第八話 「空白災害」
【特級危険存在認定】
【空白災害 発生】
地下創作圏全体へ警報が響き渡る。
赤い警告灯。
鳴り止まないサイレン。
空間そのものが不安定に揺れていた。
「避難しろ!」
「認識固定が崩れるぞ!」
創作者たちが一斉に走り出す。
ホログラム広告がノイズ化し、
通路の輪郭が歪む。
建物が“存在を維持できていない”。
ユウトは息を呑んだ。
「なんなんだよこれ……!」
目の前では、
少女――ナギが苦しそうに膝をついていた。
赤い瞳が激しく揺れている。
「……私、制御できない」
その声と同時に、
周囲の空間が削れ落ちる。
音もなく。
壁が消える。
床の一部が抜け落ちる。
そこには“空白”しか残らない。
黒でも白でもない。
ただ、認識できない何か。
ユウトは本能的な恐怖を感じた。
「空間が……消えてる?」
「違う」
レナが険しい顔で言った。
「観測できなくなってる」
「は……?」
「存在そのものが、記録から外れてる」
ユウトの背筋が冷える。
そんなこと、人間にできるのか。
「空白個体は危険なんだ」
クロウが周囲を警戒しながら言う。
「存在強度が不安定すぎる」
「近くにいるだけで、
現実側の観測が崩れる」
その瞬間。
地下街の大型モニターが一斉に点灯した。
白い画面。
そして。
霧島イツキの姿が映る。
【文化保全庁 緊急観測放送】
「地下創作圏全域へ通達する」
霧島の声は静かだった。
「現在、《空白災害》を確認」
「直ちに対象個体を引き渡せ」
その瞬間、
地下街の空気が凍り付く。
空白災害。
それがどれほど危険なのか、
皆知っている。
「従わない場合――」
霧島の背後で、
巨大な白い機械群が起動する。
【広域観測固定兵器 接続完了】
ユウトは目を見開いた。
「……兵器?」
クロウが顔をしかめる。
「やべぇな。
本気で地下ごと消す気だ」
レナが即座に判断する。
「移動する。ここはもう維持できない」
「待てよ!」
ユウトが叫ぶ。
「ナギはどうする!」
沈黙。
その一瞬だけ、
レナの目が揺れた。
「……連れて行けば、空白災害が広がる」
「じゃあ見捨てるのかよ!」
「そうじゃない!」
レナが珍しく声を荒げる。
「でも今のままだと、
彼女は周囲の認識を崩壊させる!」
ユウトは言葉を失う。
ナギは静かに俯いていた。
「……ごめんなさい」
小さな声。
「また、壊しちゃった」
その言葉が妙に胸へ刺さる。
ユウトは気づく。
この少女は、
自分自身すら“存在できていない”。
だから世界が崩れる。
その時だった。
上空から低い振動音が響く。
巨大な白いドローン群。
数十機。
地下街全域を包囲していた。
【広域観測固定シーケンス 開始】
【危険領域を封鎖します】
ユウトの顔色が変わる。
「……まずい」
レナが舌打ちする。
「固定される!」
「固定?」
クロウが短く答えた。
「空白災害ごと、
地下創作圏を“凍結”する気だ」
その瞬間。
空気が止まった。
ネオンが静止する。
煙が空中で固まる。
時間そのものが鈍化していく。
ユウトは呼吸すら重くなる感覚を覚えた。
【広域観測固定 10%】
霧島の声が響く。
「空白は危険だ」
「存在してはならない」
ナギが苦しそうに震える。
その姿を見た瞬間。
ユウトの中で、
何かがはっきりと決壊した。
「……ふざけんな」
自分でも驚くほど低い声だった。
レナとクロウが振り返る。
ユウトは前へ出る。
白い固定光の中を。
「存在してちゃいけないって、
誰が決めるんだよ」
霧島の目が細くなる。
「天城ユウト」
だがユウトは止まらない。
「消された作品も。
忘れられた人間も。
記録されない奴も――」
拳を握る。
「そこにいるなら、
勝手に無かったことにすんな」
その瞬間。
ナギの赤い瞳が、
初めて大きく揺れた。




