熱中(2)
「さてと、どうしよっか。なんか見たいものとかある? 服とか」
「うーん服はこの間買ったし、本もこの間見たし、そうねえ……ヨドバシカメラ!」
ぷっと青木が吹くと「なによう」と柴原が頬を膨らませた。男同士ならまだしも、なぜ家電量販店に彼女が行きたがるのか、何となく面白くて笑ってしまったのだ。
確かにヨドバシカメラに行けば大概の家電やパーツが売っている。札幌の家電量販店では屈指の品揃えと言えるだろう。実際、システムワークスでもパーツなんかを買いに行くことが度々あり、お世話になっている店である。
柴原が家電に興味があるのは知らなかったし、何を見るのか好奇心があったので従うことにした。ヨドバシカメラは紀伊国屋の近く、札幌駅の西口を出ればすぐの場所に存在している。
店内に入ると家電の匂いがした。どこの家電量販店にも漂う、新品のパソコンやタブレットが放つ独特な匂いだ。
二人はまっすぐ見えた携帯電話のコーナーへ向かった。
両者が使っているスマホはもう型落ちで、青木は二年以上使ったのでそろそろ変え時なのだが、機を逸していたというか、今使っている機種で特に不自由していなかったので、今日この場で変えるつもりはなかった。
柴原も同様らしく「へーすごい。カメラが二つも付いてる!」とか言ってデモ機で遊んだりしているが、興味深そうにするものの、買うつもりまではないらしい。
他にも最新のパソコンを見てみたり、高性能なプリンターを眺めたりした。どれもお値段もそれなりにするし、性能もどんどん向上している。
「智ちゃん。私、パソコンって全然詳しくないんだけど、今使ってるラヴィと比べて、どれくらいすごいの?」
柴原が困ったことを聞いてくる。
彼女が使っているラヴィは今でも小説を書いたり、ネットサーフィンをするだけなら何ら問題なく使える性能を持っているはずだが、それと比較すれば最新式はもっと性能は向上しているし、形も若干変わっている。
もっと薄くなり高性能になり、画面も綺麗だ。
「そうだね。倍とまではいかないかもしれないけど、梨恵のラヴィが小学生だとすれば、今のモデルは中学生になったくらい高性能になったんじゃないかな」
自分で言っていても意味が分からなかったが、柴原は「それはすごいなあ」と何だか納得してくれたらしいので、青木は安心した。
「二階は、確かカメラとか置いてあったよね。ちょっと見てみない?」
青木の提案に柴原は頷き、二人はエスカレータで二階へと昇った。
辿り着いた先には大きな液晶テレビが置かれていた。4Kテレビと呼ばれるソニーの最新モデルだ。青木が使っている三十二型もソニーのブラビアだが、それを遥かに上回る大きさで、さらに繊細な映像を映し出しており、二人して「すごいなあ……」と眺めていた。
すごい物は値段もすごいので、まさか即決で「これください」と言えるわけがなく、二人は大人しく回れ右をしてカメラコーナーへ向かった。
ニコンやキヤノンといった一流メーカーのデジタルカメラが並んでいた。
スマホで写真を撮るのが当たり前になってきた今日、デジカメと呼ばれる機械を持ち歩く人はめっきり減ってしまった気がする。ふと青木はそう思った。
確かに青木もデジカメは持っていたが、もう何ヶ月も起動した記憶がなかった。
一眼レフともなればさらにお値段は上がり、二人はくらくらするくらい高価で高性能なカメラに圧倒された。
ビデオカメラのコーナーも併設されていた。ビデオカメラといえばソニーのハンディカムである。他のメーカーも良い物を作っているが、ハンディカムは名前といい歴史といい、最早「ビデオカメラ=ハンディカム」と青木は思っていた。
そしてそれは柴原も一緒だったらしく、「見て見て智ちゃん! パナソニックのハンディカム!」とか的外れなことを言っていた。
(いつかこれで、家族でビデオを撮れたらいいね……)
青木は胸の中で思った。もしもいつか結婚して子供が生まれて、その姿をビデオカメラで撮影できたら、きっとそれはとても幸せなことだろうと思ったからだ。
まさかそんなことは口に出せないので、「すごーい! 綺麗に撮れる! 軽い!」とはしゃぐ彼女を笑顔で眺め、「こんなに家電が好きとは、なかなか面白い子だ」と青木はクスっと笑った。
続いて時計コーナーだ。青木は左腕に着けた愛用のSEIKOの腕時計を見て、ショーケースに並ぶ新作の時計を見た。どれもこれもキラキラと輝き、きっとそれぞれが良い物なのだろう。
しかし自分の使っているSEIKOは、オーバーホールをすれば何年使っても正確に時を刻んでくれるし、新品の時計と比べても遜色ないと思った。
青木が繁々と眺めていると「よろしければお着けになります?」なんて親切な店員が言ってくるので、「いえ、大丈夫です」とかわすのだった。柴原は女性ものの可愛い時計を愛おしそうに眺めている。
それから三階へと上がったが、ここは白物家電とゲームやオモチャがメインで、今すぐ必要な物は特になかったので、二人はヨドバシカメラを出て札幌駅に舞い戻った。
「どうしようか? 帰ろうか?」
青木が尋ねる。駅内は人でごった返しており、外国人観光客も沢山いた。
札幌も昔は日本人しか歩いていないような地方都市に過ぎなかったが、今では世界中から観光客が来て、外貨を落としてくれる。
「そうねえ。もうここには用事ないし、一応発寒に戻ろっか」
柴原がそう答えたので、二人はちょうど出発間近だった小樽行きの普通列車に乗った。相変わらず柴原は券売機で切符を買い、青木は通勤用のキタカ定期券で改札を抜けた。
発寒中央までは途中、桑園、琴似の駅を経由するものの、およそ七分で到着する。二人は入り口付近に立ち車窓を眺めていた。桑園はともかく、琴似を過ぎると一気に閑散とし始める街並みを見て、「やっぱり札幌って、なんにもないよね……」と柴原は呟き、青木も曖昧に頷いた。
確かに札幌は何もない街かもしれない。
だけど住むと不思議と好きになる。きっと不便過ぎず便利過ぎない、そんな塩梅が心地良いのだろう。
山々に囲まれ、南区の定山渓まで行けば温泉があり、都心に行けばすすきのや大通があり、それ以外は白石や琴似といったあまり賑やか過ぎない街並みがあり、ちょっと出れば閑静な住宅地が続く。
そんな札幌を柴原も青木も愛していた。「なにもない」なんて言いながら、二人は愛しているのだ。
列車は発寒中央駅に着いた。十五時四十一分、定刻通りだ。
日本のJRグループは世界一時間に正確だ。在来線も新幹線も遅れることなど滅多になく、たった数分遅れただけで駅員や車掌が謝罪する。
この程度の遅れなど世界では当たり前というか、そもそも定刻通りに列車が走る方が珍しい国もあるのに、日本人は真面目そのものである。
北海道はおおらかな人が多く、時間にさほどうるさくないと言われるが、JR北海道は決められたダイヤを正確に守る。
そして札幌市民を含めた道民が、それを当たり前に享受する。一分二分遅れたところで多くの道民は何とも思わないが、それでもJRは謝罪する。
(本当にJRには頭が下がるな……僕の仕事にも協力してくれるし)
青木はつくづく思った。JR北海道にはお世話になりっぱなしである。列車追跡アプリが完成したら、朝山課長に是非一杯奢らせて頂きたいと本気で考えていた。
朝山課長のことだから「ほっほ。割り勘で良いじゃありませんか」なんて言ってくれるんだろうけど、それくらい感謝していた。
「ねえ、智ちゃん」
「ん?」
ホームから上がり駅舎に入ると、柴原が青木に声を掛けた。
「私、今考えてたんだけど、札幌の街のこと、すごく好きな気がする」
「はは。なんだい突然?」
「うーん……言葉で言い表すの難しいんだけど、住みやすいところかそういうのが好き」
「そっか。そうだね、僕も梨恵と同じように、札幌が好きだね」
そして君のことも同じくらい愛している。
青木はそんな臭い台詞を胸の中で続けた。久しぶりのデートで舞い上がっているのか、声に出したわけでもないのに、どこか気恥ずかしくなった。
さて、どうしたものだろうか。このまま直帰は勿体ない。だけど今日は観たい試合もあるから、早く帰りたい。ううん、どうしよう。青木は悩んでいた。
「なあ、梨恵」
何となく南口から外に出た際、青木は柴原に声を掛けた。
「なあに?」
「今日は、君の家にお邪魔したいんだけど」
別にスケベ心があるわけではなかった。
六月一日に自分の誕生日を祝ってくれた、あのペンギンが沢山並んでいる部屋に、久しぶりにお邪魔して、二人で試合を観るのも良いかもなと思っただけだった。
「えっ! 無理無理無理無理! 絶対に無理!」
柴原は心の底から拒否した。
珍しく彼女が全力で拒否するものだから、青木は若干たじろいだ。亜麻色の髪を揺らしながら、首をぶんぶんと振る。
「なして?」
「ダメ! 絶対ダメ! 入れられない!」
「僕がなんか悪いことをするとか?」
「違うけど……」
これ以上問い詰めるのはやめようと青木は思った。
柴原が可哀想になったからである。ちょっと泣きそうになっているし。
「うん、分かった。それなら僕の家にでも来る?」
「いいの?」
「うん」
青木の提案に柴原は快諾した。
結局二人で南口を出て徒歩五分くらいの、青木のアパートへ向かうことにした。




