四話 砂漠の旅とキャラバンとの出会い
容赦のない太陽が、兜と砂漠を白く焼き尽くしていた。幾度となく押し寄せる砂の壁に阻まれ、鈍りかけた進軍速度を精神力で引き締める。足を止めれば即座に死が待つ。それだけは確かだった。
砂の下から這い出てくる魔物の奇襲に対し、相棒のチョコボのゲイル(疾風)は身を挺して俺の騎乗攻撃を支え、俺は黒魔法の炎で化け物を灰にする。言葉など不要の阿吽の呼吸。信じられるのはこいつの脚力と、俺の魔力だけだ。
夜になれば、砂丘は急速に牙をむき、気温を奪い去る。
焚き火を囲み、ギザールの野菜を差し出せば、相棒は嬉しそうにそれを平らげた。
俺は冷えた体で硬い弁当を噛みしめる。
焚き火の傍らでこいつの温もりに体を寄せ、浅い眠りにつく。
生きている、とはこういう感覚の積み重ねだと、最近は感じる様になった。
明日も、この地獄のような砂丘の向こうに、人が住む街があると信じて進む。
夜空に昇る一等星だけが、俺たちの不変の羅針盤だ。
俺とゲイルの、終わりの見えない旅が続く――そう思われたが、唐突にその時は訪れた。
いつもと変わらぬ朝。ゲイルに金属バケツで水をやり、ギザールの野菜を食わせ、俺も無骨な玉子サンドを水と一緒に胃に流し込む。
ゲイルの鞍に跨がり、砂漠の地獄を進み、巨大な砂丘を越えた瞬間、二つ向こうの尾根に長い白い影が見えた。
「人か?キャラバンだな」
正志は自分の鎧の汚れや臭いを確認し、呪文を唱えた。
白魔法『エスナ』。
全身にこびりついた砂、汚れ、死臭が、光と共に浄化されていく。
廃墟に引きこもっていた頃に見つけた、この魔法の意外な使い方だ。
山賊のようだった薄汚れた鎧兜は、再び朝日を反射する騎士のそれに変貌した。
俺は相棒の首を軽く叩き、静かに歩を進めた。砂漠の孤独な旅が終わる。
オッサンは久しぶりに、人恋しい気分になっていた。
だが、運命はそう簡単に俺を許さないらしい。
砂塵舞う荒野、そこは暴力が法を凌駕する死の領域だ。
砂丘の静寂を切り裂いたのは、獣じみた咆哮と絶望の悲鳴だった。
「金だ! 一切合切置いていきやがれ!」
「女もいやがる。……へへ、早い者勝ちだ!」
「野郎ども、宴の時間だ。突撃ィ!」
眼下では、銀の砂を血で汚しながら、キャラバンが飢えた狼のごとき盗賊団に蹂躙されていた。慈悲を乞う声は乾いた風にかき消され、死の影が荷馬車を覆う。
「ひぃ! 助け――」
その悲鳴が断末魔に変わる直前、正志は愛鳥ゲイルの腹を鋭く蹴り上げた。
「……行くぞ」
低く呟き、鞘から引き抜いたルーンブレイドが、照りつける陽光を冷たく弾く。正志は鉄火場へと続く急斜面を、重力に従い高速で駆け降りた。
「あぁん? なんだ……デカい鳥か。止まれッ!」
略奪の指揮を執っていた賊の頭が、背後から迫る異形に気づき、怒鳴り声を上げる。
「うッ、騎兵だと……!?」
だが、その驚愕が言葉として完成することはなかった。
時速数十キロ、疾走するゲイルの慣性を全て乗せた一閃。すれ違いざまに放たれた斬撃は、抵抗を感じさせることなく盗賊の頭を捉え、その首を虚空へと舞わせた。
「一人」
数十人の賊が群がってくるが、正志の瞳に焦りはない。地に足をついた徒の賊など、高みから死を振りまく騎兵の敵ではなかった。
右に、左に。馬上の優位を活かした冷徹な剣閃が、賊の命を一つ、また一つと摘み取っていく。
「化け物め、逃げろ! 逃げろッ!」
戦意を喪失し、砂塵を上げて逃げ出す連中を、正志は見送ることはしなかった。
「……禍根は断つ。地獄で後悔しろ」
短く、重厚な詠唱。正志の手のひらに収束した魔力が、極大の熱量となって解き放たれた。
『ファイガ』
大気を焼く轟音と共に放たれた獄炎が、背を向けた賊共を丸ごと飲み込む。断末魔を上げる暇さえ与えず、彼らは跡形もなく燃え尽き、熱に焼かれた砂へと還った。
沈黙が戻った戦場。返り血を拭いもせず、正志は怯える生存者たちへとゲイルを歩ませた。
不安と疑念に震えるキャラバン一行に対し、彼は低く、どこか芝居がかった声を響かせる。
「……マサスだ」
かつて没頭したゲームでの自分の分身の主人公の名。その虚構の名を、正志は言い放った。
「偶然通りかかり、人の形をした化け物を掃除をしたまでだ。安心しろ、君らの命にも荷にも、俺は興味がない」
ハードボイルドな突き放した物言いに、一行は一瞬呆気に取られたが、やがてその言葉に宿る真意を悟り、安堵の溜息を漏らした。砂漠の死神は、幸運なことに彼らの味方であった。
キャラバンの長、ザルカーンが震える足取りで歩み寄り、砂にまみれた顔を涙で濡らしながら頭を下げた。
「私はこのキャラバンの長、ザルカーンと申します。……死の淵から救っていただいた。本当に、本当に感謝いたします、マサス殿!」
その涙は、一歩間違えれば全てを失っていた男の、切実な祈りそのものだった。
「いや、気にするな。砂漠は厳しい場所だ、互いに助け合う精神も必要だろう」
正志は、背後で必死に応急処置を続ける人々へ視線を向け、静かに言葉を継いだ。
「……手負いの者はいるか? 俺の治癒魔法なら、少しは力になれると思うが」
ザルカーンは弾かれたように顔を上げた。
「治癒魔法ですか……!? まさか、エテルナ大砂海で高位の治癒師に巡り合えるとは……! ぜひ、お願いします!」
この辺はエテルナ大砂海って場所なのかと正志は思いつつも口には出さなかった。
正志は迷うことなく、癒しの術を展開した。
集められた数十人の負傷者たちを包むように、数回の『ケアルガ』を唱える。柔らかな光の粒子が舞い降り、深い傷口を優しく塞いでいく。重傷を負っていた者たちまでもが、その場で傷跡一つ残らず立ち上がる。
その奇跡を目の当たりにした一行は、今度は歓喜の声を上げた。
特にザルカーンは、致命傷を負って息も絶え絶えだった娘を抱きしめ、取り乱さんばかりに喜んでいた。娘が完全に完治した姿を見て、彼が正志に向ける感謝の念は、もはや言葉では言い尽くせないほどに膨れ上がっていた。
「……礼には及ばない。これくらい、朝飯前だ」
正志はそう短く告げると、夕闇に染まり始めたエテルナ大砂海を静かに見つめていた。




