三話 白魔導師でもやることは変わらない、そして飽きて旅に出る
正志は、極めたはずの黒魔法を、今や「効率」という名の冷徹な道具へと変えていた。
かつての緊張感など、とうに砂塵に消えた。そこにあるのは、ただ化け物を屠り、資源を絞り出すだけの、終わりなきルーチンだ。
ショップで購入した安物のナイフが、化け物の硬い皮を裂く。こびりついた返り血と、鼻を突く肉の腐臭。それが、奴らを呼び寄せる最良の「餌」となる。
建物の深い影に身を潜め、正志は火の消えた煙草を噛むように、低く、重い詠唱を吐き出した。
「——天と地の精霊たちの怒り、そのすべてを今ここに刻め。サンダジャ」
刹那、鉛色の空を割って、無数の雷光が垂直に降り注いだ。
轟音と共に、密集した化け物どもが文字通り消し飛ぶ。一撃。慈悲のない、圧倒的な暴力の結末だ。だが、正志は舌打ちを漏らした。雷圧が強すぎた。
撒き餌の肉まで黒焦げになり、再利用は不可能。また、血に塗れた「仕込み」を一からやり直す手間が増えただけだ。
焦げた大地の熱が冷めぬうちに、正志は死骸の山へ踏み込む。ショップ機能を起動し、化け物を次々と冷淡に換金していく。
地面に転がり乾いた音を立てて転がるギルを、泥にまみれた手でかき集める。
腰を屈め、小銭を拾う魔法使い。その背中には、ロマンなど欠片もなかった。
朝から夕刻まで、殺戮と収穫の連鎖を繰り返す。
一日の終わり、ショップで調達した簡易シャワーが、肌にこびりついた砂塵を洗い流す。清潔なローブに着替えれば、ようやく「人間」に戻れた気がした。
少しばかり豪勢な食事。
自らの『ブリザド』で生成した、鋭利な氷の欠片を金属バケツに放り込んで冷やしていた缶ビールを煽る。
喉を焼くような冷たさが、今日という一日の虚無を麻痺させてくれた。
重い体を、購入したばかりのマットレスに投げ出す。
沈み込む体。瞼の裏に焼き付いた雷光の残像を消し去るように、正志は深い、泥のような眠りへと堕ちていった。
明日もまた、同じ地獄が、同じ様な稼ぎが待っている。
代わり映えのない日常を、ただ淡々と、胃の腑に流し込むような生活を続けていた。ある日、ふとした気まぐれで己の「現状」を覗き見、俺は足を止めた。
名前:佐藤正志
レベル:99 Exp:99/ー
(レベルをリセットできます、リセットするとステータスが1/5になります)
ジョブ:白魔導師Lv8 Jp:9999
HP:112→322
MP:156→423
力:27→102 頑丈さ:21→93魔力:122→347
信仰:52→421素早さ:18→43
経験値のゲージは満ち、それ以上の積み上げを拒絶している。「成長限界」――その無機質な四文字が、俺の唯一の慰みを奪おうとしていた。だが、泥の中に沈んだコインを見つけるように、俺はその一文を拾い上げた。
「レベルリセット……だと?」
リセットすればレベルは1に戻り、ステータスは5分の1になる。並の人間なら絶望するデバフだ。だが、俺の脳裏には、かつて擦り切れるほど遊んだRPGの記憶が、煙草の煙のように揺らめきながら蘇っていた。これは「裏技」だ。限界を突破し、強さを積み増すための、泥臭いショートカット。
俺は迷わず、極めた白魔導師の座を捨てた。聖なる祈りを捨て、血と鋼の匂いがする「ナイト」へとジョブを転じる。
「……ま、お楽しみはこれからってわけだ」
名前:佐藤正志
レベル:1 Exp:0/100
ジョブ:ナイトLv1 Jp:0
HP:322→64
MP:423→85
力:102→20 頑丈さ:93→19魔力:347→69
信仰:421→84素早さ:9
ステータスが激減し、体が鉛のように重くなる。だが、不思議と気分は悪くない。俺は馴染みのショップ機能を使い、溜め込んだ金で装備を整えた。
淡い光を放つ片手剣のルーンブレイドを腰に帯び、ミスリルの盾と鎧で身を固める。頭には無骨な兜。足元は戦場を駆けるためのバトルブーツ。最後に使い古した革のマントを羽織り、ベルトをきつく締め、最後にチョコボを購入し慣熟の訓練を、始める準備が整った。
それから2ヶ月
砂漠の熱気が、使い古された革のマントを容赦なく炙る。
鏡に映る自分は、もはや神の慈悲を体現する白魔導師ではない。
ミスリル鋼の冷たさに身を包み、魔法戦も考え片手剣のルーンブレイドを腰に下げた、その姿は騎士の姿だった。
レベルのリセットから2ヶ月。廃墟に籠もり、泥を啜るような自己研鑽に明け暮れた。レベル1からやり直した体は、一時、生まれたての小鹿のように頼りなかったが、今や筋肉の端々にナイトとしての「芯」が通り始めている。鈍色に光る盾を背負い直し、俺は手懐けたチョコボの背に跨がった。鳥特有の生臭い体温が、股ぐらを通じて孤独な魂に伝わってくる。
「……さて、訓練はこれぐらいでいいか」
ショップ機能で買い揃えた無骨な兜のバイザーを下ろす。視界は狭まり、代わりに戦士としての覚悟が研ぎ澄まされた。目指すは地平線の彼方、陽炎の揺らめく砂の海だ。
かつての安定も、すべては砂漠の砂に埋めてきた。
手綱を引き、拍車をかける。チョコボが低く鳴き、乾燥した大地を蹴り上げた。
もはや、昨日の自分を振り返る必要はない。この重い鎧と、魔法、そして腰の得物さえあれば、オッサンの第二の人生はそれで事足りる。
正志は、ただ黙々と、熱砂の吹き荒れる荒野へとその身を投じた。




