第16話 王都帰還
参謀本部から帰還の伝令が届いたのは、ほとんど廃墟と化した要塞に作った温泉に浸かっている時だった。
「ミナさーん。参謀本部から伝令が来ました。直ちに帰還せよとのことです」
アイリが要塞の奥から伝令の紙を振りながらこちらへ小走りで駆け寄ってくる。
「それにしてもこの温泉というのはすごいですね。兵士たちもすっかり元気になりましたよ。まさかリフレクトにあんな使い方があったなんて思いもしませんでした」
低級反射魔法であるリフレクトによって太陽光を一箇所に集めることができるとひらめいた私は、敵の攻撃でいい塩梅に崩壊した要塞のくぼみを整え、井戸から汲んだ水を溜めた。そこににむけて太陽光を照射させることで太陽光熱による温泉を作り上げた。
「これ、敵への攻撃にも使えるから覚えておくと良いわ」
「え!? 温泉がですか!?」
アイリは目を見開いて驚きの表情を向けてきた。
「違うわよ。リフレクトで太陽光を反射させて、敵に向ければ眩しいし熱いしで地味だけど攻撃手段としては有効だと思うわ」
アイリの目はいつしかキラキラと輝き、新しいおもちゃを買ってもらう前の子供のような顔になっていた。
「いま話していて思いついたのだけど、リフレクトなら複数同時展開できるわよね?」
「はい、私なら最大8つ同時展開できます!」
アイリがふふんと鼻から息を吹きドヤ顔で応える。
「じゃあリフレクト1枚に向けてその他のリフレクトの太陽光を集めることができれば、中々の火力になると思わないかしら」
「!? 確かにそうですね……。ちょっと試してみます」
温泉から上がり、新魔法を見学するべくアイリと共に要塞の高台へ移動した。
「では、いきます。リフレクト」
光る反射板のようなものが同時に8つ展開された。1枚を適当な岩に向け、残りの7枚の太陽光を集約する。
……結果は予想以上だった。岩の表面が瞬時に黒く焦げ、草木に当てれば燃え上がった。これは対人でも有効だろう。
「すごい……。ミナさん、これはすごいですよ。低級の、しかも防御魔法が攻撃魔法になっちゃいました!」
「まだね、水魔法は使えるかしら」
アイリは首を傾げた。まだ何が足りないのかを疑問に感じながら、同時に、私の次の言葉を期待している。
「一応、第二位程度なら」
「水を薄く伸ばして、照準用のリフレクトの前に置いてもらえる?」
照準用リフレクトの前に、薄く伸ばされた水がレンズのように太陽光を集光する。そしてその先にある先程の焦げた岩の一部に白い点が現れた。次第に白い点の部分が赤白く発色し、どろりと溶け落ちた。
「すごい……。範囲は狭いですが、火力だけなら第五位魔法にも匹敵します。低級の第一位魔法が第五位に匹敵する火力を出せるなんて衝撃です。ミナさん、あなたは一体何者なんですか」
「ただの知的で力持ちの美少女よ」
アイリの反応を見る限り、これまで魔法と物理の組み合わせはされてこなかったと考えられる。今回は防御魔法の攻撃転用だったが、攻撃魔法に物理を組み合わせるとさらに火力が増しそうだ。その点も今後の研究課題としよう。
「魔法の名前はどうしますか? 考案者のミナさんがつけてください」
「めんどくさいわね、なんでもいいわよ。レーザービームとかフォトンレイとかそんな感じでいいんじゃないのかしら」
「せっかく強力な魔法を作ったんですよ! 真面目に考えてください」
「うーん。じゃあリフレクレイとか?」
「いいですね! 熱線魔法リフレクレイ!」
アイリの興奮冷めやらぬうちに、爆睡しているリーシャを起こしに行く。
つい勢いで新しい魔法を作ってしまったけれど、あまり帝国との勢力バランスが崩れるのも好ましくない。できれば均衡を保ってこのまま綱引きを続けて欲しい。
たかだか新魔法一つでそこまでバランスは崩れないとは思うが、あの魔法の真価に気づいたらちょっと面倒な気がする……、けどまあいっか。
爆睡中のリーシャを叩き起こし、王都へ帰還する支度をする。温泉と離れるのは名残惜しいが、さっさと戻って状況を進めたい。
(顧問になったら絶対王都に温泉作ってやる)
アイリと要塞の兵士たちに別れを告げ、王都へ向かって馬を進める。多くの兵士たちが見送りに来てくれており、意外と受け入れて貰えていたのだと認識させられた。アイリには、戦後処理が終わって王都に戻ったら魔法について議論させてくれと泣きつかれ、渋々承諾した。あの思いつきの新魔法がよほど衝撃的だったらしい。
彼らの見送りの声援は、私達の姿が見えなくなってもしばらく続いた。
―――
≪数日後、参謀本部≫
「ーーというわけで、アルテ要塞に集っていた帝国軍はボコボコにしてきたわ」
参謀本部の置かれている部屋がざわつく。私達がここに来る前に報告が届いているため、既に彼らはあらかた把握しているはずだが。
「何をそんなに驚いているのかしら」
私は首を少しかしげ、訝しげに周囲を目で見渡した。
「い、いえ。帝国の軍勢を壊滅させた事は聞いておりましたが、まさか壊滅させた本人が無傷で現れるとは」
参謀のひとりが発言した。確かに敵のど真ん中で暴れた人間が無傷というのも普通はありえないことだ。せっかくだし少し脅しをかけてみよう。
「それも含めて私の力ということよ。その気になればこの部屋の人間を一瞬であの世に送ることもできるわ」
少し脅しが過ぎたか、全員萎縮してしまった。お茶目な冗談のつもりだったのだけれど、頭でっかちたちには洒落にならなかったようだ。
「さてと、これで当初の約束は果たせたわけだけど、お次はそちらが約束を守ってくれる番よね」
チラリと部屋の隅に立っている王の侍従に目を向けた。フンと鼻息を漏らし、ついてこいと言わんばかりに部屋の出口へ向かった。私はその後に続いていく。
「またあのだだっ広い場所で頭下げて待たされるのかしら」
あの態勢で長時間待たされるのは意外とストレスが溜まる。あれなら直立したまま待たされたほうがまだマシだ。
「王は忙しい。そう何度も玉座に座らない。それにあそこは外向けの場所だ。今回は可能な限り人を絞る」
脳筋だとばかり思っていたけれど、意外と政治もわかるようだ。確かにこの手の話は内々にするべきだし、しなければならない。関係者を増やせば変に話がこじれるだけだ。
「できればそこの小さいのも遠慮願いたいがな」
「誰が小さいのだデカブツ!」
「あらリーシャ、いたの」
「ずっといたよ!!! なんか最近あたしの扱いが雑じゃないか!?」
すっかりキャラが出来上がってきて嬉しい限りだ。一応リーシャは同席させるが、あまり面白い話ではないのでつまらないかもしれない。
そうこうしているうちに王の執務室に到着した。侍従に付いて中に入ると、思ったよりも普通の部屋だった。もっと調度品などが並んでると思っていたのだが。
「よく戻ったミナ、そこにかけてくれ」
来客用の椅子に腰掛け王と対面した。以前と比べて頭の高さは私のほうが上になっている。
「此度の活躍、素晴らしいものだった。感謝する。先の王都での活躍と合わせて見れば、そなたには大きな借りができてしまったな」
大きな借りという言葉を王の口から引き出すことができたのは大きな成果だ。このまま押せば目的に近づくだろう。同情気味にすり寄ってみるか。
「この国はどうも多くの問題を抱えているように思えます。その問題を一つずつ潰していったまでですわ。ただ、このままですといずれ問題に対処しきれなくなるかと」
「そなたの言う通り、この国は多くの問題を抱えている。対処しきれていないのも事実だ。そこでそなたの提案通り、そなたを国家顧問として迎えたいと思う。その類まれな知恵と力を貸して欲しい」
来た。その言葉を待っていた。これでリンカーでは手に入らない国家機密をも手に入れることができる。
「謹んで拝命いたしますわ」
「うむ。しかし、突然現れた小娘に国家顧問を任せるとなると内部からも不満が上がるのも事実。よって補佐役という名目でテルミットを付ける。これまでの実績は申し分ない。今後の活躍で、ぜひ内部の不満を払拭してほしい」
監視が付くのは想定内。逆に付かないと心配なくらいだ。王政ゆえに貴族たちからの突き上げもあるだろうからこの対応は正しい。それに参謀本部の人間が監視役のほうが何かと動きやすい。
「ではよろしく頼む。本当は任命式を執り行いたいところだが、そなたの身分を考慮すると……な」
「お気になさらず。王様の期待には結果で応えましょう」
こうして陰ながらも国家顧問を拝命し、この国の戦略に口を出せるようになった。今後はこの立場を利用して情報を集めるとしよう。特に戦時中はあらゆる情報が集まりやすい。ただ、この国は内外に様々な問題を抱えているため、それを解消する必要が最優先だが。
そうそう、ここまでリーシャを置いてけぼりにしていた。かわいそうに、きっとのけ者にされたと思っているだろう。
「いやーこれであたしたちも王国貴族の仲間入りか? まさかこんなところまで来てしまうなんて思っても見なかったよ。これもミナのおかげだな」
「リーシャ、言い忘れてたわ」
「なんだよ改まって。あっ、あたしの分の報酬を思い出したとか」
「ここでお別れよ」
「……は?」




