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悪役令嬢、現代日本に転生する~処刑された元公爵令嬢は、今度こそ自分の才能を自分のために使います~  作者: にゅん


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自分のお金で買うもの

 六歳の春に父親との少し変わった契約を結んでから、およそ一年という時間が流れ、天城玲奈は七歳になっていた。


 小学校へ入学した玲奈の生活は、本人が想像していた以上に忙しく、それでいて前世とは比較にならないほど穏やかなものだった。


 朝になれば自分で用意したランドセルを背負って学校へ向かい、同じ年齢の子供たちと机を並べ、教師から授業を受ける。


 帰宅すれば宿題を済ませ、その後は図書館で借りた本を読んだり、両親と夕食を食べたりしながら一日を終える。


 前世の七歳だった頃と比べれば、あまりにも違う生活だった。


 セレスティアだった頃には、朝から家庭教師による授業が組まれていた。外国語を学び、礼儀作法を学び、午後には乗馬や音楽の時間があり、夕食後にも王国史について勉強する日があった。


 未来の王妃になるためなのだから、それが普通だと思っていた。


 今世では、小学校の授業を終えた玲奈が帰宅したところで、追加の教師が待っていることなどない。


 何を学ぶのかも、放課後をどう過ごすのかも、基本的には玲奈自身が決められた。


 もちろん修一と美咲から生活上の決まりを守るよう言われることはあるし、子供として危険なことをすれば普通に叱られる。


 それでも、自分の時間を自分で使えるという事実は、玲奈にとって未だに新鮮だった。


 だから玲奈は、その時間を遠慮なく自分のために使っていた。


 学校で扱う内容は、玲奈にとって難しいものではなかった。


 すでに本を読む習慣がついていたこともあり、国語や算数で困ることはほとんどない。


 だからといって、わざと間違えたり、周囲へ合わせて理解していないふりをしたりするつもりもなかった。


 百点を取れる問題なら、百点を取ればいい。


 教師から質問されて答えを知っているなら、手を挙げればいい。


 自分ができることを隠して、わざわざできない人間を演じる必要など、玲奈には少しも感じられなかった。


 その結果、入学してそれほど経たないうちに、玲奈は教師たちから非常に物覚えの良い子供として認識されるようになった。


 同級生からも勉強を聞かれることが増えたが、そこで玲奈は意外な問題に直面することになる。


「玲奈ちゃん、この問題どうやってやるの?」


 算数の時間、隣の席に座る女の子から尋ねられ、玲奈は教科書を覗き込んだ。


 問題そのものは簡単だったため、玲奈は自分が考えた順序で説明する。


「最初にこちらを同じ数ずつ分けて、それから残った数を考えれば答えが出ますよ」


「……どういうこと?」


 玲奈は一度だけ瞬きをした。


 もう一度、今度は少し表現を変えて説明する。


「ですから、この数字を先に分けてしまえば、残っているものだけを考えられるでしょう?」


「……分かんない」


 女の子は困った顔になっている。


 玲奈も困った。


 自分には答えまでの道筋が見えている。それをそのまま言葉にすれば伝わると思っていた。


 しかし、どうやら自分が理解できる説明と、相手が理解できる説明は同じではないらしい。


 前世では教師から学ぶ側だったし、領地経営について部下へ指示を出す場合も、相手はすでに必要な基礎知識を持った大人だった。


 何も知らない相手へ、一から理解できるよう説明する経験は意外なほど少ない。


 玲奈は少し考えたあと、机の上にあった鉛筆を何本か並べた。


「では、数字ではなく、この鉛筆を使って考えてみましょうか」


「鉛筆で?」


「はい。こちらを二人で同じ数ずつ分けると考えてください」


 実物を動かしながら説明すると、女の子の表情が少しずつ明るくなっていった。


「あっ、分かった! こういうことなんだ!」


「……なるほど。こちらの方が分かりやすいのですね」


「玲奈ちゃん、教えるの上手だね!」


 玲奈は褒められたものの、内心では少し複雑だった。


 最初の説明では全く伝わっていなかったのだから、最初から上手だったわけではない。


 しかし、一つ面白いことを学んだ。


 自分が理解していることと、それを他人へ理解させられることは別の能力らしい。


 それから玲奈は、同級生から質問された際には、相手がどこまで理解しているのかを先に確認するようになった。


 この小さな経験が、何年か後に何万人もの人間から相談を受けるようになった際、思わぬ形で役立つことになる。


 学校生活を楽しむ一方で、修一との競馬も続いていた。


 毎週必ず競馬場へ行くわけではない。家族の予定もあれば、修一自身が仕事で疲れている週もある。


 自宅でテレビを見ながら二人で馬を観察することもあり、玲奈はそのたびに自分の見立てを小さなノートへ書き残した。


 玲奈の観察が必ず当たるわけではないという事実は、一年間を通して嫌というほど理解した。


 パドックで非常に良く見えた馬が、レースでは全く伸びないこともある。


 逆に、玲奈にはそれほど目立って見えなかった馬が、騎手の巧みな判断によって勝利することもあった。


 最初の頃には理解できなかった理由も、記録を積み重ねることで少しずつ見えるようになってきた。


 馬の状態が良くても、距離が合わなければ能力を発揮できない。


 速く走れる馬でも、展開によって前を塞がれれば思うように進めない。


 芝の状態によって得意不得意があり、気温や移動による疲労が影響する場合もある。


 前世で培った馬を見る経験は確かに役立っているが、それだけで競馬に勝てるわけではない。


 むしろ玲奈は、そこが気に入っていた。


 簡単に答えが分かってしまうものより、知らないことが残っている方が面白い。


 修一も玲奈の意見を無条件で信じることはなく、自分で調べた情報と組み合わせて最終判断をしている。


 その結果として利益が出た場合に限り、最初に決めた契約どおり、その一部が玲奈へ支払われた。


 当然ながら、玲奈が毎月大金を稼げるほど甘いものではなかった。


 負ける日もある以上、報酬が一円も増えない月さえある。


 それでも修一が趣味として使う金額の範囲を守り、玲奈も無理な勝負を勧めなかったことで、一年間を通せば少しずつ報酬は積み上がっていた。


 そこへ正月のお年玉や、それ以前から貯めていた小遣いも加わっている。


 もっとも玲奈は、自分の目標について一つだけ譲らなかった。


 パソコンの購入に使うのは、できる限り自分の力によって得たお金にしたかった。


 お年玉まで自分の力で稼いだものだと言い張るのは、玲奈自身が納得できなかったからだ。


 七歳になって少し経った休日、玲奈は自室の机に貯めていたお金を並べ、何度目かになる計算をしていた。


 以前修一から聞いた十万円という金額には、ようやく手が届くところまで来ている。


 ただし、玲奈はすでに最初の頃よりパソコンについて詳しくなっていた。


 十万円あれば、どんなパソコンでも買えるわけではない。


 何をするかによって必要な性能が違い、画面や周辺機器まで考えれば予算も変わってくる。


 今の玲奈が主にしたいことは、インターネットでの調べ物と文章の作成だった。


 その程度なら極端に高性能なものは必要ない。


 それでも、できれば数年間は使えるものが欲しかった。


 玲奈は自分で作った予算表を確認すると、夕食後に修一と美咲へ話を切り出した。


「お父さん、お母さん。パソコンについてご相談があります」


「とうとう来たか。最近ずっと値段調べてたもんな」


「玲奈ちゃん、どれくらい貯まったの?」


 美咲に尋ねられ、玲奈は自分が用意した数字を伝えた。


 二人とも、想像していたより多かったらしく少し驚いている。


「競馬の分だけで、そんなに貯めてたのか?」


「一年ほど使わずに残しておりましたから、少しずつ増えております」


「でも全部使ったら、玲奈ちゃんのお金ほとんどなくなっちゃうよ?」


「また必要になれば、そのときに貯めます。今はパソコンの方が欲しいです」


 玲奈の答えに迷いはなかった。


 美咲は少し考えてから、修一と顔を見合わせた。


「だったら、お父さんとお母さんで半分出そうか?」


「えっ、父さんも出すこと決まってるの?」


「あなたは出さないつもりだったの?」


「出します。もちろん喜んで出させていただきます」


 二人の会話に玲奈は思わず笑いそうになったが、すぐに首を横へ振った。


「ありがとうございます。でも今回は、自分のお金だけで買いたいのです」


「本当にいいの? 玲奈ちゃんが頑張って貯めたお金でしょう?」


「だからこそ、自分で使ってみたいと思っております」


 美咲は娘の顔をしばらく見つめていた。


 玲奈が単に両親へ遠慮しているのではないことを、今では美咲もかなり理解している。


「分かった。でもお店には一緒に行くからね。七歳の子一人で高い買い物はさせられないから」


「もちろんです。そこまで一人で行うつもりはございません」


「父さんも行くぞ。パソコンなら多少は分かるからな」


「お父さんより詳しい店員さんへ聞いた方が確実ではありませんか?」


「玲奈、たまには父さんの格好いいところを信じてくれないか?」


「では、期待しておくことにいたします」


「なんで七歳の娘に上から評価されてるんだろうなあ……」


 数日後の休日、玲奈は両親と一緒に大型家電量販店を訪れた。


 以前にも家電を買うために来たことはある。しかし、自分自身のものを選ぶ目的でパソコン売り場へ来るのは初めてだった。


 ずらりと並ぶ端末を前にして、玲奈は思わず足を止めた。


 メーカーも違えば大きさも違う。持ち運べるものもあれば、机へ置いて使うことを前提にしたものもある。


 価格も数万円から数十万円まで幅があり、表示されている性能の違いについては、事前に勉強してきた玲奈でも分からない部分が残っていた。


 玲奈は安易に一番高いものを選ばず、まず自分の用途を店員へ説明した。


 インターネットを使った調べ物をしたいこと。


 文章を書くためにも利用したいこと。


 将来的には、もう少し色々なことへ挑戦してみたいこと。


 ただし、今の段階では高性能な映像編集や複雑な計算処理を目的としているわけではない。


 店員は最初こそ七歳の玲奈ではなく両親へ向かって説明していたが、質問を繰り返すうちに、実際に使用する本人へ話した方が早いと理解したらしい。


「この二つでしたら、玲奈さんの使い方ならどちらでも十分だと思いますよ」


「こちらの方が少し高いのは、何が違うのでしょうか?」


「主には保存できる容量と、処理性能ですね。長く使うなら余裕がある方が便利ではあります」


「今後必要になった場合、部品だけ交換することはできますか?」


「こちらの機種なら一部は可能ですが、このタイプはかなり制限がありますね」


 玲奈は説明を聞きながら、自分が用意してきた予算と照らし合わせた。


 高価な方が優れていることは分かる。


 しかし、優れていることと、自分に必要であることは同じではない。


 前世でも武器や馬を選ぶ際、最も高価なものが常に最適だったわけではない。


 目的に対して必要な性能を満たし、そのうえで価格に見合う価値があるかを考える。


 玲奈は最終的に、予算内へ収まりながら少し余裕のある性能を持つ一台を選んだ。


「こちらにいたします。今のわたしには、この程度が最も合っていると思います」


「玲奈、本当にそれでいいのか? 父さんたちが少し出せば、こっちの高いやつでも買えるぞ?」


「必要になってから買い替えれば十分です。使わない性能へお金を払う必要はないでしょう?」


「……七歳の買い物とは思えないくらい堅実だな」


 修一は苦笑していたが、玲奈はすでに決めていた。


 そして会計の段階になり、玲奈は自分で用意してきたお金を支払った。


 もちろん高額な買い物なので両親がすぐ隣におり、手続きそのものも大人の助けを借りている。


 それでも、支払ったお金は自分が一年近く積み上げてきたものだった。


 商品を受け取った瞬間、玲奈は想像していた以上に胸が満たされる感覚を覚えた。


 前世では、これより遥かに高価なものをいくらでも所有していた。


 宝石を使った首飾りも、職人が何ヶ月もかけて仕立てたドレスも、自分専用に選ばれた馬も持っていた。


 それらが嬉しくなかったわけではない。


 けれど、今腕の中にある箱は、それらとは全く違って見えた。


 これは誰かが未来の王妃へ用意したものではない。


 天城玲奈が欲しいと思い、自分が持っているものを使って得たお金で、自分自身のために選んだものだった。


「玲奈、本当に父さんたちが払わなくてよかったのか?」


「はい。これは、わたしが自分のために稼いだお金で買いたかったのです」


 修一は一瞬だけ驚いたような顔をしたあと、何も追及せずに娘の頭を軽く撫でた。


「そっか。それなら大事に使わないとな」


「もちろんです。できるだけ長く使うつもりで選びましたから」


「そこは普通に、うんって言えばいいと思うぞ」


 玲奈は小さく笑いながら、もう一度箱へ視線を落とした。


 処刑台の上で聞いた言葉を思い出す。


 自分ほど優秀なのに、一度だって自分のためにその力を使わなかった馬鹿な女。


 今でも、その言い方については腹が立つ。


 それでも今日だけは、心の中で少しだけ言い返してやりたい気分だった。


「……見ていますか。今度のわたしは、ちゃんと自分のために使っていますわよ」


「玲奈、何か言ったか?」


「いいえ。何でもございません」


 家へ帰ると、玲奈は早速パソコンを使おうとした。


 しかし、箱を開ければすぐ何でもできると思っていたわけではない。


 最初の設定だけでも、玲奈には知らない項目が大量にあった。


 修一に助けてもらいながら一つずつ設定し、家庭内の通信環境へ接続し、子供用の利用制限について美咲から説明を受ける。


「知らない人に本名とか住所を教えちゃ駄目だからね」


「それくらいは理解しております。個人情報を不用意に公開する危険性についても読みました」


「知らない人から変な連絡が来たら、絶対に返事しないこと」


「内容によっては無視するだけでなく、お父さんかお母さんへ相談いたします」


「勝手に何か買ったりするのも禁止だからね」


「分かっておりますから、もう少し信用していただいてもよろしいのでは?」


「玲奈ちゃんがしっかりしてるのは知ってるけど、七歳なのは変わらないからね」


 そこを言われると反論しづらく、玲奈は素直に頷いた。


 全ての設定が終わり、ようやく自分一人で操作できるようになると、玲奈は最初にインターネットを使って図書館で調べきれなかったことを検索した。


 結果は一瞬で表示された。


 玲奈は思わず画面へ顔を近づける。


 検索する言葉を少し変えるだけで、異なる情報が次々に出てくる。


 新聞社の記事もあれば、公的機関が公開している資料もある。


 個人が書いた文章もあれば、専門家による解説もあり、映像で説明しているものまで存在する。


 図書館が不要になるとは思わない。


 本には体系的にまとめられているという大きな価値があり、インターネット上の情報には信頼性を判断する必要がある。


 それでも、情報へ到達する速度だけなら比較にならなかった。


「……これは、少々危険なくらい面白いですわね」


 気づけば予定していた時間を大きく超え、美咲から今日は終わりにするよう注意されるまで、玲奈は夢中になっていた。


 それから数週間、玲奈はパソコンの基本的な操作を少しずつ覚えていった。


 文字入力は最初こそ遅かったが、練習すれば改善する。


 分からない操作があれば調べ、それでも理解できなければ修一へ尋ねる。


 ところが、ある程度まで進んだところで玲奈は新しい問題へぶつかった。


 自分がやりたいことが増えるほど、修一にも分からないことが増えてきたのである。


「お父さん、こちらの設定を変更したいのですが、どこから操作するのでしょう?」


「ちょっと待ってくれ。父さんもそこ触ったことないな」


「では、こちらのソフトについては分かりますか?」


「仕事で使うやつなら多少分かるけど、それは知らないなあ」


「そうですか。では自分で調べてみます」


「……なんか父親としての役目がどんどん減ってる気がする」


「競馬については、まだお父さんの方が詳しいではありませんか」


「比較対象がそこなのは喜んでいいのかな……」


 修一には十分助けてもらっている。それでも玲奈は、もっと詳しい人間が身近にいれば便利だと考えるようになった。


 そんなある休日、玲奈は修一と再び競馬場を訪れていた。


 いつものようにパドックで馬を確認し、修一と予想について話し合ったあと、次のレースまで少し時間が空いた。


 二人で休憩できる場所を探して歩いていると、玲奈は一人の男性へ目を留めた。


 年齢は二十代半ばくらいだろうか。


 髪は少し伸びており、服装にもそれほど気を使っているようには見えない。


 何より奇妙なのは、競馬場にいるにもかかわらず、男性が競馬新聞ではなくノート型のパソコンを開いていたことだった。


 玲奈は何となく、その画面へ目を向けた。


 もちろん他人の画面を覗き込むのは褒められた行為ではないため、立ち止まって見るようなことはしない。


 しかし通り過ぎる短い時間だけでも、男性が普通にウェブサイトを見ているわけではないことは分かった。


 黒い画面に、玲奈には意味の分からない文字が大量に並んでいる。


 男性は驚くほど速くキーボードを操作し、時折別の画面へ切り替えながら何かを確認していた。


 玲奈は数歩進んだところで、思わず振り返った。


「玲奈、どうした?」


「あちらの方は、何をなさっているのでしょう?」


「どの人?」


「あそこでパソコンを使っている男性です」


 修一も少しだけ見たが、すぐに首を傾げた。


「さあなあ。仕事でもしてるんじゃないか?」


「競馬場で仕事をするのですか?」


「世の中には色んな人がいるからな」


 それだけ言うと、修一は特に興味を持たず歩き始めた。


 玲奈も一度は父親についていった。


 しかし頭の中には、先ほど見た画面が残っていた。


 自分には何をしているのか分からなかった。


 けれど、あの男性は迷っていなかった。


 操作の速さだけでも、パソコンを日常的に使っていることは容易に想像できる。


 玲奈は少しだけ興味を持った。


「お父さん、あの方はパソコンに詳しいのでしょうか?」


「詳しそうには見えたけど、知らない人にいきなり話しかけるのは駄目だぞ」


「まだ何も申し上げておりませんが、どうして分かったのです?」


「玲奈がそういう顔してたからだよ。母さんからも知らない人には気をつけろって言われてるだろ?」


「承知しております。今日は話しかけたりいたしません」


「今日はって言ったよな? 今、父さんにはっきり今日はって聞こえたぞ?」


 玲奈は答えず、父親の手を引いて歩き始めた。


 その男性の名前も、仕事も、どの程度パソコンに詳しいのかも、今は何一つ知らない。


 だから現時点で関わる理由もない。


 ただし玲奈には、人間の能力を観察する習慣が前世から染みついていた。


 領地を運営するときも、使用人を配置するときも、重要なのは誰が何を得意としているかを見極めることだった。


 そして先ほどの男性には、少なくとも玲奈が持っていない何かがあるように見えた。


 玲奈はその事実だけを、頭の片隅へ残しておくことにした。


 一方で、その男性――久世直人は、自分のすぐ近くを通り過ぎた小さな少女がこちらを観察していたことなど全く気づいていなかった。


 彼は二十六歳にして仕事も生活も上手くいかず、気分転換のために訪れた競馬場ですら、結局パソコンを開いてコードを書いていた。


 自分の能力にまともな値段をつけてくれる人間が、この先の人生に現れるとも思っていなかった。


 まして、その相手が七歳の少女になるなど、この時点で想像できるはずもなかった。


 天城玲奈が自分の力で初めて手に入れたパソコンは、その日から彼女の世界を急速に広げ始めていた。


 そして競馬場で見かけた一人の男との出会いが、やがて玲奈をさらに別の世界へ連れていくことになる。


 その世界では、顔も本名も知らない何万人もの人々が、一人の少女の言葉を待つようになる。


 けれど今の玲奈は、そんな未来を知る由もなく、帰宅すると今日見つけた新しい疑問を調べるため、嬉しそうに自分のパソコンを起動するのだった。

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