最終話 私たちのチャレンジ
90.
最終話 私たちのチャレンジ
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ドシッ ドン ドン
「いたたた。勢いよく落ちたからぶつけちゃった。懐かしの地球の重力ね」
「畳の部屋? あ、ここマコトの部屋か」
「カー子は?」
「もういないよ。あっという間。別れの挨拶くらい交わしたらいいのに」
「マージは挨拶する習慣がほぼないからね。そうだ、記憶が消えないうちに覚えてること紙に書いとこうよ」
「えっと、まずジャガとネルが仲間にいて……」
「まって。ジャガとネルってあだ名でしょ。フルネームは? なんだっけ?」
「エッ」
「ほらもう記憶消えてきてるよ。怖い怖い怖い」
「えっと……ジャガビーとネルフじゃなかったっけ?」
「何となく違う……ような。合ってるような。わかんない!」
「使徒の名前した人もいたでしょ。ぬいぐるみみたいな」
「ユダ! ではないか……。うそだよ、もう全然思い出せない」
「! そうだ、ノートに色々書いたじゃん! あれ読めばいいんだよ!」
ノートにはクリポン族のマタイさんと書いてあった。マタイ。全然ユダじゃないじゃん。ヤバいなこれ。
私は忘れちゃう前に異世界で見たこと聞いたこと、色々なことをノートに走り書きで追加した。
りょうちゃんのお尻は大きい
りょうちゃんは着痩せする
パコッ
「痛っ!!」
部屋用のスリッパで叩かれた。いたい。
「いらんことばかり書くな!」
「冗談だよ、ぶつことないじゃんか〜」
りょうちゃんは私のことが好き
パコパコッ
「いててて」
「もっと書いとくことあるでしょ! そもそもそれ言ってないし」
「これより重要なことないよー。誇りだって言ってたもん。そんなん、好きじゃなきゃ言わないでしょ」
「それは言ったけどさ……たく。もう言わない」
ふざけてるうちに本当に色々忘れてきた。あれ? 私たちを連れてった神様の名前ってなんだったっけ。
「ねえ、カラスの神様の名前……なんだったっけ?」
「えっとそれは。……カー子でしょ。マコトはそう呼んでたじゃん」
「それじゃなく、本名的な……ほら」
「ん……エス? みたいな」
「あ、それだ。エス。多分それ。小さかったし」
神様はエス
「合ってるような合ってないような」
「まあ、多分かなり近い感じするからそれでいいよ」
「あと、リスいたよね」
「キュキュね。ノートに書いてあったからその名前は大丈夫」
「そう、キュキュ。美少年だったよね」
「多分ね。もうよく思い出せないんだけど」
私たちは伸びた爪を切って地球の日常に戻っていった。
少し不思議な。少し成長した。私と涼子のほんの100日の異世界ファンタジーはこうして幕を閉じた。
そして翌日――
涼子は人生で初めての遅刻をした。地球では早番だからね。朝起きるのがキツかったんだと思う。しかも自分の家なら遅刻もしないだろうけど、私の家で寝たし。
私は今まで通りカー子に起こしてもらって遅番出勤をした。でもよく考えたらあのカラス今はカー子(神様)じゃないんだよね。たまたま起こされたけど。危ないとこだった。明日はちゃんと目覚ましかけないとな。
異世界でも現世でもとくに変わったわけじゃない。私は涼子みたいに責任者をやったわけでもないし。だけど、なんか成長した気がしないでも、ない。
「お、ミズサキ。なんか今日は凛々しいな。何かあったか? 髪も染め直したろ」
「そ、そうですかね。あ、髪は染め直しました」
青澤さんはやはりめざとい。あの人は雰囲気の違いとかすぐに感じ取る。その青澤さんが言うんだから、やっぱり私も変わったのかな。
「ところで青澤さん。プロに知り合いいるって言ってましたよね」
「あー」
「そしたら『ミサト』って人と『コトノ』って人知ってますか?」
私はノートに書いてあった。私たちが行く前にマージで麻雀を教えたというオープニングメンバーだったプロ雀士のことが気になった。名前はミサトとコトノ。そう記されていた。
「あーー? 知らん。苗字はわからんのか」
「あ、私もよく知らないの。ごめんなさい。ありがとう(知らないのか。もしかして時代が違うのかな。カー子は時空を移動できるわけだから今の時代のプロとは限らないよね)」
「なんだ、プロに興味あるなら来月が師団のプロ試験だぞ。申し込みは明日までだが、プロ試験受けてみるか?」
「師団?」
「師団を知らんのか。日本プロ麻雀師団。現在プロ雀士と言われてるのはこの団体のメンバーの事だ」
「そうなんだ。プロ試験って私でも受かる?」
「ああ、だが試験対策は必要だ。過去問を検索して試験勉強すればミズサキなら受かるだろうな。ただ、油断は禁物だ」
(すんなり受かるようなものじゃないんだ……。でも、その方がむしろ興味あるな。俄然チャレンジしてみたくなった)
「分かった。私、受けてみる。でも、とりあえず店長に相談してみますね」
「おお、それがいいな」
◆◇◆◇
一方、涼子は『こじま』を継ぐ意思を固めていた。
「お父さん、私この店継ぎたいと思う。まだまだずっと先の話だけどさ。経営のこと勉強して二代目店主としてがんばりたいと思うの」
「どうしたんだ涼子。もちろんそれは、嬉しいけどな」
「うん、マコトと一緒にいて色々考えたの。自分の人生はどうしたら幸せかとか。どんな時に豊かさを感じたかとか。色々ね。そしたら、お父さんの店を継ぐっていう、そういうチャレンジをするのも、すごく楽しいんじゃないかなって、気付いてさ……まだ先のことだからね?」
「涼子……お父さんは、嬉しいぞ。……雀荘の親父になることが本当に男の人生賭けていく道なのかと悩んだこともあった。だけど……だけど、俺は、間違ってなかったんだ!」
「ちょっと……泣かないでよ」
「良かったですね。店長」
「うん。良かった! うん、これもミズサキのおかげだよ。ありがとう。良かった!」
そしてその後私は師団のプロ試験を受けることを決める。
いつだって私たちはチャレンジしていく。安全牌はいらない。だって私たちにはいつも自分と同じように戦うことを選んだ心強い仲間がいるから。
【麻雀女流名人伝】遅番女子のミズサキ
終わり




