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悪役令嬢、現代日本に転生する~処刑された元公爵令嬢は、今度こそ自分の才能を自分のために使います~  作者: にゅん


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わたくしが欲しいのは、研究者ですわ

 天城ホールディングスによる海外初の投資案件が正式に決まってから、玲奈はすぐにノアたちの会社へ人を送り込むようなことはしなかった。


 投資契約を結んだからといって、翌日から経営へ口を出せばいいわけではない。玲奈が買ったのは会社ではなく少数株式であり、研究開発を続ける主体はあくまでノアたちだった。


 その代わり、玲奈は日本側との接続を始めた。


 東雲精機には小型モーターへの利用可能性を、ネクサリンクにはロボット内部での利用可能性を調べてもらい、御堂グループからは量産工程について助言を受ける。それぞれに必要な情報だけを共有し、最初から採用を前提にはしなかった。


 結果が出始めたのは、それから約一か月後だった。


 大学の講義を終えた玲奈は、その日の午後にノアたちの小さなオフィスを訪れていた。


 以前は試作品と資料が雑然と置かれていた場所に、新しい測定機器が増えている。投資された資金の一部で購入したものであり、これまで外部設備を借りなければできなかった試験の一部を自分たちで行えるようになった。


「随分変わりましたわね」


「まだ中古設備ばかりですけどね。新品を揃えたら、資金がなくなりますから」


 ノアは笑いながら答えた。


 玲奈は満足そうに頷く。


「それでよろしいと思いますわ。新品を買うことが目的ではございませんもの」


 必要な性能を満たすなら中古でも構わない。見栄のために投資資金を使われるより、玲奈にとっては遥かに好ましかった。


 共同創業者の一人が試験結果をモニターへ表示した。


 最大の課題だった耐久性について、初期試作品より明確な改善が見られている。高温環境では依然として性能が落ちるものの、想定している用途の一部なら既に実用試験へ進める可能性が出てきた。


 玲奈は数値を確認したものの、自分だけで評価を決めることはしなかった。


「東雲精機からの評価はいかがでした?」


「次のサンプルを送ってほしいと言われています。向こうのモーターへ実際に組み込んで試したいそうです」


「ネクサリンクは?」


「小型ロボットで試験する候補箇所を三つ出してくれました。ただ、価格が現在の想定より高くなるなら採用は難しいとも言われています」


 ノアの表情には、少しだけ悔しさがあった。


 研究者としては性能を評価してほしい。


 しかし商品へ組み込む企業にとって、性能だけで採用を決めることはできない。


 玲奈はその感覚を既によく知っていた。


「良いことですわ」


「価格が高いと言われたのに?」


「今の段階で言っていただける方がよろしいでしょう? 量産設備を作ったあとで『高いので買いません』と言われるより、遥かに安く失敗できますもの」


 ノアは少し考えてから頷いた。


 玲奈が欲しいのは、褒めてくれる顧客ではない。


 実際に金を払う可能性があるからこそ、厳しい条件を提示してくれる顧客だった。


 東雲精機もネクサリンクも、玲奈が関係しているからという理由だけで材料を採用するつもりはない。それでいい。むしろ、そうでなければ試験相手として意味がなかった。


「それで、量産した場合の価格はどこまで下げられそうですの?」


 玲奈が尋ねると、ノアではなく共同創業者の女性が資料を差し出した。


 前回とは違う。


 材料費だけではなく、設備費、加工費、検査費用、不良率まで含めた複数の試算が作られている。


 玲奈は資料を読みながら、思わず口元を緩めた。


「随分、会社らしくなりましたわね」


「日本から来た人に、かなり教えてもらいました」


「日本から?」


 玲奈が顔を上げると、ノアが少し気まずそうに笑った。


 天城ホールディングスの担当者が、財務モデルの作り方や量産時の費用項目について助言していたらしい。玲奈はそこまで細かな指示を出していなかったため、担当者自身が必要だと判断して動いたことになる。


 以前なら、自分が知らないところで話が進んでいることに多少の不安を覚えたかもしれない。


 今は違った。


「その方のお名前を教えてくださいませ。あとでお礼を申し上げますわ」


 自分がいなくても、人が考えて動く。


 それこそ玲奈が作りたかった会社だった。


     ◇


 問題が起きたのは、それから二週間後だった。


 ノアから玲奈へ連絡が入り、大学との間で確認しなければならない事項が見つかったという。


 材料に関する知的財産権だった。


 ノアたちは大学在籍中に研究を始めており、現在の技術には大学設備を使って得られた成果が含まれている。そのため、一部の権利について大学との契約を整理する必要があった。


 玲奈は連絡を受けても慌てなかった。


 投資前の調査でも大学との関係は確認していたが、研究が進んだことで新しい成果と従来技術の境界が曖昧になってきたらしい。


 問題なのは大学が権利を持っていることではない。


 誰が何を持っているのか分からない状態で事業を進めることだった。


「では、一度止めましょう」


 オンライン会議で玲奈がそう告げると、ノアの表情が強張った。


『研究を、ですか?』


「いいえ。研究は続けてくださいませ。ただし、量産設備への大きな投資は権利関係が整理されるまで待ちます。作ったあとで使えませんでした、では困りますもの」


 天城ホールディングス側の法務担当も同意した。


 大学側と争う必要はない。むしろ研究成果を事業化するなら、大学にとっても利益になる契約を作ればいい。


 玲奈は交渉そのものを専門家へ任せた。


 自分が大学へ乗り込み、強引に条件をまとめるようなこともしない。


 それから数週間、玲奈は講義へ通いながら進捗報告だけを受け取った。


 大学側にも技術移転を担当する部門があり、話し合いは思ったより淡々と進んだ。権利の範囲を整理し、事業化した場合の対価について条件を決め、ノアたちが研究を続けられる形へ契約を修正する。


 最終的には大学側も一定の利益を得られる条件で合意した。


 玲奈が最初に想像していたより時間はかかったが、大きな争いにはならなかった。


 むしろ玲奈にとっては、海外で研究成果を事業化するときの仕組みを実際に見る良い機会になった。


     ◇


 権利関係が整理されたあと、開発速度は一気に上がった。


 東雲精機へ送られた新しい試作品は、小型モーターの試験装置へ組み込まれた。ネクサリンクでもロボット内部の一部へ採用し、長時間運転による評価が始まった。


 すぐに商品化できるわけではない。


 しかし、研究室の中だけに存在していた材料が、初めて実際の製品へ近づき始めた。


 玲奈がその結果を知ったのは、大学の図書館だった。


 授業で指定された資料を読んでいる最中に、天城ホールディングスから報告が届いたのである。


 東雲精機の評価では、振動抑制性能そのものは期待値を上回った。


 一方で取り付け工程が複雑で、現在の形状では量産ラインへ組み込みにくいという問題も指摘されている。


 玲奈は報告書を読みながら小さく笑った。


 やはり簡単にはいかない。


 性能が良ければ、そのまま商品になるわけではない。


 だが、ノアたちにとっては重要な一歩だった。


 玲奈は返信欄を開きかけ、指を止めた。


 改善方法を考えるのは自分ではない。


 研究者と製造技術者の仕事だった。


 玲奈は詳細な指示を書く代わりに、次回報告の日程だけ確認して画面を閉じた。


「何を笑ってるの?」


 向かい側から声をかけられ、玲奈は顔を上げた。


 同じ講義を受けている学生が、不思議そうにこちらを見ている。


 玲奈は少し迷ってから答えた。


「投資した会社の実験が、少しうまくいきましたの」


「投資?」


「ええ」


「会社に?」


「ええ」


 相手はしばらく黙った。


 玲奈も黙った。


 数秒後、相手が困惑した顔で尋ねる。


「……株とかじゃなくて?」


「会社の株式ですから、株ではございますわね」


「そういう意味じゃないんだけど」


 玲奈は首を傾げた。


 その反応を見て、相手はなぜか笑い始めた。


 玲奈には理由が分からなかった。


     ◇


 さらに二か月が過ぎた。


 ノアたちの会社は、最初の投資資金を予定通り研究と量産検証へ使っていた。


 東雲精機から指摘された取り付け工程についても改良が進み、材料そのものだけでなく、部品として組み込みやすい形状へ加工する方法が検討されている。


 そして、ネクサリンクの試験機でも一定の成果が出た。


 正式採用ではない。


 販売契約もまだない。


 それでも、玲奈が最初に展示会で見た薄い試作品は、少なくとも「面白い研究」から「企業が購入を検討する技術」へ一段階進んでいた。


 そこで玲奈は、次の投資を予定通り実行した。


 契約時に決めていた段階投資の二回目だった。


 ノアから届いた礼の連絡に対し、玲奈は短いオンライン面談を設定した。


「お礼は利益が出てからで結構ですわ」


『相変わらずですね』


「投資ですもの。ただし、今のところは十分面白いと思っておりますわよ」


 ノアは笑った。


 最初に会った頃より、随分表情に余裕がある。


 玲奈はその変化を確認してから、今後について尋ねた。


 次の半年で量産工程をさらに詰め、複数の企業へ評価用サンプルを提供する。東雲精機やネクサリンクだけに依存せず、現地企業にも顧客候補を広げる計画になっていた。


「それがよろしいですわね。天城ホールディングスの関係企業だけがお客様では、海外で会社を作った意味が薄れてしまいますもの」


『玲奈は、もっと自分の会社同士を繋げたいのかと思っていました』


「使えるものは繋げます。でも、それしか選べない状態にはしたくありませんわ」


 ノアたちが本当に優れた材料を作れるなら、東雲精機以外にも売ればいい。


 東雲精機も、もっと良い材料が他にあるならそちらを使えばいい。


 玲奈が所有したり投資したりしているという理由だけで、互いを縛る必要はない。


 その方が、結果として強くなると玲奈は考えていた。


 面談を終える直前、ノアが少し迷ってから口を開いた。


『一つ聞いていいですか?』


「どうぞ」


『玲奈は、僕たちの技術が欲しかったんですか? それとも会社が欲しかったんですか?』


 玲奈は少し考えた。


 最初に足を止めた理由は技術だった。


 薄い材料で振動を抑えられるという説明を聞き、東雲精機やネクサリンクとの相性を考えた。


 しかし、それだけなら技術ライセンスを取得する方法もあった。


「どちらも少し違いますわね」


 玲奈は椅子へ背を預けた。


「わたくしが一番欲しかったのは、その技術をこれからもっと良くできる人たちですわ。完成品だけを買いましたら、そこで終わってしまうでしょう?」


 画面の向こうで、ノアが目を瞬いた。


「もちろん、利益を出していただかなければ困りますけれど」


『最後にそれを言いますか』


「大切なことですもの」


 ノアが笑い、玲奈も笑った。


 それで最初の海外投資案件は、一つの区切りを迎えた。


 成功したと呼ぶにはまだ早い。


 量産品もなく、大きな売上もない。研究が失敗する可能性も、競合技術に追い越される可能性も残っている。


 それでも、玲奈が毎日付き添う必要はなくなった。


 ノアたちは自分たちで研究を続け、天城ホールディングスの担当者は必要な支援を行い、日本と現地の企業がそれぞれの立場から評価する。


 ならば玲奈は、玲奈にしかできないことへ時間を使えばいい。


     ◇


 翌週。


 玲奈は珍しく、午後から夜まで何の仕事も入れていなかった。


 講義を終えれば天城ホールディングスの会議もなく、《セレスティア》の配信予定もない。課題についても、既に必要な分は終わらせている。


 玲奈は大学構内のベンチへ座り、携帯電話の予定表を確認した。


 本当に何もない。


 高校時代なら、その空いた時間に企業資料を探していたかもしれない。


 今でも探そうと思えば探せる。


 だが、今日はそうしなかった。


「玲奈!」


 遠くから名前を呼ばれた。


 最近よく一緒に講義を受ける学生たちが歩いてくる。そのうちの一人が玲奈の前で立ち止まり、当然のように尋ねた。


「今日、空いてる?」


「ええ。珍しく何もございませんわ」


「じゃあ決まり。みんなで街に行くよ」


 玲奈は一瞬、予定表を見た。


 目的を聞いてから判断しようとしたが、相手は既に玲奈も来るものとして話を進めている。


「何をしに参りますの?」


「遊びに」


 あまりにも単純な答えだった。


 玲奈は思わず瞬きをする。


 投資でも、企業視察でも、勉強でもない。


 ただ友人たちと街へ行く。


 前世なら予定表へ載ることさえなかった用事であり、現代でも会社を始めてからは意外と少なかった時間だった。


 玲奈は携帯電話の画面を閉じた。


「分かりましたわ。ご一緒いたします」


「よし。じゃあ今日は仕事禁止ね」


「なぜですの?」


「この前、食事中に会社の資料見てたから」


「連絡が届いただけですわ」


「見るのも禁止」


 玲奈は少し不満そうな顔をしたものの、携帯電話を鞄へしまった。


 投資案件は、ひとまず専門家たちへ任せればいい。


 会社も日本で動いている。


 玲奈が数時間遊んだからといって、世界が止まるわけではない。


 そう考えると、なんだか可笑しくなった。


「それでは今日は、大学生らしいことをしてみますわ」


 玲奈は友人たちと並び、大学の門を出た。


 海外へ来て数か月。


 会社でも投資でもない、新しい生活がようやく始まろうとしていた。

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