第三話 「白紙社会」
地下創作圏は、眠らない街だった。
違法配信者。
匿名絵師。
認識改変エンジニア。
国家認証を剥奪された元作家。
誰もが“社会から削除された側”の人間だった。
だが奇妙な熱気がある。
地上の東京より、
よほど人間らしい熱だった。
「座って」
白瀬レナに案内され、ユウトは地下区画の片隅にある小さなカフェへ入った。
店内には古い紙の本が並んでいる。
今ではほとんど見ない光景だった。
「紙……?」
「国家AIが直接修正できない媒体だから」
レナは当然のように答える。
「最近また増えてるよ。アナログ回帰」
ユウトは一冊の文庫本を手に取る。
ページには手書きのメモ。
折れた角。
染み。
誰かが読んだ痕跡。
その瞬間、妙な感覚が胸を刺した。
「……生きてるみたいだな」
「情報に?」
「いや、本そのものが」
レナは少しだけ目を細めた。
「それ、今の社会じゃ珍しい感覚」
店の奥では、小型ホログラム端末がニュースを流している。
【文化保全庁、違法創作対策を強化】
【危険作品による感情同期災害を警戒】
【未認可創作者の通報制度開始】
淡々としたAI音声。
感情のない報道。
ユウトは顔をしかめた。
「危険作品、危険作品って……」
「実際に危険だからね」
レナはコーヒーを一口飲む。
「観測災害は毎年起きてる」
「でも作品だろ?」
「“ただの作品”じゃ済まなくなった」
レナは壁面モニターへ指を向ける。
映像が切り替わる。
崩壊した地下駅。
暴走する群衆。
炎上する広告ビル。
【2038年 新宿感情同期暴走事件】
「……これ」
「違法感情誘導作品が原因」
レナは静かに言った。
「数万人規模で認識同期が発生した」
ユウトは黙る。
映像の中では、人々が同じ言葉を叫び続けていた。
笑いながら。
泣きながら。
怒りながら。
「作品は今、“現実に影響する情報”なんだよ」
その言葉は重かった。
ユウトも理解している。
今の創作は、昔とは違う。
脳接続型ネットワーク。
感情同期技術。
認識共有。
作品は単なる娯楽ではない。
人間の認識そのものへ触れる。
「だから管理が必要……って?」
「国家はそう考えてる」
「お前は違うのか」
レナは少し黙った。
そして窓の外を見た。
ネオン広告が空を染めている。
『安全な物語を』
『認証済み感情設計作品』
『安心できる結末保証』
どれも同じ色。
同じ構図。
同じ笑顔。
「……最近、地上の作品って全部似てない?」
レナがぽつりと言う。
ユウトは答えられなかった。
心当たりがある。
ランキング上位作品。
流行テンプレ。
安全展開。
炎上回避。
AI推奨構造。
誰も失敗しない代わりに、
誰も狂った作品を書かない。
「皆、消されるのが怖いから」
レナは続ける。
「だから無難になる」
「……」
「私たちはそれを、“白紙社会”って呼んでる」
白紙社会。
その言葉が妙に胸へ刺さった。
「何も間違えない世界」
レナの声は静かだった。
「でも同時に、誰も本音を書けない世界」
ユウトは無意識に拳を握る。
三〇一話。
二年間書き続けた世界。
消された理由。
《感情誘導性危険創作》
今なら少し分かる。
あの作品は、
確かに人の感情を揺らそうとしていた。
怒らせたかった。
泣かせたかった。
苦しませたかった。
読者の心を動かきたかった。
だが今の社会では、
それ自体が“危険”なのだ。
「……創作ってなんなんだろうな」
気づけば口に出ていた。
レナは少し驚いた顔をする。
「急に哲学?」
「分かんなくなった」
ユウトは俯く。
「人を動かしたら危険。
でも、何も動かさない作品って意味あるのか?」
沈黙。
店内では古いレコード音楽が静かに流れている。
その時だった。
突然、地下区画全体の照明が赤く点滅した。
【警告】
【文化保全庁 観測介入反応確認】
【監視ドローン接近】
店内がざわめく。
「……来たか」
レナが立ち上がる。
同時に、地下街の大型モニターへ無機質な文字が表示された。
【未認可創作者の一斉検査を実施します】
【地下区画を封鎖しました】
ユウトの背筋が凍る。
「封鎖……?」
直後。
遠くで爆音が響いた。
誰かの悲鳴。
そして機械音。
地下創作圏へ、
国家の手が伸び始めていた。




