第一話 「情報死」
キャッチコピー
――物語は、誰の所有物だ。
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サブキャッチ
AI検閲国家日本。
“自由な創作”は、犯罪になった。
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投稿ボタンを押した瞬間、天城ユウトは深く息を吐いた。
薄暗いワンルーム。
机の上には空になった栄養ドリンク缶が転がり、壁面モニターだけが青白く部屋を照らしている。
現在時刻、午前一時二十三分。
壁面ディスプレイには、国内最大級小説投稿サイト《NOVA LINK》の投稿完了画面が表示されていた。
【『灰色都市のアーカイブ』 第301話 投稿完了】
「……よし」
ユウトは椅子へ深く沈み込んだ。
三〇一話。
二年間、毎日更新。
誰に強制されたわけでもない。
学校へ行く前に書いた。
深夜のコンビニバイトから帰って書いた。
眠れない夜にも書いた。
気づけば、物語を書くことが生活そのものになっていた。
大ヒット作品ではない。
ランキング上位でもない。
だが確かに読者はいた。
更新通知が表示される。
【閲覧数:+37】
早い。
ユウトは少しだけ口元を緩めた。
「今日も起きてんのか……」
コメント欄を開く。
『更新待ってた』
『今回やばい』
『この展開好きすぎる』
何気ない言葉だった。
だがユウトにとって、それは世界と繋がっている証明だった。
その時。
モニターが突然、赤く染まる。
警告音。
鋭い電子ノイズ。
【警告】
【国家情報文化保全システム接続】
ユウトの笑みが止まった。
「……は?」
画面中央に白文字が浮かび上がる。
【作品解析中】
【感情誘導率測定】
【認識影響指数測定】
【社会同期危険性検査】
背筋に冷たい汗が流れた。
嫌な予感がする。
最近、SNSでは噂になっていた。
危険認定された作品が突然消える。
投稿者アカウントごと“処理”される。
都市伝説だと思っていた。
【解析完了】
【危険観測作品認定】
「……待て」
ユウトは立ち上がる。
【認識影響指数:基準値超過】
【感情誘導率:危険領域】
【社会不安同期性:確認】
【創作文化保護法 第八条適用】
「なんだよ、それ……!」
声が裏返る。
だがシステムは止まらない。
【対象作品を削除します】
心臓が強く跳ねた。
「やめろ……!」
キーボードへ手を伸ばす。
しかし次の瞬間。
【処理実行】
【情報死処分 完了】
画面が白く明滅した。
静寂。
そして。
投稿一覧から、
作品が消えていた。
「…………え?」
ユウトの思考が止まる。
いや、違う。
一話だけじゃない。
全部だ。
三〇一話すべて消えている。
ブックマーク欄を開く。
ゼロ。
コメント履歴。
空白。
フォロワー一覧。
取得不能。
ランキング記録。
該当作品なし。
呼吸が浅くなる。
「嘘だろ……」
震える手で検索窓を開く。
『灰色都市のアーカイブ』
検索結果。
【0件】
喉が乾く。
ありえない。
二年間書き続けた。
確かに存在した。
読者がいた。
感想があった。
なのに。
まるで最初から存在しなかったみたいに、全部消えている。
「なんなんだよ、これ……」
その時だった。
モニター右下へ、小さな通知が表示される。
【UNKNOWN USER 接続要求】
送り主不明。
ユウトは警戒しながら通知を開いた。
そこに表示された文章は、たった一文。
『まだ物語を諦めていないなら、“地下創作圏”へ来い』
直後。
画面全体へ、見慣れない座標コードが浮かび上がる。
【TOKYO UNDER ARCHIVE】
【接続ポート解放】
ユウトは息を呑んだ。
地下創作圏。
噂だけは聞いたことがある。
国家AI監視から逃れた、
違法創作者たちの隠れ場所。
都市伝説。
存在しないはずのネットワーク。
だが。
画面の向こうには、
確かに“誰か”がいる。
モニターの赤い警告表示が、ゆっくりと消えていく。
部屋に残ったのは、
PCファンの微かな駆動音だけだった。
ユウトは静かに拳を握る。
二年間積み上げた世界は消えた。
読者も、
記録も、
証明も。
だが。
物語を書きたいという感情だけは、
まだ消えていなかった。




