六話 キャラバンとの旅 1
灼熱の太陽が天を支配し、砂漠の砂一粒一粒を燃え盛る残り火へと変えていた。ザルカーン率いるキャラバンの隊は、うねる陽炎の向こう側へと重い足取りを進める。駄載獣たちの鼻息は熱を帯び、地獄の釜をひっくり返したような沈黙が周囲を包んでいた。
その列の最前方、砂を蹴立てて駆ける一羽のチョコボがあった。名はゲイル。その背に跨り、鋭い眼光で地平線を見据える男——正志は、この灼熱の行軍において「盾」であり「眼」でもあった。
アイシャの乗るラクダに差し掛かった時、彼女が涼やかな声を上げた。
「マサス様、護衛と斥候役ありがとうございます」
正志は愛鳥の羽を軽く叩き、口角をわずかに釣り上げた。その笑みには、過酷な砂漠を生き抜いてきた男特有の、乾いた色気が混じっている。
「よしてくれ。確かに盗賊からあんたたちを救ったのは確かだが、貸し借りは今回の同行で清算している、意外と感謝してるんだぜ・・・このまま砂漠でさ迷い死ぬのかと思ってたしな、だから……ま、運が良かったのはお互い様だ、それにこの仕事は自分が好きでやってるからな」
「まるで私たちが会ったのは、運命ですわね」
アイシャが微笑んだその瞬間、ゲイルが空気を震わせる高い鳴き声を上げた。まるで、男の不器用な台詞に相槌を打つかのように。
「お前もそう思うか、ゲイル?」
正志はグローブ越しにその硬い首筋を荒っぽく掻いてやった。
「まあ、ゲイルちゃんは言葉が分かるんですか?」
アイシャの問いに、正志は視線を前方、砂丘の影へと戻した。そこには、獲物を狙う肉食獣……あるいは、それ以上に質の悪い「飢えた狼たち」の気配があった。
「こいつは俺の『相棒』だ。腹の底まで読み合ってる。……それにな、あの時あんたたちを囲んでいた野盗どもの頭を真っ先に狙えと言った時も、こいつは迷わず動いた。言葉以上に通じ合ってるのさ」
正志の脳裏には、前日、キャラバンを襲撃した賊の頭や手下に突撃して剣による斬撃や黒魔法で血の雨を降らせた光景がよぎっていた。
「さあ、お喋りはここまでだ。砂の臭いが変わった。お嬢様、大人しく鞍にしがみついてな。……来るぜ」
正志が短く合図を送ると、相棒のゲイルは砂塵を巻き上げ、合図に気付き速度を落とすキャラバンの先頭へと躍り出た。視線の先、地平線を塗り潰すように蠢く影――空腹に理性を焼かれた化け物の群れだ。
「ライブラ」
吐息混じりの呟きと共に、正志の瞳が冷徹な青白い光を宿す。網膜を流れる膨大な情報の断片。
「……ワイルドウルフか。同窓会にしちゃあ、面子が最悪だな」
かつて、孤独という名の檻に引きこもり、ただ効率だけを求めてレベリングに没頭した日々。そこで幾千、幾万と屠り続けてきた手垢のついた獲物だ。正志の口角が、自嘲を孕んだ狩人の笑みに歪む。
「プロテガ」
静かに魔力が物質化し、一人と一羽を拒絶の壁で包み込む。
「ゲイル、準備はいいか。……死のダンスの時間だ」
ゲイルが地鳴りのような咆哮で応える。次の瞬間、爆発的な加速が音を置き去りにし、敵陣のど真ん中へと突き刺さった。正志が愛剣『ルーンブレイド』を淡々と引き抜く。白刃が苛烈な陽光を食らい、冷酷な光を撒き散らした。
「失せろ……エアロガ!」
剣先が空をなぞると、荒れ狂う真空の渦が爆誕した。前列を成していたウルフ共が、まるで千切れた紙屑のように天高く放り投げられる。その圧倒的な暴威に、後続の群れが本能的な恐怖で硬直した。
その刹那を、正志が逃すはずもない。
「はああッ!」
跳躍したゲイルの鋼の爪が、空中の個体を容赦なく砂地へ踏み潰す。正志の剣先からは、黒魔法の紫電が走り、間髪入れず紅蓮の劫火が噴き出した。砂漠の熱気を塗り替える肉の焼ける異臭。断末魔の合唱。
一閃、また一閃。正志の動きには、一切の迷いも装飾もない。ただ最短距離で急所を断ち切り、全ての憎悪をその身に一点集中させ、戦場という名の盤面を完全に支配してみせた。
数十分後。そこにあるのは、物言わぬ肉塊の山と、恐怖に魂を折られ、尻尾を巻いて逃げ惑う数頭の影だけだった。正志は剣にこびりついた脂を無造作に振り払い、鞘へと滑り込ませる。
「……露払いの掃除にしちゃ、少しは退屈を紛らわせたか」
荒い息を吐くゲイルの首筋を、労うように、だが力強く叩く。
「いい動きだった、ゲイル。あとは俺の仕事だ」
正志は冷徹な眼差しで、キャラバン隊の姿が見える前に、痕跡を消す。かつて孤独なレベリングで血の味と共に叩き込まれた、効率という名の悪魔が囁く。
ゲイルに跨ったまま、意識の拡張だけで空間を歪め、ストレージを展開する。
ワイルドウルフの死骸、引きちぎられた四肢、魔力の残滓までもが、砂に吸い込まれるように虚空の倉庫へと消えていった。ショップへ即座に転売。乾いた砂の上に散らばっていた鈍い銀色や赤褐色のコイン、魔石の破片も、瞬きの間に回収された。
それから約30分後。キャラバン隊が駆けつけた時、そこに広がっていたのは、何事もなかったかのように静まり返った黄金の砂漠だった。ザルカーン率いる面々は、さっきまでの激戦の気配を感じ取りながらも、死骸一つ、いや、血の一滴すら残っていない光景に、得体の知れない恐怖と不思議を感じていた。
「マサス殿、化け物の群はどこへ?」
ザルカーンが不思議そうに問う。
「マサス様、それほどの大規模な……まさか、全て?」
アイシャの問いに、正志はニヒルに笑いながら、煙草をくわえるような仕草で応えた。
「すまない、ここにはもうゴミ一つ落ちていない。レディをエスコートするのに、野良犬の死骸は邪魔だったんでな」
正志は冷たい瞳で砂漠を見渡す。
「死骸は魔法で『砂に還した』。あんなものを残せば、砂漠の飢えた化け物どもが嗅ぎつけてくる。さあ、とっととここを離れよう。死の臭いが風に乗る前に、な」
正志のその冷徹なプロの言葉に、ザルカーンたちは完全に納得はしないまでも、その凄みに押され、慌ただしく先を急いだのだった。
正志は、静まり返った砂漠に最後の一瞥を投げ、ゲイルの腹を蹴った。
(……さて、ショップの売上は、まあ悪くない)
胸の内でそう呟きながら。
そして彼らの砂漠の旅はまだ続くのだった。




