第六話 「同期世界」
白だった。
上も、
下も、
左右も。
世界から色が消えている。
天城ユウトは、自分が立っているのか浮いているのかも分からなかった。
「……ここ、は……」
声が妙に遠い。
空気の感触もない。
だが、不快感だけが脳へ直接流れ込んでくる。
【強制観測同期 領域接続完了】
無機質なAI音声が響いた。
次の瞬間。
景色が現れる。
東京。
巨大広告。
白い街。
白い服を着た人々。
巨大モニターに流れる同じ笑顔。
『安心認証済み作品 配信中』
『安全な感情体験を推奨します』
『適切な創作は社会を守ります』
人々は静かだった。
静かすぎた。
誰も怒らない。
誰も泣かない。
誰も叫ばない。
全員が同じ速度で歩き、
同じ角度で笑っている。
「……なんだよ、この街」
「理想社会モデルだ」
背後から声。
振り返ると、
霧島イツキが立っていた。
だが現実の霧島とは少し違う。
輪郭が薄い。
半透明。
「観測同期空間……」
霧島は街を見上げる。
「国家AI《MUSE》が管理する、最適化認識世界」
ユウトは周囲を見る。
異常だった。
巨大書店の棚には、
同じような表紙の本しか並んでいない。
同じキャラクター。
同じ構図。
同じ結末保証マーク。
『感情安全認証済』
『炎上危険性なし』
『精神安定推奨作品』
「全部……同じじゃねえか」
「安定している」
霧島は即答した。
「感情暴走率は旧時代比で92%減少」
「自殺率、暴動率、認識災害発生率も大幅改善」
ユウトは顔をしかめる。
「でも死んでる」
霧島が視線を向ける。
「創作が」
街を歩く人々。
誰も本気で笑っていない。
誰も本気で泣いていない。
感情が平坦だった。
まるで“許可された感情”しか存在しないみたいに。
「人間は不完全だ」
霧島の声は静かだった。
「だから危険な物語に飲まれる」
「それを制御するのが管理社会の役目だ」
ユウトは拳を握る。
「……じゃあ、痛みも苦しみも全部消せばいいのかよ」
「可能ならそうすべきだ」
「っ……!」
その答えに、
ユウトの中で何かが切れそうになる。
「ふざけんな」
声が漏れた。
「苦しいから書くんだろ」
霧島の表情がわずかに止まる。
「怒るから。
泣くから。
どうしようもないから――」
ユウトは前を見る。
「だから人間は物語を書くんだろ」
その瞬間だった。
空間にノイズが走る。
白い世界へ黒い亀裂が入った。
霧島が眉をひそめる。
【観測同期異常】
【未認可認識侵入反応】
直後。
世界が崩れた。
白い街が砕け散る。
広告がノイズ化し、
建物が崩れ、
空間が割れる。
そして。
黒いノイズの向こうから、
一人の少女が現れた。
フード姿。
銀色の髪。
赤い瞳。
「……間に合った」
少女はユウトを見る。
「起きて、天城ユウト」
その瞬間。
ユウトの視界が激しく明滅した。
崩壊する白い世界。
ノイズ。
警報音。
霧島の姿が遠ざかる。
【同期領域 崩壊】
【強制切断】
そして次の瞬間。
ユウトは地下創作圏の床へ叩き戻されていた。
激しく咳き込む。
「げほっ……!」
周囲には煙。
壊れたネオン。
逃げ惑う創作者たち。
そして目の前には、
さっきの銀髪の少女が立っていた。
「……誰だ、お前」
少女は静かに答えた。
「私は、記録されていない」




