第七話 「記録されていない少女」
地下創作圏は半壊状態だった。
崩れた天井。
焼け落ちたホログラム看板。
煙に混じる焦げた配線の臭い。
遠くではまだ警報音が鳴り続けている。
【観測汚染警戒】
【未認可領域崩壊進行中】
天城ユウトは荒い呼吸を整えながら、目の前の少女を見上げた。
銀色の髪。
赤い瞳。
黒いフード付きジャケット。
年齢は自分より少し下くらいだろうか。
だが何より異様だったのは――
“存在感が薄い”。
視界に映っているのに、
脳が認識を拒否しているみたいな違和感。
「私は、記録されていない」
少女はもう一度言った。
ユウトは眉をひそめる。
「意味分かんねえよ……」
その時。
後方からクロウの怒鳴り声が飛んだ。
「ユウト! そいつから離れろ!」
振り返る。
浅間クロウが壊れた通路の向こうから走ってくる。
レナもいた。
だが二人の表情は険しい。
「……知ってるのか?」
ユウトが問う。
クロウは少女を睨みつけた。
「知ってるも何も、“空白”だ」
空白。
その単語を聞いた瞬間、周囲の創作者たちがざわついた。
「まさか……」
「本当に存在したのか」
「嘘だろ……」
少女は無表情のまま立っている。
レナが低い声で言った。
「名前は?」
少し沈黙。
そして少女は答える。
「……ナギ」
「それ本名?」
「分からない」
ユウトは目を瞬かせた。
「分からないって」
「覚えてないから」
ナギは淡々としていた。
感情が薄い。
だが壊れているわけではない。
むしろ静かすぎる。
「お前、何者なんだ」
ユウトが問う。
ナギは少しだけ考えるように黙った。
そして。
「消された人間」
地下街の空気が凍る。
クロウが舌打ちした。
「最悪だ……」
「どういう意味だよ」
レナが静かに説明する。
「《空白》っていうのは、
観測記録から完全消去された人間のこと」
「情報死とは違う。
作品じゃなく、“個人そのもの”を消された存在」
ユウトの背筋が冷える。
「そんなこと……できるのか」
「本来は不可能」
レナはナギを見る。
「でも理論上、
観測記録を完全断絶すれば存在強度は消失する」
「つまり――」
クロウが続けた。
「普通なら人間として存在できなくなる」
ユウトはナギを見る。
だが確かにそこにいる。
呼吸している。
立っている。
存在している。
なのに。
目を離すと輪郭が曖昧になる。
記憶から滑り落ちる。
奇妙な感覚。
「……お前、本当に人間か?」
ナギは少しだけ目を伏せた。
「分からない」
その瞬間だった。
地下区画全体の照明が激しく点滅する。
【警告】
【第一観測執行局 再接近】
【空白反応検知】
レナの顔色が変わる。
「まずい」
クロウが即座に周囲を確認する。
「追跡されてる!」
直後。
地下街上空の天井が赤く発光した。
巨大な観測スキャン。
空間そのものを舐めるような赤い光が降り注ぐ。
【未登録存在確認】
【空白個体を発見】
ナギの瞳がわずかに揺れた。
その瞬間。
空間が歪む。
周囲のホログラムがノイズ化し、
人々の姿がブレる。
「っ……!」
ユウトは頭を押さえた。
記憶が乱れる。
自分が今どこにいるのか、
一瞬分からなくなる。
「認識崩壊だ!」
レナが叫ぶ。
「ナギ、抑えて!」
「……できない」
ナギの声が初めて震えた。
その瞬間。
地下街の一部が“消えた”。
音もなく。
建物ごと。
存在そのものが抜け落ちる。
誰かの悲鳴。
空白になった空間。
ユウトは息を呑む。
「なんだよ……これ」
ナギは苦しそうに頭を押さえる。
「私が、崩れてる」
赤い瞳が揺れる。
「だから世界も崩れる」
その言葉と同時に。
地下創作圏全体へ、重い機械音声が響いた。
【特級危険存在認定】
【空白災害 発生】




