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一話 ショップ機能とジョブの選択

「……やれやれ、笑えねえ冗談だ。神様ってのは、よほど悪趣味な脚本家らしいな」

正志はひび割れた唇から、乾いた吐息を漏らした。砂埃の味しかしない空気を肺に吸い込む。

目の前の虚空に浮かぶのは、情け容赦なく突きつけられた己の「賞味期限」だ。ホログラムのように青白く光るそれは、正志の死をカウントダウンしている。

名前:佐藤正志

レベル:1 Exp:20/100

ジョブ:未設定 Jp:ーー

HP:19/32 (脱水症状で減少中)

MP:10/10

力:10 頑丈さ:3 魔力:12 信仰:7

素早さ:5 (脱水症状で低下中)

「HPは19か。砂時計の砂が指の間からこぼれ落ちていく感覚だ。レベル1の素人が、干物になってくたばるのを待つだけのステージ。……だが、あいにく俺は、予定通りに進めるのが一番嫌いなタチでね」

正志は薄く笑い、その青白い数値を睨みつけた。閉ざしかけた視界の端、ウィンドウの隅に「ショップ」と書かれたノイズを見つける。

くたびれた男が最期にすがるにしては、あまりに機械的な文字だ。だが、今の正志にはその無機質な文字列が、神の悪意に対する唯一の反逆の道具に見えた。

指先を動かし、その小さなノイズをタップする。画面が切り替わる。

「……さて、死神の財布から何を盗み出せるか、拝ませてもらおうじゃねえか」

砂まみれの額を拭いもせず、正志は毒づいた。網膜に突き刺さるのは、今の自分には分不相応な武器や防具、そして喉から手が出るほど欲しい「水」のアイコンだ。だが、カサカサに乾いた指先が画面を叩く寸前、無慈悲な電子音が鼓膜を弾いた。

『チャージ不足です』

「チッ……地獄の沙汰も金次第ってか。世知辛いねぇ、おい」

悪態をつきながら、正志は混濁する意識の底で必死に記憶の糸をたぐった。脳裏をよぎるのは、さっき泥臭い体臭をまき散らして襲ってきたあの化け物ネズミの死骸だ。その傍らに、ゴミ同然に転がっていた薄汚れた硬貨。

(あのガラクタ……まさか、こんな場所で「金」として通るのか?)

理屈をこねる体力なんて、もう一滴も残っちゃいない。一か八かだ。震える指でチャージボタンを押し込み、泥と血にまみれた硬貨をスロットへと無理やり滑り込ませた。

刹那、静寂を破って軽快な電子音が響き渡る。

『100ギル、チャージ完了』

「……フン。どうやら運命の女神様は、まだ俺に引導を渡す気はないらしいな。年季の入ったオッサンをなめんなよ」

自嘲気味な笑みを浮かべ、正志は迷わず水を「購入」した。

『チャリン!』という、このクソッタレな砂漠には不似合いなほどマヌケで軽い音が響く。残高は50ギル。ストレージへの転送完了を告げる無機質な表示。

操作に従い、空間からぬるりと水の入ったボトルが現れた。正志はそれをひったくるように掴むと、キャップを乱暴にねじ切った。

「……あ、が…………っ」

喉を鳴らし、半分ほどを一気に煽る。渇ききった食道が、冷たい液体に洗われて悲鳴を上げた。生を実感させるその重みが全身に染み渡り、張り詰めていた緊張の糸がぷっつりと切れる。

「……はぁ、死ぬかと思ったぜ……」

腰の力が抜け、正志は瓦礫を背に泥のように崩れ落ちた。安っぽいペットボトルの水の味が、今の彼にはどんな高級ヴィンテージの酒よりも、五臓六腑に深く染み渡っていた。

渇きが癒えれば、次に支配権を握るのは飢えだ。

正志は忌々しげに、傍らに転がる「化け物ネズミ」の死骸を睨みつけた。食い物に見えないこともない。だが、染み付いた文明人の倫理観が、その泥臭い肉を喰らうことを拒絶した。

彼は震える手で『ショップ』の端末を操作したが、画面には無情な「チャージ不足」の文字が明滅する。懐を探り、残った数枚の硬貨を投げ込んだ。チャージされたのは、わずか100ギル。端金はしたがねだ。

「……クソが、足元を見やがって」

窮地の正志が目をつけたのは、画面の隅に居座る『買取』の項目だった。試しに目の前のネズミの死骸をシステムに放り込む。死骸が光に溶け、数値が250ギル跳ね上がった。

手持ちと合わせて計400ギル。

空腹はすでに限界点を突破し、胃壁が自らを消化し始めているような錯覚さえ覚える。彼は迷わず、一番まともそうな「唐揚げ弁当」の購入ボタンをタップした。

100ギルを支払い、ストレージから取り出した弁当。

ストレージから取り出した弁当の蓋を開ける。立ち上る醤油と油の暴力的な香りが、飢えた鼻腔を殴りつけた。箸で掴んだ唐揚げを口に放り込む。安っぽい衣の食感と、溢れ出す肉汁。久方ぶりに味わう「まともな食事」の感触に、視界が熱く歪む。ハードボイルドを気取る余裕など、もはやどこにもない。正志は涙がこぼれ落ちるのも構わず、獣のようにその弁当を貪り続けた。

腹が膨れ、エネルギーが頭に回り、ようやく現状のヤバさに気が付いた。

「……終わっちゃいない」

飯や水が欲しければ、またあの死闘をやらねばならない。気力が折れそうになるが、三十代半ばまで3Kの現場やパワハラに耐えてきた。正志の心は、簡単にはへし折れない。生き延びるため、化け物ネズミ討伐時に流れた通知の記憶を掘り起こす。

「……ジョブ、か」

子供時代のゲーム知識を頼りにステータス画面を呼び出し、ショップ横の「ジョブ」欄をタップする。光の羅列が、今なれるジョブを提示した。

(この世界を生き抜くために、俺に必要なのは……)

その瞬間、正志の瞳から湿っぽさが消えた。残ったのは、硝煙の似合う冷徹な光。

「黒魔導師だ。……あんな薄氷を踏むようなド突き合い、二度も三度もやってられるかよ」

吐き捨てるように呟き、その文字を確定させる。

自身の本質が書き換えられる、不気味な高揚感。

新たに刻まれた【ファイア】【サンダー】【ブリザド】の三文字を、正志は呪詛のように噛み締めた。

これからは、近づかれる前に処理する。それが、この理不尽な世界に対する彼なりの「回答」だった。


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