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血濡れた遺産と少女の手  作者: 御湖面亭
第2章
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第17話 新たな門出

 晴れ渡る空に浮かぶ雲とを見つめていると、あらゆることがどうでもよくなる。こんな心地よい日々がずっと続けば良いのに、と願うようになったのはいつからだろう。


「嬢ちゃん。頼む!」

「またかよおっちゃん! 今日で3回目だぞ」


 馬車の行く手を阻むようにガラの悪い男三人が道を塞いでいる。ここ最近野盗に囲まれる頻度が高くなっている。


「日に日に治安が悪くなってるなあ。大丈夫かよこの先」


 ため息交じりに愚痴を吐き出し、拳を固める。


「おいおいこの道を通るのに出てきたのはガキ一人かよ。不用心がすぎるぜじじい。荷台まるごと置いていけば命だけは助けてやらないこともねぇ」


 野盗の口汚い言葉を華麗に無視して近づき、減らず口を叩く男の腹部をぶん殴った。

 男は殴った勢いで吹き飛んだ。つけていた鉄の胸当ては大きくひしゃげ、肺を圧迫し呼吸困難を引き起こしている。

 それを皮切りに残りの男たちも襲いかかってきたが、同じようにぶん殴って虫の息にした。


 先程よりも大きなため息を吐き出して空につぶやく。


「帰りたい……」


———

≪約一年前、ブラト王城にて≫


「ここでお別れよ」


「……は?」


 意味がわからなかった。これまで一緒にやってきた相手に突きつけられる言葉としてはあまりに唐突で、理不尽なものだった。


「お別れってどういうことだよ。冗談にしては珍しく空気読めてないな」

「冗談ではないわ。リーシャ、あなたとはここでお別れ」

「なんでだよ。急に、そんな、わけわかんないよ。確かにあたしは足手まといかもしれないけどさ、ずっと一緒にやってきただろ。ここまで連れて来てはいさよならかよ。ちょっと理不尽すぎないか」


 ブラト王の前ということは完全に脳内からは消えていた。そこにあったのは、ミナに対する落胆と裏切られたという気持ちだけだった。

 王の前にもかかわらず、激しく取り乱したせいか室内には沈黙が流れた。


「あなた何か勘違いしていない? お別れと言ってもただ別行動するだけよ」

「は?」

「あなたみたいな都合のいい娘を簡単に手放すわけないじゃないの。面白い子ね」


 ミナはケラケラと癇に障る笑い声を上げながら憐憫の目でこちらを見てきた。


「ミナ、我々にもどういうことか説明してくれるな?」


 あたしだけでなく、王も侍従も置いてけぼりの状態だ。この部屋ですべて把握しているのはミナだけだろう。


「これは王様、失礼しました。リーシャにはこの国の使者になってもらおうかと」

「使者とな。それはなにゆえ」

「この国から遥か東に位置するアリア公国へ出向き、同盟の締結を成し遂げてもらおうかと」


 王はふむふむと頷きながら一考する様子を見せるが、本当に理解しているのだろうか。あたしはさっぱりわからない。なぜアリア公国と同盟を結ぶのか、その使者がなぜ自分なのか。自分よりも遥かに幼いであろうこの王が理解できているとしたら生意気だ、げんこつでもくれてやりたい。


「ミナ、アリア公国と同盟を結ぶにあたっての考えを教えてくれ」


 やっぱり理解していなかった。ざまあみろ。王とは言えまだまだ子供だ。


「まず我が国と帝国の地理関係は、我が国を中心として見たときに帝国が東に位置します。そして、そのさらに東に位置するのがアリア公国です。帝国の規模に比べるとアリア公国は小さな国ですが、複数の都市国家と交易路を結んでおり、国家群として見ると帝国と匹敵します。アリア公国と同盟を結ぶことができれば、帝国は東西に敵を抱えた二正面作戦の必要性が生まれます。つまり同盟によって帝国の戦力を分散させることで、我が国に対する戦力を減少させるのです」


「ほほう!素晴らしい考えだな!」

「王よ、恐れながら申し上げると机上の空論かと」


 今まで黙って話を聞いていた侍従が割り込んだせいで話に前のめりになっていた王が身の丈に合わない椅子に腰を戻した。


「彼女の作戦はアリア公国と同盟を結べた場合の話です。そう安々と国家間の同盟は結べないでしょう。そもそも公国にとってメリットがありません」

「あら、そのメリットを探しに行くために使者を送るわけでもあるのだけど」


 横から話に割り込んだミナに侍従のギラリとした視線向けられる。


「そもそも他国の情報なんて自国に閉じ籠もっていてもわかるわけないの。相手の懐に飛び込んでしまったほうが得られるものもあるわ」

「その場で切り捨てられるかもしれんがな」

「その時はその時よ」

「あたし切り捨てられるのか!?」


「兎に角、この国のリソースは一つも使わずにアリア公国との同盟を結んで見せるわ。このリーシャが」

「こんな小娘にか」


 そんなこと言ったらおたくの国王だってチンチクリンのガキじゃないか、失礼な。


「失敗しても、うちの国とはなーんの関係もない小娘ですって突っぱねちゃえば国益を損なわないでしょ。それにリーシャならやってくれるわ。この子、アホだけどやる時はやるのよ」


「侍従よ、下がれ。今の話が真であるならば、ミナの意図通りリーシャに任せよう。しかし、我が国の使者など堅苦しくなくてよい。同盟は旅をするついででもよい。アリア公国がどのような国か、その情報は必ず持ち帰って欲しい」


 ただのガキだと思っていたけど意外と王様っぽいな。げんこつしなくてよかった……。


「いい? リーシャ。ここからはあなた一人で旅をしてあなた自身で考えるの。アリア公国は商業国家と呼ばれているくらい多くの人や物が行き交っている素敵な国だと聞いているわ。あなたがそこで何を見て、何を感じ、何を学び取るのか、それが私の狙いよ。あなたの頭の中に蓄えられた情報は、国に戻ってくれれば大きな価値を生むことができるの」


「なんだか難しいな。とりあえずアリア公国に行って適当にフラフラして戻ってくればいいってこと?」

「できれば同盟もよろしくね」


 ミナは小声でぽそりと補足した。


「わかったよ。やるよ。だけどひとつだけ。あたしだけじゃどうしようもないって状況になったらどうすればいいんだ?」

「その時はーーー」


———

≪現在、ブラト王国の遥か東≫


 王国を旅立って一年が過ぎた頃、いまだにアリア公国には着いていない。アリア公国は王国から帝国を挟んで東に位置するため、南へ迂回したルートを通る必要があった。そのせいで通常の地理的距離よりも多くの距離を移動することになった。


 旅路は商人の護衛をすることで足と食い扶持はなんとかなった。元々リンカーとしてもAランクの実力があったので、野盗や魔獣を相手にするのは問題なかった。

 旅は順調だったが、身体にある異変が起きていることに気づいた。身体が成長しないのだ。身長も伸びないし胸も……。ナイスバディになるポテンシャルはあるはずなのに成長しなければ意味がない。これもきっとミナのせいだ。あいつが何かしたに違いない。


「お嬢ちゃん、もう少しでタルカスの街だ。そこまで行けば実質的なアリア公国の影響範囲だぞ」


 ようやくアリア公国に近づいた。道中で商人から聞いた話では、アリア公国を収めるアリア公は、非常に商才のある人間で、一代で巨万の富を築いたとか。その富を持ってして、公国の影響力を周辺都市国家へ拡大し、事実上の都市国家連合となっているそうだ。


 タルカスの街もそのうちの都市国家に属する街の一つで、規模はそれほど大きくないながらも、交易の入り口としてそれなりに栄えている。

 リンカーの集会所もあるので、一度そっちに立ち寄って情報収集するのがいいだろう。


 街に着くと商人のおっちゃんと別れ、リンカーの集会所へ向かう。

 街には見たこともない物がそこら中にあり、非常に刺激的だ。いたるところから白煙が立ち込めているのは心配だが、煙自体は特に臭くもなくほのかに温かさがある。何かが燃えているわけではなさそうだ。


 集会所は王国とは異なり、小綺麗な飲食店のようなつくりになっていた。王国の週顔所にはあった酒場のような喧騒はなく、どこか落ち着いている雰囲気だ。


 とりあえず受付に行ってこの国の情報へのアクセス権を貰う。リンカーといえどおいそれと各国の情報にはアクセスできないので、現地の集会所で権限を付与して貰う必要がある。なお、このアクセス権はどういう仕組みはわからないが、その国を離れると自動的に見られなくなる。


 アクセス権の付与自体はすぐに終わったが、情報データベースと同期するまで少し時間がかかるらしい。暇つぶしに集会所の周りを散歩することにした。


 この街の商店は基本的に屋内にあるようで、王国のような雑多な景観ではない。

 基本的には栄えているように見えるが、少し建物の裏手に入ると暗く汚れた路地が現れた。ほとんど人は通っていないようで、ゴミが散乱していてカビ臭い。


「死体でも転がってそうな雰囲気だな。近寄らないでおこうっと」

「君、そこで何をしている」


 振り返ると身なりの整った男が二人立っていた。


「最近この辺で女性の殺害事件が起きているのを知らないのか。あまり路地には近づかないほうがいい」

「えっと、さっきこの街に着いたばかりなんだよ。一応リンカーなんだけど、ちょっと街の様子を見ておこうと思ったんだ。あんたたちは?」

「そうだったか。我々はこの街の治安維持を担っている衛団員だ。しかし君みたいな少女がリンカーとは珍しい。リンカーと言えど気をつけるに越したことはない」

「はーい。ご苦労さまでーす」


 衛団員、衛兵のようなものだろうか。女性の殺害事件とは物騒なことだ。


 気づけばデータベースとの同期も完了している。日も沈んできたことだし、集会所に戻って食事でもしながらゆっくりとこの国について調べるとしよう。

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