癖になってるね。」

 病院の奥から、やる気の無さそうな医者が出てきた。

「飲み薬も針も試したが、なかなか効果が出ないねぇ。」

 医者が頭を()きながら(つぶや)くと、カスガがカバンから葉っぱを出した。

「そいなら、これはどうじゃろう?ウードの薬草じゃ。」

 医者と若い女が、疑わしそうにその葉っぱを見つめた。

「坊主、メウィティカの薬剤師かい?」

「ああ、そうじゃ。」

 カスガがそう答えると、医者は皮肉そうに笑って続けた。

「かつては医療先進国と言われたメウィティカも、俺は今は信じちゃいない。ソクアヴェスタが世界に宣戦布告したとき、大国のくせに、自分の国を守るだけで何もしやかったじゃないか。」

 やる気の無さそうな医者がそう言うと、カスガは反論できずに立ち尽くしていた。

「この三十年や十年の間に、メウィティカは医療で遅れを取ってるのさ。でかい口を叩くんじゃない。」

 痛いくらいの静けさが続いた。踏み込むわけにも帰るわけにもいかず戸惑うカスガに、老婆が言った。

「その、ウードの薬草、私ゃ試してみたいよ。」

 その場にいた者が、老婆にパッと目を向ける。

「飲み薬も針も効かなかったんなら、もう何でもいいから試してみたいんだよ。」

 老婆はそう言うと、若い女の力を借りながら、ベッドにうつ伏せで横になった。

「失礼しますぞ。」

 カスガが丁寧に老婆の服をまくると、シワでたるんだ腰が見えた。そして、ウードの薬草を腰に貼り、お湯を絞ったタオルを乗せた。

「温かいねぇ。」

 老婆が気持ち良さそうに呟くと、医者が吐き捨てるように言った。

「ふん、こんなの民間療法じゃないか。」

 そんな言葉は気にせず、カスガは老婆の手をマッサージし始めた。

「婆ちゃん、ここが腰痛に効くツボじゃ。ここなら自分でも押せるじゃろう。それからこのウードの薬草を差し上げよう。この薬草を湯に入れて、足を温めると腰にいいんじゃ。」

 カスガの説明に、老婆は興味深そうに(うなず)いた。

 少しの時間がして、カスガはタオルや薬草を取り、老婆の服をそっと直した。すると、老婆は自分の力で起き上がり、ベッドに腰掛けたのだ。

「ありがとう、若いお医者様。なんだか楽になったよ。」

 そう言う老婆を、医者と若い女は信じられない顔で見ていた。

「あなたたちはメウィティカを悪く言うけどね、私が若いころはこの国の医者は半人前ばかり。それに食べ物も不足していたから、息子も娘も病気ばかりしていたよ。」

 老婆はベッドからゆっくりと降りた。カスガはそれを、さりげなく支えていた。

「息子と娘が病気になる(たび)にね、メウィティカのお医者様が現れて、熱心に病気を直してくれたものじゃ。そのうえ、私たちでもできるような滋養の知識まで授けて下さった。確かにメウィティカのお医者様は一時期、国に(こも)ったしまったけれども、私にとってお医者様はやはり、メウィティカの方じゃよ。」

「婆ちゃんの息子さんと娘さんは今…?」

 カスガがそう尋ねると、老婆はニッコリ笑って答えた。

「お陰さまで、立派になってねぇ。可愛い孫までたくさんじゃ。」

 老婆はうずくまっていたのが嘘のように、ゆっくりだが家路に着いた。

 カスガは古い病院を見渡し、医者に向かって言う。

「お医者様、確かにメウィティカの医療は他の国と比べて独自性が強く、引けを取っておるところもあるかもしれません。じゃが、申し訳ないがこの病院の薬は、大きな街じゃというのに足りんものが多く感じます。」

 カスガの言葉を受け、医者の表情に少し真剣味が表れた。

「ワシを少し、雇ってみてくれませんか?老若男女、あらゆる病気に対応できる薬を揃えてみせますぞ。」

 いつもは少し弱気なくらい優しいカスガが、力強く宣言した。すると、医者はふん、と笑ったあと、言った。

「給金は安いぞ。あと、私のことはドクターと呼べ。」

「ありがとうございますっ。」

 カスガは俺に振り返り、嬉しそうに笑った。俺も親指を立てて笑った。


 しかし、弱った。カスガはそのまま病院に残って働くことになった。カスガがいなくなってしまっては、店頭の求人募集のチラシすら読めない。

 試しに小さな食堂に入って、女将(おかみ)に働き口を聞いてみた。年を聞かれたので、十四歳と嘘をついた。そして、文字は?と聞かれたので、読めるぜ、と嘘をついた。すると、嘘つきに客商売はできないよ、と追い出されてしまった。


 ちくしょう、と悪態をついて歩き出すと、貧民街らしきところにたどり着いた。ゴミが散らかっており、昼間だというのに浮浪者が寝っ転がっている。

 俺はこの旅を始めて、どこか新しい自分になったつもりでいた。少しだが文字も読めるようになってきている。もう浮浪児だったころとはオサラバだ、というくらいの気持ちになっている。

 早く立ち去ろうとした、そのとき。すぐ近くの裏路地から泣き声が聞こえ、(のぞ)いてみると、まだ幼い、おそらく兄妹らしき子どもが見えた。妹のほうが大きな声で泣いている。

「なんだい、どうしたんだい。」

 思わず声をかけると、兄らしい少年が(にら)みつけてきた。気持ちは分かる。貧民街で声をかけてくるヤツは、だいたいロクなもんじゃない。

「睨むなよ、俺はお前たちをいじめようなんて思わないぜ。」

 座っている兄妹に目線を合わせるようにしゃがむと、少年がポツリと呟いた。

「…もう、三日も何も食べていない…。」

「それで、妹がそんなに泣いてるのかい。」

 兄妹は返事をせず、妹は泣き続けている。俺は何も言わず立ち去った。


 グランディエ城下町の貧民街に暮らしていたときも、ああいう兄妹はたくさん見てきた。だいたいどちらかが死ぬか、二人とも死ぬかしていた。

 少し歩くと、商店街に着いた。大人も子どもも楽しそうに買い物をしている。ある店の前で、さっきの兄妹と同じ年頃の子どもたちが何かを食べていた。赤い包み紙に巻かれた、細長く茶色い食べ物。俺は気になって、尋ねてみた。

「なぁ、それなんだい?」

「これ?チョコレートだよ。」

 初めて聞く食べ物だった。

「へぇ、そりゃ美味(うま)いのかい?」

「うん、甘くて美味(おい)しいよ。センソーがこっちに来る前に食べておけってお母さんが言ってた。」

 元浮浪児の勘が働いた。

 俺は雑貨屋に入った。店主はメガネをかけた老爺(ろうや)で、新聞紙を読んでいる。

 棚を観察しているうちに、少年が食べていたチョコレートを見つけた。赤い包み紙だ。そして俺は注意深く、店内を一周した。店主は新聞紙に夢中だ。

 それは、簡単な作業だった。チョコレートに手を伸ばし、長袖にそっと仕舞い込む。都合の良いことに、形は細長い。俺は腕を組んで長袖からチョコレートが落ちないようにして、何もなかった顔で店を出た。

 そして俺は歩き出した。チョコレートはさり気なくポケットに入れ、焦らずゆっくりと歩くのが、盗みの後の注意点だ。あくまでも、何もなかった顔で。


 俺は、裏路地にたどり着いた。

「よぉ、ガキンチョ。」

 俺がそう声をかけると、またも少年が睨むように顔を見上げる。

「これ、やるよ。」

 俺は盗んだチョコレート二本を、兄妹に差し出した。兄妹は驚いている。

「これ、なに?」

「チョコレートさ。美味いぜ。」

 俺は食べたこともないのに、カッコつけてそう言った。兄妹は不思議そうに少し眺めたあと、包み紙を乱暴に剥いた。そして、出てきた茶色い食べ物を怪しげに眺め、ゆっくりと食べた。すると、さっきまでの(すさ)んだ顔や泣き顔が嘘のように、顔をパッと輝かせた。

「お、美味しい…。」

「こんなの初めてっ。」

 兄妹は夢中になって食べた。

「ゆっくり食えって。」

「ありがとう、お兄ちゃん。」

 妹が口の周りをチョコレートだらけにして笑った。兄がそれを袖で拭くと、兄も俺を向いて言った。

「あ、ありがとよ、兄ちゃん。」

「よせよ、俺は帰るぜ。」

 俺はありがとうを言われると、どうにもむず痒くなる。もう日も傾き始めていたので、カイとマキが働く定食屋へ向かった。


 カイとマキも仕事を終え、ついでに定食屋で食事を終えた五人は、宿に入った。安い宿らしいが、俺はベッドで寝るなんて、カイに気絶させられたときくらいしかないので、思わず部屋中を見渡した。

 四人は仕事の稼ぎについて報告し合っている。

 稼ぎが多いのは、ダントツでマキだった。定食屋の主人からの報酬だけでなく、客からのチップや、曲の要望へのチップなど、とにかく一番稼いだ。

 意外と稼いだのはカイだ。用心棒として、あのあとも何人かの荒くれ者を追い払ったらしい。さらには、酔っ払った客に挑まれた腕相撲に勝ち続け、賭け金を相当稼いだらしい。

「いやぁ、筋肉痛になりそうだよ。」

「お前のどこにそんな力があるんだ?」

 腕をぐるぐる回すカイを、ユフィが不思議そうに眺めた。

 ユフィはと言うと、魔道士見習いの兄弟の家庭教師として、一週間働くらしい。支払いは最終日に渡されるが、富裕層とやらの兄弟二人を教えるぶん、割りがいいらしい。

 カスガはあの古めかしい病院で働いてきた。ユフィと同じように、報酬は最終日に支払われるようだ。

「金をいただけるのも嬉しいがのぅ、何より学べることが多そうじゃ。この街の医療に貢献もできるしのぅ。ありがたいことじゃ。」

 そんな四人を俺は気まずそうに眺め、四人も俺をチラリと気まずそうに見た。

「まぁ、なんだ、お前の今一番の仕事は勉強だからな。」

 めずらしく、ユフィが気を(つか)って呟いた。


「私、ずっと気になってたんだけど…。」

 マキが気まずい雰囲気のまま、話し始めた。

「ソラの見た目、何とかしない?」

 マキがそう言うと、他の三人が俺に注目した。

「見た目って、なんでだい。」

 俺が口を(とが)らせると、マキが俺の髪をいじり始めた。そして俺の前髪をまとめている紐を(ほど)き、後ろ髪を結んでいる紐も解いた。

「確かにのぅ…。」

「清潔感がないな。」

 前髪で視界は(さえぎ)られているが、カスガとユフィが俺を不審そうに眺めているのを感じた。

「ちょっと待ってて。」

 マキは部屋を出た。


 マキはすぐに戻ってくると、テーブルの上にハサミやカミソリを並べた。そして、マキが言った。

「私がサッパリさせてあげる。」

「えぇ、俺は長いのが好きなんだよ。別にいいよ。」

 俺は抵抗するが、カイに体を抑えられ、ユフィが大きな布で俺の体を覆った。

「でも、清潔感があれば、食堂とかで働けるかもしれないわよ。皿洗いとか。それに私、劇団の子どもたちの髪を切っていて慣れてるから任せてよ。」

 あの、とんでもなく辛い料理を作ったときのような口ぶりに、思わず不安になる。

「た、助けてくれ。」

 俺はそう言うが、三人の男たちは頑張れ、ジッとしてろとしか言わない。やがて、髪を切るハサミの音がした。俺は全てを諦め、目を閉じて覚悟した。


「でーきたっ。」

 マキの明るい声とともに、俺の体を覆う布が外される。カイやカスガの感心する声が聞こえた。

「いい感じ。男前よ、ソラ。」

 マキがそう言うので、ゆっくりと目を開ける。夜の窓には、知らない少年が映っていた。

「…俺?」

 こんなに短い髪は、初めてだった。首がスースーして落ち着かない。

「なかなか美少年じゃのぅ。」

「まぁ、これなら元浮浪児だとは、誰も思わないな。」

 カスガとユフィはそう言うが、違和感しかなく、窓に映る俺が、自分だと思えない。

「ソラ、騎士はね、見た目の清潔感も求められるんだ。生まれ持った美しさとは別の、日々外見に気を使って生まれる、自然な品性や清潔感をね。見た目の清潔感は、信頼性にも繋がるからね。」

 カイが言うと説得力がある。一見すると金色の髪や瞳に目が行きがちだが、そう言えば、着ているシャツの汚れやシワによく気を遣っているし、靴の汚れも、夜寝る前などにきちんと落としている。

 とは言え、初めての短い髪も、みんなが褒め言葉混じりに何かを言ってくるのも、妙に照れ臭い。俺はもじもじしながら、マキに礼を言った。

「まぁ、マキ、ありがとよ…。」

 マキは床の髪を掃きながら、ニッコリと笑った。


 その日の夜も、俺は字を教えてもらった。今日もいろいろあったが、兄妹を助けたり髪を切ったりと、まとめると気分のいい一日だった。そういう日は勉強も(はかど)る。

 マキは別の部屋で、他の女の旅人たちと眠るらしい。俺たちもベッドに入り、みんな働いて疲れているのか、すぐに眠った。

 明日こそは仕事が見つかりますように。そんなことを思いながら、俺も眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。