第19話 歪んだ倫理
シャルルとの待ち合わせ時間まで街を探索したが、これといった情報はなかった。
調べれば調べるほど、居住施設と商業施設が集まっているだけのいたって普通の街だ。
ただ住人の話を聞いていると、アリア公への信頼が厚いことが伺えた。
一代でアリア公国という都市国家を築いた手腕は、公国内では非常に高い評価を受けているらしい。
気づくと辺りはすっかり暗くなっており、シャルルとの待ち合わせの時刻に近づいていた。
待ち合わせの場所である広場の噴水へ向かい、シャルルを待つ。
その間、事件の概要をリンカーデータベースで調べる。
事件の概要はこうだ。
犯人は女性だけを狙った殺人鬼で、被害者の女性はなぜか子宮だけがない。犯行時刻は夜間に限定されており、この時間帯に出歩きやすい娼婦が主な被害者だった。
「子宮だけがないって薄気味悪いなあ。殺人鬼でしかも変態なんてゾッとする」
事件の概要を調べながらシャルルを待っていると、建物の屋根の上に怪しい人影が見えた。
キョロキョロと辺りを見回して何かを見つけたのか颯爽と移動しはじめた。
どう考えても今般の事件に関係しそうなので、シャルルには悪いけど追跡することにした。待ち合わせをすっぽかしたことは今度謝ろう。
怪しい人影を追跡していくと路地裏に入り込んだ。
すると押さえつけられたような悲鳴が鼓膜を叩いた。
すぐさま路地裏に飛び込むと、そこには腹部から血を流した女性が横たわっており、それを覗き込む形で俯く人影があった。
ローブで身を包んでおり顔が判別できないが、状況から事件に大きく関係があることに変わりはない。
「なあそこのあんた、何があったか詳しく話を聞かせ……っ」
声をかけるや否や人影はその場から逃走し、路地の奥へ消えていった。
「これもう犯人じゃん。逃げられると思うなよー」
横たわっていた女性はすでに息を引き取っていたが、まだ新鮮な死体と言えた。
出血源である腹部から血を吸い、女性の直近の記憶を体に流し込む。
「やっぱりさっきのが犯人か」
女性の記憶から得た犯人の匂い頼りに風に乗って流れてくる犯人の匂いを辿ると、袋小路にたどり着いた。
「匂いはここからに続いてるはずなんだけどなあ。扉っぽいのもないし……。 ん?」
地面の石畳から微かに犯人の匂いと被害者女性の血の匂いが混ざった空気が流れていることに気づいた。
力一杯地面を踏みつけると地下道への入り口が開けた。
地下道を進むと少し開けた空間に辿り着いた。
灯りはなく、完全な暗闇だがあたしには関係がない。
ミナの眷属になったせいで暗闇でも問題なく視界を確保できる。それに、追いかけていた匂いが丁度真後ろから。
「なっ」
あたしが突然振り向いたことに驚嘆した犯人は、すかさず手に持った刃物をこちらに突き出してきた。
刺突をサラリと躱し、犯人の横っ腹に人が死なない程度の蹴りを入れる。
犯人は肺の空気が全て抜けたような音を吐きながら壁に激突した。
「さ。鬼ごっこもこれまでだ。お縄につきな……って、シャルル?」
ローブのフードが脱げ、あらわになた顔はよく知っている人のものだった。
「シャルル、お前が犯人だったんだな。なぜあたしに近づいたんだ。そうか、本当はあたしに止めてほしかったんだな。だから待ち合わせの場所から見える屋根の上に現れて犯行に及んだのか。最初から相談しろよ!」
「リーシャ!」
「どぅええ!?」
突然後ろから名前を呼ばれて振り返ると、シャルルが息を切らしながら立っていた。
「ど、ええ!? いや犯人はシャルルで……シャルルが二人!?」
「兄さん……」
「兄さん!?」
頭がこんがらがって状況がよくわからない。シャルルが二人いるし兄さんとか呼ぶし。
何よりもさっきのセリフを思い返すとこっ恥ずかしくて顔から火柱が登りそうだ。
「やっぱり兄さんだったんだね。まだこんな事を続けていたなんて」
「シャロ、なのか」
シャルルの持っている松明が炎が微かな風でゆらりと揺れる。二人のシャルルが見つめ合うこの空間に果てしなく場違いなあたしの心はもっと揺れている。
「リーシャ、遅れてごめん。順を追って説明するね」
シャルルは話した。犯人は双子の兄で名前はシャルル、元シャルルの本当の名前はシャルロット。
兄のシャルルは元研究者で、ある研究をきっかけに学会を追放された。その研究とは、人の臓器を使った魔法の機械化だった。
魔法の発動についてはいまだ科学的に解明されておらず、人しか扱えないものと認識されている。しかし、ひとりの科学者が人の臓器を媒介することで魔法を発動させる実験に成功した。これを発端に、魔法の解明、さらには魔法を使えない人でも使えるような道具の研究が活発化した。
シャルルもその研究者のひとりで、魔法を機械化することで都市インフラに転用しようと考えていた。しかし、倫理に反することから各国は人を材料とする研究を禁じた。
魔法の機械化に関する研究は現状人の臓器を使う他なく、シャルルの研究は行き詰った。
それまで臓器提供者から得ていた臓器が無くなってしまい、非合法な臓器を求めて闇市場の臓器売買に手を出す研究者も現れた。
しかしシャルルに臓器売買で購入できるほどの金銭がなかった。そこでついに犯してはならない過ちを犯した。
彼は自らの母親を殺害し、実験材料としたのだ。
その件が世間に露呈し、学会はおろか公国からも指名手配され、噂では国外に逃亡したと言われていた。
シャルロットはそんな兄が国内に潜んでいるという噂を耳にし、なぜ母親を手に掛けたのか問い詰めるため探し続けた。
そしてついに、今回の事件に兄が関係している可能性を突き止めたのだった。
「兄さん、どうして母さんを実験材料にしたの? そこまでして研究するべきことだったの?」
「シャロ……。お前にはわからんだろうな。目の前に大きな可能性をぶら下げられたまま手が届かない科学者の気持ちなど」
「わからないよ。それって人を殺してまで、母さんを殺してまで叶えたかったことなの?」
「母さんは俺のことを愛してくれていた。だから母さんは俺の研究の役に立って喜んでいるよ」
「そっか。でもね兄さん。母さんは兄さんのことを愛していたのと同時に、ボクのことも愛してくれていたんだ。そしてボクは家族を愛していた。兄さんひとりの身勝手な行いで愛する家族を失ったボクの気持ちはどうなるの?」
シャルロットは冷静さの中に悲しみと怒りが混ざった気持ちを秘めながら話す。
「その後も母さんだけでなく、他の人も殺していたのは研究のためなのかな」
「そうだ。もう少しで魔法の機械化が実現できそうなんだ。臓器の中でも子宮は魔力の循環器として適している事に気づいた。この特性を解明すれば誰でも魔法が使えるようになる!」
「兄さん……」
「どうだシャロ。俺の研究を手伝わないか? お前の子宮を俺にくれ」
シャルルは狂気の表情をシャルロットに向けた。
「……。」
シャルロットは何も言い返さず、下を向いたまま沈黙した。
え!? 子宮ってお前女だったのか!? なーんて言える空気ではない。
兄妹喧嘩にしては度が過ぎているし、そもそもこいつは人殺しだ。始末する他ない。頭を蹴り潰そうとシャルルに近づこうとした途端後ろから静止の声が発せられた。
「待ってリーシャ」
そう言うとシャルロットは兄シャルルの近づき、抱きしめた。
「おぉ! この研究の重要性をわかってくれたか、我が妹よ」
「うん、わかったよ。もう兄さんはいないんだってこと」
一瞬シャルルの体が震えるとシャルロットが離れた。
シャルルは硬直したまま動かなくなり、静けさが辺りを包み込んだ。
「付き合わせてごめんねリーシャ。もう終わったから」
「別にいいけどさ、何したん?」
「ボクにはちょっとした特技があってね。それであの人の脳以外の動きを止めたんだ。彼はあのまま解き方がわかった問題を解けないまま死を迎えるんだ」
「さらっとえげつないことするなあ」
「これくらいの罰は受けないと他の命と釣り合いが取れないよ。さ、行こっか」
地下道から出ると空が青白く染まっていた。それほど長時間もぐっていたつもりは無かったが、思ったより時間が経っていたらしい。
「えっと、シャルル? シャルロット?」
「今まで通りシャルルでいいよ」
「でも女を男の名前で呼ぶってのもなあ。じゃあ間をとってシャルと呼ぼう。 シャルの依頼はこれで達成されたってことでいいのか?」
「当初の依頼内容の達成かは微妙だけど、事件は解決したしね。ごめんね、変なことに付き合わせちゃって」
「つーかさ、これシャルひとりでも問題なかったよな。なんであたしに声をかけたんだ?」
「そんなことないよ。ボクひとりだとあんな地下道は見つけられなかった。ボクの見込んだ通りの実力だったよ」
普段ミナにはボロカスに言われているせいか、褒められると背中がムズムズする。
「シャルは今後どうするんだ?」
「そうだなー、リーシャは旅をしているんだよね。良ければついて行ってもいいかな?」
シャルはもともと公国の人間なので一緒に行動すれば今後役に立つかもしれない。それにAランクリンカーなので実力もある。
「いいよ。あたしもひとり旅で寂しかったところだ」
「やったー! じゃあ改めてよろしくねリーシャ」
「ああ、よろしく。シャル」




