第九話 「存在証明」
【広域観測固定 23%】
地下創作圏の空気が重い。
呼吸すら圧迫される。
ネオンは静止し、
ホログラム広告は途中のフレームで固まっていた。
時間そのものが“固定”され始めている。
天城ユウトは白い固定光の中を前へ進んだ。
目の前には、
苦しそうに膝をつくナギ。
そして上空には、
広域観測固定ドローン群。
霧島イツキの声が地下全域へ響く。
「空白個体は危険存在だ」
「認識崩壊を引き起こす」
「存在を許可できない」
その言葉を聞いた瞬間。
ユウトの中で怒りが膨れ上がる。
「存在を許可ってなんだよ」
声が自然と漏れた。
霧島の視線が向く。
ユウトは睨み返した。
「人間が生きるのに、
誰かの許可が必要なのか?」
静寂。
固定空間の中で、
その言葉だけが異様にはっきり響いた。
霧島は淡々と言う。
「感情論だ」
「社会は秩序で維持される」
「危険な存在は管理されなければならない」
「じゃあ、
危険じゃない人間なんているのかよ」
ユウトは一歩踏み出す。
「人を傷つけない作品なんてあるのか?
誰も怒らない物語に意味あるのか?」
【広域観測固定 31%】
空間がさらに重くなる。
クロウが舌打ちした。
「まずい……完全固定される」
レナも険しい顔で周囲を見る。
「このままだと地下区画ごと記録封鎖される」
だがユウトは止まらなかった。
頭の中に浮かぶ。
三〇一話。
感想欄。
『更新待ってた』
『今回やばい』
『救われた』
たった数文字。
でも確かにそこに誰かがいた。
作品を書いて、
誰かに届いて。
それで生きられた。
「俺は……」
ユウトはナギを見る。
少女の輪郭は不安定だった。
今にも世界から滑り落ちそうだった。
「消えそうな奴を見たら、
手を伸ばきゃ駄目だろ」
ナギの赤い瞳が揺れる。
「……どうして」
小さな声。
「私、危険なのに」
「知るか」
ユウトは即答した。
「危険だから消していいなら、
この世界、何も残らねえよ」
その瞬間だった。
ナギの周囲で揺れていたノイズが、一瞬だけ止まる。
レナが目を見開く。
「……認識安定?」
クロウも驚いた顔をする。
「おい、マジか」
【空白個体 観測強度上昇】
【存在同期率 微増】
ドローン群が警告音を鳴らす。
霧島の目がわずかに細くなった。
「……他者認識による存在固定」
ユウトは意味が分からない。
「なんだそれ」
レナが静かに言った。
「空白は、
誰にも認識されないから崩壊する」
「でも逆に――」
ナギを見る。
「強く“存在している”と認識されれば、
現実側へ固定できる」
ユウトは息を呑む。
「つまり……」
「君が今、
ナギを“ここにいる人間だ”って認識したことで、
存在強度が上がった」
ナギが呆然とユウトを見ていた。
まるで、
そんな風に扱われたことが無いみたいに。
【広域観測固定 40%】
上空のドローン群が一斉に赤く発光する。
霧島の声が低く響く。
「危険だ」
「空白を安定化させれば、
認識法則そのものが揺らぐ」
「直ちに停止しろ」
だがその時。
地下創作圏のあちこちから声が上がった。
「……いるじゃねえか」
一人の絵師。
「普通に見えてるぞ」
別の創作者。
「空白っていうから怪物かと思った」
「ただの女の子じゃん」
認識。
言葉。
視線。
それらがナギへ集まっていく。
【存在同期率 上昇】
【空白崩壊 停止】
ナギの輪郭が、
少しだけ安定する。
少女は震える声で呟いた。
「……見えてる」
赤い瞳が揺れる。
「私、
まだ見えてる……」
その瞬間。
霧島イツキの表情が、
初めて明確に変化した。
驚愕だった。




