第二話 「地下創作圏」
指定された座標は、東京湾旧湾岸区画――第七码頭跡地を指していた。
現在時刻、午前三時十一分。
終電も終わり、人影はない。
海風だけが、錆びた高架橋を鳴らしている。
「……本当に来ちまった」
天城ユウトはスマートグラス越しに周囲を見回した。
湾岸地区は二〇三〇年代の大規模情報災害以降、半封鎖状態になっている。
理由は単純。
監視網が不安定なのだ。
国家AI《MUSE》による観測精度が低下する。
そのため都市機能は縮小され、今では廃棄区画同然だった。
ユウトはスマートグラスへ表示された座標を再確認する。
【TOKYO UNDER ARCHIVE】
【接続地点:半径10m】
「……何もないじゃねえか」
古びたコンテナ。
割れた道路。
崩れかけた防波壁。
地下創作圏なんて、どこにも存在しない。
そう思った瞬間。
視界がノイズ混じりに歪んだ。
「っ……!?」
空間そのものが揺れる。
違う。
認識がズレた。
次の瞬間。
目の前の景色が変わる。
廃墟だった空間に、巨大なホログラム広告群が浮かび上がっていた。
ネオン。
電子看板。
違法配信。
匿名投稿。
大量の立体広告が夜の海を染めている。
『検閲回避プログラム最新版』
『削除耐性アーカイブ販売』
『観測遮断VPN配布中』
人もいた。
パーカー姿の若者。
仮面を付けた配信者。
空中キーボードを叩く創作者たち。
地下都市。
本当に存在していた。
「……なんだ、ここ」
「地下創作圏へようこそ」
突然、背後から声。
ユウトは反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
白い短髪。
黒いロングコート。
左目には半透明の情報モニターが投影されている。
「お前が……メッセージを?」
「そう」
女は頷いた。
「私は白瀬レナ」
その名前を聞いた瞬間、ユウトの表情が変わる。
「……白瀬レナって、まさか」
知らない人間はいない。
数年前、国家認定創作者ランキング上位にいた天才作家。
だが突然、全作品が消えた。
公式記録では、
【自主活動終了】
となっていた人物。
「死んだって噂されてたぞ」
「社会的には死んでるから、間違ってない」
レナは淡々と言った。
その視線がユウトの目を真っ直ぐ捉える。
「君、《情報死》されたんでしょ」
ユウトの喉が詰まる。
数時間前の光景が脳裏をよぎった。
三〇一話。
コメント。
読者。
全部消えた。
「……なんで分かる」
「顔してるから」
レナは小さく笑う。
「自分の世界を奪われた人間の顔」
その言葉に、ユウトは何も返せなかった。
レナは歩き出す。
「ついてきて」
ネオン街の奥へ。
ユウトは無言で後を追った。
地下創作圏。
そこは、国家の認識網から外れた場所だった。
公式記録には存在しない。
検索にも出ない。
だが確かに、人がいる。
創作者がいる。
「ここでは皆、名前を捨てる」
レナが言う。
「国家認証IDも、創作ランクも関係ない」
「……違法だろ」
「そう。だから自由」
その言葉に、ユウトは眉をひそめた。
「自由って、そんな簡単な話か?」
「簡単じゃないよ」
レナは振り返らない。
「だから皆、ここに落ちてくる」
その時。
街頭大型モニターが突然点灯した。
ノイズ混じりの国家放送。
【緊急観測警報】
【危険創作者捜索情報】
映し出されたのは――
天城ユウト本人の顔だった。
ユウトの全身が凍り付く。
【対象個体】
【認識影響危険度:B級】
【無許可創作活動の疑い】
【発見次第、文化保全庁へ通報してください】
「なっ……」
周囲の視線が一斉に集まる。
ユウトは息を呑んだ。
だが。
地下創作圏の人間たちは笑っていた。
「新人だ」
「情報死直後か」
「派手にやられたな」
まるで珍しくもない日常みたいに。
レナは立ち止まり、静かに言った。
「歓迎するよ、ユウト」
ネオンの光が彼女の白髪を染める。
「ここは、“消された創作者たち”の街だ」




