電気工事承ります(3)
「じゃあ、お疲れさまでした」
電灯を消し、鍵を掛けて、帽子を被った木下社長が笑顔で言う。
「お疲れさまです」
黒いダウンジャケットを着た高橋が一礼をして笑顔で返す。
「お疲れーっす」
なぜか作業服にベージュのトレンチコートを着た大下がロン毛を靡かせて言う。
「お疲れ」
ファイターズのスタジアムジャンパーを着た斎藤が静かに言う。
「お疲れっした!」
作業服の上にマフラーを巻いた八木がニコッと笑って言う。
「お疲れさま」
グレーのコートを来て、パーマの髪を揺らしながら、労わるように小林が言う。
「お疲れさまあ」
ダークグレーのダウンジャケットを着て、のんびりと、眼鏡を直しながら石川が言う。
誰もが皆、それぞれの道を歩んでいく。高橋は手稲駅へ、社長は自家用車に乗り、大下は飲みに行くのか飲み屋街へ、石川と八木は同じ方向へ、斎藤さんと小林さんはバスに乗って。
七名が、みんな生きている。平成電業株式会社を愛し、この環境を作り、この環境に身を置けることに感謝し、楽しみ、各々が幸せに生きている。理想的な会社と言えた。
高橋は帰りの列車の中で、木下社長に感謝した。木下社長以外のメンバーにも、感謝の念を抱いた。荒んでいた自分を救ってくれたのは、あの雑貨屋の老婆でもあり、そこを紹介してくれた焼き鳥おみちの尾道でもあり、そしてこの平成電業株式会社のメンバーなのだ。
個性的な連中が多いと高橋は思っていたが、そんな会社を高橋は愛していた。家族の次くらいに、会社を愛している自分に気付き、不思議な気持ちになった。
仕事なんてものは、所詮は金を稼ぐための暇潰しに過ぎなかったはずなのに、やり甲斐を感じ、職場を愛し、何とか会社を存続させたい、存続させようと、みんながそれぞれの力を出して頑張っている。
(そうだ。いつかJRの仕事をさせてもらった時みたいに、俺たちはみんなが力を合わせて頑張れば、どこ相手だって仕事ができるはずだ。国会議事堂だろうが皇居だろうが、見事に仕事をこなしてやる。その精神で頑張ろう。もっともっと平成電業を売り込みまくって、デカい会社にして、木下社長を男にしてやる!)
高橋は息巻いた。令和元年をまもなく終えようとしている今日、まもなく訪れる令和二年も、一生懸命頑張ろうと思うのだった。
列車は定刻通り、十八時十八分に発寒中央駅に着いた。改札を抜けると金髪の超サイヤ人みたいな頭をした高校生と、黒髪の高校生が二人、学ランにマフラー姿で歩いていた。この寒いのに健康的だなと思った。
そしてパン屋さんの前のベンチに、見たことのある顔がいた。柴原だ。ダークグレーのコートに、紺色のジーンズを履いている。焼き鳥おみちで知り合い、何度かこの駅でも会ったことのある柴原が、今日はいた。久しぶりに見掛けた気がする。
目が合って会釈すると、柴原はニコッと美しく微笑んだ。相変わらず、綺麗な亜麻色の髪が輝いていた。
「こんばんは、柴原さん。今日も恋人をお待ちですか?」
高橋はにこやかに話し掛けた。
何だか柴原と会うと、自分まで輝いている気がした。不思議な感覚だった。まるで彼女は、太陽のような人ではないかと思った。自分が惑星だとして、この柴原という女性が自分を照らしてくれているのではないかと。
「こんばんは、高橋さん。ええ、もう少しで着くんじゃないかと思って」
えへへっと笑いながら柴原は返してきた。愛らしい笑みだった。本当に美人さんだなあ……と感心した。
まあ、俺の嫁さんには及ばないがなとも思った。思い込むようにしていた。万が一、知らない女性と親しげに話す姿なんかを嫁に見られたら大変である。
「そうですか。この寒い中、ご苦労様です。柴原さん……」
高橋はもう立ち去っても良かったのだが、何か一声掛けて行きたいと思った。
「はい、なんでしょうか?」
きょとんとした様子で、ベンチに座りながら柴原は返してきた。
ぱっちりとした二重まぶたが、さらに大きくなっていた。
「あなたは、何か以前と変わりましたね」
何となく思ったままを口にしてみた。八木を真似た……のかもしれない。
ただ、確かに何かが変わった気がしたのだ。雰囲気と言うか、オーラと言うか、見た目は何も変わらない、美人なままなのだが、少し暗い感じがした彼女が、今日はより明るく輝いて見える。もっと煌々としているような感じがする。
「そうですか……? 実は、この間も違う人から同じようなことを言われて、何がだろう?って思ってたんです」
ニコッと笑う柴原。そうだ。分かった。何が変わったのか。彼女の笑顔が変わったのだ。
以前はどこかガラス細工のようだった笑顔が、今は違う。生きている。この人は生きている。笑顔が輝いている。
「私は上手く言えませんが、あなたの笑顔がとても素敵になったと思いますよ。今のあなたを見ていると、私まで幸せな気分になれる気がします」
くっせえ台詞だな……と自分でも思ったが、思ったままを述べた。
すると、柴原は立ち上がりお辞儀をした。そして、もう一度笑顔を見せて言った。
「ありがとうございます、高橋さん。私は、きっとあなたや、他の周りの人に支えられて、笑顔でいられると思います。あの、ひろむくんによろしくお伝えください。また、あの焼鳥屋さんで会おうねって」
そうか。大夢のことも、覚えていてくれたのか。この人は優しいんだなと高橋は思うのだった。
だいぶ前に、たった一度会っただけなのに、大夢の名前をはっきりと覚えていて、周りの人に感謝する気持ちも抱いていて、そんな余裕というか、きっと充実した生活を送っているのだろう。それだけで嬉しい気分になる。
彼女が、どこかくすんでいたような気がした宝石が、再び輝いている。眩いくらいに。
「ええ、分かりました。伝えておきますね。では、私はこの辺で帰ります。お風邪を引かないように」
「はい、お疲れさまでした……」
一礼し、高橋は立ち去った。これ以上の長居は迷惑だろうと思ったからだ。麗しい音色で柴原は返してきた。
南口から外に出ると、再び雪が降り始めている。高橋はふと思った。柴原という人は、普段何をしている人かは知らないが、誰かを待つという行為をできて、きっと彼女なりに幸せなんじゃないかと。
そして彼女に穏やかに生活して欲しいと感じている自分もいた。健やかに、穏やかに生きていてくれれば、俺は幸せなんじゃないかと思った。
別に男女の関係を持ちたいだとか、そんな下心はない。あんな美しい人が、誰かは知らんが恋人を持ち、その人と幸せに生活しているのならば、それだけで自分も満足することができる。
(あの、博打ばかりしていた俺が、他人の幸せを喜べるほど優しくなるなんてな)
高橋は苦笑いを浮かべながら、降りしきる雪の中を歩んだ。そうだ。自分はずいぶん優しくなっている。周りに感化されて、平成電業と、家族と、そしてあの柴原という女性に感化されて、すっかり丸くなっている。
自分は自分に課せられたことをやっていけば良いんだと高橋は思った。
(そうだ。俺は一人の名も無き技術者。弱電を専門に扱う電気屋だ。だからそれを頑張って、家族のために、平成電業株式会社のために、日本国のために、尽くそうじゃないか)
高橋は大それたことを考えた。雪道をずんずん進む。頭に雪が積もろうが気にしない。家族のために、会社のために、日本のために、彼は生きていくだろう。
男、高橋大輔。電気工事承ります。




