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血濡れた遺産と少女の手  作者: 御湖面亭
第2章
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第20話 性王

 タルカスの街からさらに東へ進むと、ようやくアリア公国に辿り着いた。


「はー、やっとついた。お尻が三つに割れそうだったよ」


 馬車の荷台から飛び降りたシャルルは臀部を擦りながら疲れを吐露した。

 タルカスの街に来た時のように、馬車の荷台に乗せてもらうかたちで移動してきたが、乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。


「アリア公には先に話は通ってるんだよね?」

「ああ、ブラト王から手紙が行っているはずだよ。王様からは直接会いに行けって言われてる」


 このアリア公が収める都市「タイクン」には城壁も城門も検問もない。なんなら城すら無い。アリア公国は巨大な都市国家であり、タイクンを囲むように各都市が存在している。


 ではアリア公はどこに居るのかというと、娼館にいるらしい。

 アリア公は非常に好色家で、商業都市だったタイクンを数年で性の街に変えてしまったそうだ。


 まだ明るい時間帯にもかかわらず、多くの娼婦や娼夫が街に立っている。夜になるともっとすごいのだろう。


 「わっ! すっごい胸! あの人なんてほとんど全裸じゃない!? あわわわわわ」


 街の色香に当てられて興奮気味のシャルを半ば引きずりながらアリア公のいる娼館の前まで辿りついた。


「シャル、頼むから中に入ったら大人しくしてくれよ。なんたってあたしはがいこーに来たんだからな」

「リーシャ、外交って何か知ってるの?」

「うるさいなあ。さっさと入るぞ」


 娼館の扉を開けるとなんとも言えない甘ったるい香りが鼻腔を通って肺に貯まる。

 それになんだか……、!?


「シャル!」

「何かの薬物だね。大丈夫、耐性があるから」


 シャルに薬物の耐性があることについては後ほど聞くとして、仮にも大国のひとつに数えられるアリア公国の統治者が薬物を扱っていることに驚きを隠せなかった。


 ブラト王国からアリア公に会いに来た旨を案内役の男に伝えると、娼館の責任者と言う男が出てきた。男に王からの書簡を渡すとそのまま娼館の奥へ案内された。

 案内された部屋には上半身が裸の男がベッドの縁に座っており、その周りを娼婦と思わしき女性たちが囲んでいる。


「これまた可愛い使者様だ。王国は人材豊富だと聞いていたが、まさか子供を寄越すとは。いやはや恐ろしい外交術だよ」


男は膝を叩きながら爆笑している。下劣な笑い方だが、恐らくこの男が……。


「はじめまして、ブラト王国から参りましたリーシャ・アレストです。こちらは従者のシャルル・アスター。この度はお会いくださりありがとうございます」


 噛みそうな外交辞令を口から吐いていると大きな鼻息が間を割った。


「この店でそういうかたっ苦しいのは勘弁してくれるかい。もうわかってると思うが、私がこの国を治めるティーダ・グ・アリアストルフォンだ。長いから皆と同じくアリア公と読んでくれて構わんよ」


 公というよりも、性王と名乗ったほうがしっくりくる男だが。


「ご配慮、痛み入ります。では早速本題に入りたいのですが、そちらの女性たちは……」


「かたっ苦しい無しだって言ってるのにね。まあいい、君たちすまないが外してくれるかい」


 アリア公を囲んでいた娼婦たちが部屋を出ていく。


「さて、こちらは従者を追い出したよ。君はどうかな」


 既に交渉は始まっている事に今更気付かされた。こちらから先に要求し、相手がそれを飲んだ。なら次は相手の要求をこちらが飲まざるをえない。


 ここに来る前にミナから交渉術というものを一通り学んできたが、初手から手玉に取られてしまった。


「シャルル、外してくれ」


 シャルは今回の件を全く知らないのでいなくても問題ない。アリア公もたかだか従者がいようがいまいが交渉に影響がないことは承知の上だろう。

 ということは、完全に子供扱いされてしまったというわけだ。交渉というものはこういうことだと教育されてしまったのだ。


「さて、可愛い使者どの。ご認識の通り交渉は既に始まっている。だがこの館でかたっ苦しいことは抜きだと言った手前、背広にペンというのもどうかと思うのだよ」


 アリア公はベッドから立ち上がり、書簡が置かれている机に向かった。


「で、だ。先に聞いている話だと、我が国と王国の間に同盟を結びたいということだが、その話受けてもいいと思っている」


「それでは――「まだ私の話は終わっていない」


 また遮られてしまった。どうやら付け焼き刃の交渉術では太刀打ちできそうにない。


「同盟を結んでもいい。ただし、君たち王国の力を示してもらいたい」

「力、ですか」

「当たり前だろう? 同盟を組もうという相手が力不足ではただの不平等条約だ。そこでだ。我が国はひとつ大きな問題を抱えていてね。聞いてくれるかな?」


 問題を解決し、外交力という形で国の力を示せということだろうか。その方が交渉より遥かに簡単だ。


「この館に入って気づいたことはあるかな」

「薬物でしょうか」

「言い方には気をつけてくれたまえよ。医薬品は我が国の一大産業のひとつだ。しかしここのところ、どこからか不良品が紛れ込んできてね。国に粗悪な医薬品が出回って困っている」

「ルートを見つけて売人ごと潰せと」

「いやいや。可愛いお嬢さんにそんな手荒なことはとてもとても」


 白々しい。遠回しに解決してみせろということだろう。


「なんとかしてみましょう。同盟の件、よろしくおねがいします。」

「なんとも勇ましい使者どのか。期待して待っているよ」


 アリア公の部屋を出ると、シャルが待っていた。


「大丈夫だった? すごい汗だけど」

「がいこーってのはあたしに向いてない」

「大変だったね。一度外に出ようか」


 娼館を後にし、あたしたちはとりあえずリンカー集会所へ向かうことにした。

 リンカー集会所の食堂でアリア公との話をシャルに説明した。


「なーんかいいように使われてるだけなような」

「でもさあ。変な交渉よりこっちの方があたしにあってると思うんだ」

「リーシャが良いならそれでいいけど」


 煮え切らない顔のシャルはお腹が空いていたのか、大盛りのミートボールを口に運びながら話を聞いてくれている。

 本来ならこんな国家間のいざこざに付き合う義理はないはずだが、シャル曰く旅は道連れ世は情けだそうだ。

 今は猫の手も借りたいくらいだから、シャルの言葉に甘えていつかこの恩を返そう。


「でも粗悪な薬物の売買ルートなんてそんな簡単に突き止められるの?」

「……」

「もしかして子供扱いされて解決の目処もなく引き受けちゃった?」


 弱々しく頭を下に振るとシャルが呆れた顔でため息を吐いた。


「そんなことだろうと思ったよ。リーシャがそんなとこまで考えているわけないもん」

「失礼だな。でも、まいったな」

「……、ボクにいい考えがあるよ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべてシャルは最後のミートボールを口に放り込んだ。

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