それぞれの聖夜(2)
「ああ、雪が降ってきた。ただいま」
「お帰りなさい、あなた」
「パパ! おかえり!」
北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅に勤める背広姿にコートの岡本が、青森にある自宅へ帰宅したのは二十時を回った頃合いだった。雪が降ってきて岡本はがっかりした。
青森に引っ越してきた時は「青森は北海道より南だから雪も少ないだろう」なんて思っていたが、ところがどっこい青森は北海道をさらに上回る豪雪地帯な上、北海道の雪よりも湿って重いから岡本を閉口させた。
寝間着姿の妻の由美子と娘の穂香が迎えてくれる。
「パパ、サンタさんまだかな」
穂香がそわそわしている。幼いなりに、サンタクロースがプレゼントを配るというのを、由美子やテレビから知ったのだろう。
岡本はそんな愛娘を見てニッコリと微笑んだ。やはり、福耳がない恵比須様のようだった。
「そうだなあ……。まだかもしれないなあ。ちょっとパパがサンタさんを呼んでくるから、待ってなさい」
クリスマスの装飾がなされた居間に入った岡本はそう言うと、いそいそと奥の部屋に入って行った。
そこでサンタのコスプレ衣装に着替え、穂香へのプレゼントを準備した。付け髭もばっちり。うん、誰がどう見たってサンタさんだと、自分に言い聞かせた。
「メリークリスマス! 穂香ちゃんはどこかなあ?」
岡本サンタはわざとらしく居間に現れた。妻の由美子がそれを見てクスクス笑う。穂香は「サンタさんだ! サンタさんだ! ママ! サンタさん!」と大はしゃぎしている。やったぜ、大成功だ。
「君が穂香ちゃんかな? 穂香ちゃんは、良い子かな?」
若干声色を変えて、付け髭を揺らしながら岡本サンタがニコッと笑みを浮かべ、穂香に尋ねる。
「うん! ほのか、いいこだよ! ね、ママ?」
「あはは。そうね」
由美子がニコッと笑う。ああ、なんて可愛いんだろう。俺の娘と俺の嫁さんは。岡本サンタは胸が一杯になった。
「そっかそっか! じゃあ、良い子の穂香ちゃんに、サンタさんからプレゼントだよ」
はいっと、岡本サンタは娘の穂香にラッピングされたぬいぐるみを贈った。穂香は「あけていい?」とお行儀良く聞くので「どうぞ」と岡本サンタは頷いた。
エンペラーペンギンのぬいぐるみだった。穂香は「ペンギン! ペンギン! わーいわーい!」とはしゃぎ、「ママ、みてみて!」と由美子に早速報告し、いつか夏祭りでもらったペンギンのぬいぐるみと、一緒に遊んでいる。
その様子を見て、そっと岡本サンタは立ち去り、奥の部屋でサンタの衣装と付け髭を脱ぎ、寝間着姿に着替え、何気ない顔をして居間へ戻った。
「パパ、おそい! サンタさん、いっちゃった!」
「はっはっは! そっかそっか、サンタさん来てくれたか! よかったなあ」
よしよしと岡本パパはペンギンのぬいぐるみを抱き締める娘の穂香を撫で、抱き締めた。ああ、なんて可愛いんだろうか、俺の娘は。岡本は感動すら覚えていた。
「さ、パパも帰ってきたし、ご飯にしましょう」
「パパ、ケーキ! ケーキ!」
「ははは……」
幸せな時間を過ごしている中、岡本はふと柴原のことを思い出した。彼女は今、どうしているのだろうか。
この雪の降る中……いや、札幌も雪が降っているかは知らないが、あの細い眼鏡の青木と一緒に幸せに過ごしているだろうか。
それが気になった。あの亜麻色の髪を靡かせながら、大通公園のイルミネーションでも眺めているのだろうか。それとも、暖かい部屋でクリスマスケーキでも食べているのだろうか。
俺のように、お前も幸せであってくれと、岡本は祈った。
「メリークリスマス!」
シャンパンが入ったグラスを持って妻の由美子が言う。
「メリークリスマス!」
ジュースの入ったコップを持って娘の穂香が続く。
「メリークリスマス!」
シャンパンが入ったグラスを持って父の岡本が締める。
岡本一家の幸せなクリスマス・イブの夜が始まろうとしていた。外はしんしんと雪が降っている。クリスマス・イブにふさわしい天気だと岡本は思った。
「ただいま」
「お帰りなさい、あなた」
「おう。ただいま、俺の可愛いベビー」
「ふふ。まだまだ、小さくて聞こえてるのかしらね」
いつものジーンズに黒いダウンジャケット姿の高取が帰宅したのは、二十時を回ったくらいのことであった。愛妻が迎えてくれた。そのお腹の中には新しい命が宿っている。
そっと優しく妻のお腹を撫でた。高取は「今日は青木が彼女とのデートでサボりやがってよお」と言って妻を笑わせた。
来年のクリスマス・イブは、少し賑やかになって高取一家は過ごすだろう。
最後の二人きりのクリスマス・イブを楽しもうと、高取はノンアルコールのシャンパンを買ってきていた。また、セイコーマートのクリスマスケーキもこっそり注文していた。
「あなた。そんな、気を遣わなくていいのに……」
「良いんだって。まあ俺は酒飲むけど、妊婦さんにアルコールなんか飲ませられないから、これで我慢してくれな。明日は休みだし、しこたま飲ませてもらうぜ」
高取はニヤッと笑顔を見せ、妻のグラスにノンアルコールのシャンパンを注ぎ、自分のグラスには赤ワインを注いだ。
「乾杯」
「メリークリスマス」
最後の二人だけのクリスマス・イブ。高取は幸せだった。それは高取の妻もそうだろう。
(青木のやつ、上手くいっていると良いんだがな)
ローストビーフを食べながら高取は思った。今日、わざわざ有休を使うということは、何らかの理由があったのだろう。そしてその彼女とやらに、彼なりにアプローチしているのかもしれない。
「あなた」
改まった表情で妻が言う。
「なんだ?」
グラタンを食べながら高取が返す。
「愛してるわ」
「ぶっ! やめれ、笑わせんな」
わっはっはと高取は笑った。赤ワインを飲む。美しい妻が目の前いた。
どうかこの妻に似た子になってくれよと、高取は祈った。優しい夫婦が、幸せなひと時を過ごしていた。
「いやあ、雪も降ってきてなかなかロマンチックになってきましたなあ。まるであなたの瞳のように美しい雪景色だ」
くっせえ台詞を吐きながら、少し出た腹とテレビマンのような無精髭を生やし、相変わらず酒を飲むとゆでダコみたいになっている背広姿の佐藤は、ブラックのニットを着てブラウンのチェックスカートを履いた恋人を前に、手稲のフレンチレストランでディナーを楽しんでいた。
クリスマス・イブを恋人と過ごすなんてまるで夢みたいだと佐藤は思った。去年までの自分なら有り得ない光景だった。
「あはははは! 私、浩介くんのそういう面白いところ好きだわあ!」
黒いショートヘアでおかめさんのような顔をした岡本麻美が頬を紅潮させて笑った。二人はワインを水のように飲み、すっかり出来上がっていた。
(青木くん。僕の可愛い恋人を是非、君にも紹介したいよ)
佐藤は誇らしげに思った。なんて可愛いんだろう、僕の恋人は……としみじみ思っていたのだった。
麻美は麻美で「こんな面白い人と付き合えて楽しいわあ!」と大笑いしている。
そうだ、僕たちは面白いカップルだ。それが良いじゃないか。そう佐藤は思った。面白い以上の褒め言葉はないだろう。これが僕たちの生き様だ!
「ふふふ。君の美しさには雪の女王すら跪きますよ。なあ、麻美さん」
「だっはっは! くっさい台詞! 雪の女王って! なあに、浩介くん?」
佐藤の臭すぎるだっせえ台詞に麻美は大笑いした。
酔いが回ったのか、頬がほんのり赤くなっている。それを見た佐藤は見惚れると同時に、少し気合を入れ直した。
「実は君と、来年も一緒に初詣に行きたいと思っているんだ。どうだろう?」
「あら、そうなの。私は良いよ。また北海道神宮に行こうよ」
(来た! よっしゃ、やったぞ青木くん! 必ず僕はそこで決めて見せるぞ! 吉報を待っていてくれ!)
「良かった。僕もそのつもりでいたから、是非行こうじゃないか、北海道神宮へ!」
わははと佐藤が笑い、麻美も大笑いした。
フレンチレストランには不似合いなくらい下品な笑い方だったが、そんなことはお構いなしに二人は笑い続けた。
二人の大爆笑に周囲の客は若干引いているが、この二人の間にそれを気にするような素振りは全く見受けられなかった。店員は注意を促すべきどうかで葛藤しているのであった。
佐藤はもう勝った気になっていた。この戦は僕の勝ちだと思っていた。
(そうだ。僕はこの人と結婚して見せる! 青木くんの恋人がどんな人かは知らないが、この人より美人ではないだろう! わはははははは!)
「じゃあじゃあじゃあじゃあじゃあ、改めてえ、クリスマス・イブに乾杯しようじゃないか、麻美さん」
「だはははは! いいわよ、乾杯! メリークリスマス!」
「メリークリスマス! わはははははは!」
キン!とグラスをぶつけ合い、グイっとワインを飲み干す二人。すっかり単なる酔っ払いであるが、幸せな時間を過ごしているのには違いない。
それぞれが自分たちのクリスマス・イブを楽しんでいるのである。




