電気工事承ります(2)
「そろそろ行きますか。現場は稲穂なんですけど、八木くん、運転大丈夫かな?」
「ええ、いいっすよ。斎藤さん、高橋さん、社長、よろしくお願いします」
昼休みを終えて十三時を回った頃、木下社長がそろそろ現場へ向かおうと切り出した。
大下は長髪を弄りながら、「なんか仕事でも探してみますわ」と言っているし、石川は「新しい仕事が入ったら見積作りますね」と、新しい仕事が入らない内は何をするつもりなんだ?と思ったが、とりあえずやる気はあるらしいし、小林さんはパーマの髪を揺らしながら「気を付けて行ってらっしゃい」と手を振ってくれる。
八木が運転席に乗り込む。古いライトバンだから臭い。道案内のため、助手席に木下社長が乗った。カーナビが付いていないので、現場までの道のりを知るのは社長だけだ。斎藤さんは運転席の後ろに、高橋は助手席の後ろに乗り込んだ。
丸坊主のスタッドレスが頼りなさげに雪道を走る。手稲から稲穂はそんなに遠くない。国道五号線に出て、少しすると右折する必要があるらしい。JR稲穂駅からそれほど離れていないところにできるのが、その新しい事務所らしい。斎藤さんはうとうとと眠っていた。
「それにしても、なんて会社なんですか? その新しい事務所って?」
運転しながら八木が聞く。確かに会社の名前までは聞いていなかったなと、高橋は気が付いた。
「うん。稲穂商事株式会社っていう、新しく作る会社なんだけど、そこの社長と僕が知り合いでね。その縁があって、蛍光灯とかの強電は他の会社が決まってたから割り込めなかったけど、電話とかの弱電はまだ決まってなかったらしいから、それでうちにやらせてくれって頼んだんだ」
ふうん、と高橋は聞いていた。稲穂商事株式会社ねえ。しかし、木下社長の知り合いと言えば、平成生まれなんだろうか。若い社長……そんな人が増えているのかなあと想像した。
「あ、その信号を右に。うん、そうそう。あの建物がそうだね」
八木が右折すると、なるほど新築の白い鉄筋コンクリートであろう二階建ての社屋が見えてきた。平成電業よりも規模が大きそうである。
建物の敷地内にある駐車場にクルマを停めると、木下社長と同い年くらいの人が背広姿にコートで迎えてくれた。この人がこの稲穂商事の社長さんだろう。
「お疲れさまです、木下さん」
「どうも原田さん。お久しぶりです。電話関連とネット環境を整えればいいと?」
「ええ、そうですね。どうも、よろしくお願いいたします。わたくし、稲穂商事の社長を務める原田泰明と申します」
黒い短髪で大きな目をした原田社長はお辞儀をして名刺を渡してくれた。
名刺なんか持ってきていなかった三人は「すみません」と言いながら受け取り、「工事の大まかな内容を説明しますから」と促され、新築の社屋へ入った。来客用のスリッパを借りる。
「原田社長は、木下社長とはどんな関係なんすか?」
「こら、八木。失礼だろ」
高橋が無礼な八木を叱る。こいつは本当に思ったことを口に出すもんだから、せっかく仕事をくれている相手にも関わらず失礼になるんじゃないかと思うような内容を聞きやがる。
「はっはっは。元気の良い人がいていいですね。僕と木下さんは高校の頃の同級生なんですよ」
へえ、と高橋は思った。
なるほどね。高校の同級生で、社長コンビとはすごいねえ。この原田社長も、平成元年の生まれなんだろう。若いなりに商社なんか作るんだから、それなりにいろいろとキャリアを積んだんだろう。
「高卒で社会に出た私と違って、原田さんは北大を出てますからね。そこから人を集めて独立して、こうして立派な会社を建てて……まったく、我が社も見習わなければなりませんね」
木下社長は朗らかに言った。北海道大学を出たなんて、超が付くエリートである。この原田社長は相当優秀な人材なんだろう。だから、以前どこに勤めていたかは知らないが、起業するにあたって、木下社長よりは多くの人材を集めて、立派な社屋も造ることができたのだろう。
だが、木下社長が原田社長に劣っているとは思わなかった。木下社長は確かに高卒で入った札幌日本電気工業で一生懸命やっていたが、たたき上げで技術と知識を身に付けた。
この人はこの人なりに、曲者揃いの技術者をまとめて何とか会社を経営している。それに原田社長の人柄までは知らないが、木下社長は素朴な人だが優しいし、穏やかだし、高橋よりも年下だが尊敬に値する人物だと思う。
原田社長に説明された。まだ机が置かれただけの広い事務所があり、NTTから回線を引き込んだ電話の主装置が既に設置されていたので、そこから屋内配線で一階と二階を結び、インターネット環境も、あとはLANケーブルをそれぞれのデスクまで引き込んでくれればいいところまでできているらしい。
なんだ、電話の主装置まで付けてくれたなら、そこの会社が全部やれば良かったのに……と高橋は思ったが、こんな中途半端な状態で残してくれたからうちらが仕事にありつけたのも事実だし、何だかハイエナみたいであるが、これでいくらか平成電業も潤うであろう。
ひとしきり説明を終えると、原田社長は二階に上がって行った。平成電業の四人は準備していた材料や道具をライトバンから持ってきた。
床はダークグレーのタイルカーペットだったが、このカーペットの下はフリーアクセスになっていたので、この下にケーブルを通せば良さそうだ。
「よいしょ」とカーペットを剥がし、フリーアクセスにLANケーブルを通し始める八木。電話の主装置にしても、インターネットのスイッチにしても、全て扉付きの立派なラックに入っていたので、そこからタコ足のように電話回線とLANケーブルを床下に延ばす。
二階にケーブルを延ばすのが一番苦労しそうだった。ラックは一階にあるので、二階のフリーアクセスの中に中継端子を設けて、そこから電話回線を延ばすのが一番良さそうだと斎藤が判断し、材料にあった中継端子台を床下に隠すことにした。
本来なら中継端子箱のような盤を作りたいのだが、どうもそういう物がこの建物にはないらしいし、「新築の真っ白な壁に傷を付けるのも気が引けますね……」と木下社長も言うから、じゃあ仕方ない、見えないところで何とかしようと、床下のフリーアクセスは広かったから、そこで何とか形にしようという算段となった。
二階から一階へと新設した局内ケーブルに、主装置から出ている電話回線を中継端子台経由で振る。弱電のマニアックな作業を黙々とこなす斎藤。
高橋も二階で同じように、二階の床下に収納する中継端子台に、新設した局内ケーブルの接続を行っていた。今はハンダ付けをしなくても良い形になっているので、ずいぶんと楽になったものである。カチッと芯線を差し込むだけで接続されるので、天ぷらハンダになって失敗とか、そういう心配が要らない。
暗くなってきたので原田社長が電灯を点けてくれた。黙々と作業を続ける平成電業カルテット。エアコンが効いて社内は暖かく、作業がしやすい。最年少の八木が一生懸命LANコネクタをUTPケーブルに付けるのを見て、原田社長は「すごいですねえ」と感心していた。褒められた八木は照れ、「こんなのちょろいっすよ」と調子に乗っていたが、一階でペアを組んでいたのは寡黙な斎藤なので何も言わなかった。
二階の木下社長と高橋のペアは、回線を電話機が置かれるであろう位置まで配線できたので、ローゼットに接続し、あとは新設されるであろう電話機のモジュラーケーブルと接続すれば使える状態にしておいた。念のため、二台だけ持ってきていたビジネス用の多機能電話機を接続してみたが、問題なく使えるのを確認した。一階に接続した仮の多機能電話機と通話試験を行う。
『もしもし、一階の八木っす』
「おう。高橋だ。問題ねえな?」
『大丈夫っすね。保留とかしてみますね』
ジュトゥヴが流れ、別な回線に接続したであろう電話から『もしもし』と聞こえたので、「うん、問題ない。大丈夫」と通話試験もできた。
また、インターネットも会社用の小さいノートパソコンを持ってきていたので、原田社長に許可をもらい仮接続してみたが、ちゃんとグーグルの画面が表示されるのを見て、一同は安心した。
一階と二階のデスクの一つ一つを回り、インターネットと電話の確認を行う。四人しかいないし、パソコンは一台しかないから、確認作業も時間が掛かったが、それでも平成電業の腕は確かで、どれも滞りなく終わったのだった。
「いやあ、ありがとうございました。本当にお見事でした。さすが木下さんですね」
感謝しきり!と原田社長は笑顔で感謝を述べてくれた。高橋はちょっとだけ照れ臭かった。平成電業がこうやって、少しずつでも名前を売っていけば、木下社長も将来、中小企業の社長くらいにはなれるかもしれない。
斎藤は「今日の現場は楽勝だったな」と頷き、八木は「俺が作ったLANケーブルで動いたんだ!」と喜び、高橋は「ここからまた仕事がもらえればラッキーだな」と思った。
平成電業の坊主頭の木下社長、寡黙な斎藤、中肉中背の高橋、茶髪で童顔な八木の、何とも言えないカルテットが稲穂商事の弱電作業を無事に竣工した。
作業も終えたし、四人は帰社することになった。もう十七時を過ぎていた。恐らく大下と石川は退社しているだろう。小林さんは残っているかもしれないけど。
帰り道、雪がまだ降り続けており、何度かライトバンが滑り、「おいおい! 大丈夫かよ?」と高橋は苦笑した。八木は運転には慣れているはずだが、まだまだ若い。丸坊主のスタッドレスを履いたライトバンは四駆だが、作業で疲れたであろう八木に帰りも運転させたのはまずかったかな……と一同は思った。
何とか無事に平成電業に辿り着く。時刻は十七時半だ。まだ会社の灯りが点いているので、誰かはいるのだろう。
「ただいま戻りました」
木下社長が言うと、「お帰りなさい」とおばちゃん事務員の小林さんと、石川が迎えてくれた。大下は「売り込みに行ってきます」と言い残し午後から消えたらしいが、まあ売り込みついでにサボったんだろう。あいつは、それなりに儲けられる仕事を見つけてくれば良い。
石油ストーブが冷えた身体を暖めてくれた。稲穂商事はエアコンがあったが、こちらの方がずっと暖かく感じる。狭い事務所ということもあり、ストーブ一台で十分に暖かい。
「今日はどんな現場だったのかなあ?」
石川が聞く。珍しいな、こいつが現場の内容なんか気にするなんて、と高橋は思った。
「ええ。まあ楽勝ですね。二階建てでしたけど、そんなに広くもない現場でしたし、やることと言っても電話回線とLANケーブルを延ばすだけでしたから」
「へえ、そうなんだあ。僕もお手伝いすべきだったかな?」
初っ端から手伝う気なんて毛頭なかったくせに、高橋の説明を聞いた石川は「僕も行きたかったなあ」みたいな表情をした。社長もいる手前、あまり「どうでも良いよ」なんて態度は見せられないと彼なりに思ったのかもしれないが、恐らく木下社長も含め全員が「不器用なお前が来ても足手まといになるから、黙って見積だけ作ってろ」と思っているに違いなかった。
しょうもない作業で労災なんか起こされたら困るし、こいつが電話回線なんて弄ったらショートして障害を起こしそうだ。
「戻りました~。ありゃ、ちょうど皆さんお揃いで」
チャラい大下が帰社してきた。一応、売り込みとやらに行ったんだろう。
ロン毛に雪が付いたらしく、キラキラと光っている。相変わらずタバコ臭い。パチンコにでも行ったんじゃねえのかと高橋は疑って掛かった。
「社長、新しい仕事が見つかりましたよ。俺、今日は手稲の飲み屋街をうろうろしてたんすけど、また新しい居酒屋ができるらしいので、そこから仕事がもらえそうです」
大下はどうやら近所を回っていたらしい。
珍しくやる気なんか出しちゃって、どうも冬のボーナスは思ったよりも大きな効果を出している模様だ。確かに石川の態度も、ちょっとだけ前向きだし。
「ありがとうございます、大下さん。そこでまた少しは名前を売れますね。さて、もう終業時間も過ぎていますし、帰りましょうか。明日は金曜日ですし、そろそろ忘年会なんかも考えなきゃなりませんね」
木下社長の言葉に全員笑った。確かに忘年会のシーズンである。大下が「お前が幹事だな」と八木に言って、「ええー、また俺っすか」と八木も幼い顔で笑った。
平成電業は間違いなく変わった。
高橋は思った。入社した時は全然ダメな、平和と言っても単に暇だから平和に過ぎなかったこの会社が、何とか仕事にありつけるようになり始めて、社員同士の距離も縮まっている。
それはきっと木下社長の力もあるだろうし、チャラいなりに大下もやることはやるし、斎藤さんも寡黙だけど仕事はしっかりこなすし、石川も存在感がないなりに見積を作るし、小林さんも陰で支えてくれているし、八木もいじられキャラとして可愛がられている。
(この会社が令和時代を生き抜けるかは分からないが、確かにバランスの良いチームになっていると思う。ただ、斎藤さんはあと二年もすれば引退しちゃうから、その後継者を見つけないと……。って、もしかして俺なのか? 俺が後継者なのか? あれ、俺しかいないな……マジかよ)
考えている内に、高橋は自分が斎藤の後継者にならないとダメな気がしてきた。
大下の腕は確かかもしれないが、斎藤みたいな職人気質ではない。技術力はさておき、自分の方が性格は斎藤に似ている気がするのだった。
そうなると誰か一人、斎藤の代わりに若い人を入れるとして、高橋が斎藤の代わりに、或いは高橋と大下が二人で斎藤の代わりを務めなければ、この会社はバランスを崩して潰れてしまうだろう。
バランスが良いと言っても、平成電業株式会社は吹けば飛ぶ会社には違いないのである。
ただ、楽しく明るい会社になっている。だから高橋も穏やかになるし、チャラい大下も、大下なりに頑張ろうと思うし、斎藤も静かに支えてくれるし、石川も見積を弾いたりするし、小林も赤字にならないように事務整理をする。そしてその楽しく明るい会社にしたのは、坊主頭で頭も明るいこの若い木下社長の力なのだ。
小さいが、小さいなりに一生懸命頑張っているのだ。なので、高橋はすっかり居心地が良くなっていて、いつの間にか平成電業を愛していることに気付いた。
札幌日本電気工業時代には絶対に有り得なかった、愛社精神みたいなのが湧いていた。そしてそれは、チャラい大下も、寡黙な斎藤も、額の広くなってきた石川も、若くてバカな八木も、基本的に無関心な小林も、取りまとめる木下社長も、全員が抱いているのだろう。




