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悪役令嬢、現代日本に転生する~処刑された元公爵令嬢は、今度こそ自分の才能を自分のために使います~  作者: にゅん


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社長が三人必要ですわね

 玲奈から「瀬川様が倒れましたら、この会社は大変ですわね」と指摘された瀬川拓海は、しばらく返事をしなかった。


 ネクサリンク・ロボティクスの開発拠点では、その間にも仕事が続いている。奥では小型ロボットが試験用の荷物を載せて走り、技術者たちはパソコンと機体を往復しながら調整を繰り返していた。


「……いきなり痛いところを突きますね」


 やがて瀬川が苦笑すると、玲奈は首を傾げた。


「隠していらしたのです?」


「いや、全然隠せてないでしょう。天城さんが来て五分で見つかったくらいですから」


「でしたらよろしいではありませんか。自覚していない方が問題ですもの」


「十四歳に会社の問題点を指摘されるの、想像以上に効きますね」


「年齢で内容が変わるわけではございませんわよ?」


「それも正論だから困るんですよ」


 瀬川はそう言って笑ったあと、玲奈と美咲を開発拠点の奥へ案内した。


 玲奈は説明を聞きながら、設備よりも社員たちの動きを見ていた。


 ネクサリンクには明確な部署というものがほとんど存在しない。機械設計を担当する人間が顧客との打ち合わせへ出ることもあれば、制御担当者が実証実験の現場へ行くこともある。人数が少ないため、一人が複数の仕事を持つこと自体は珍しくなかった。


 問題は、その仕事の境界が曖昧なことだった。


「こちらが機械設計チームです。といっても四人しかいませんけど」


 瀬川が紹介すると、近くにいた男性が振り返った。


「三人ですよ。佐伯、今日から実証先です」


「あ、そうだった」


「来週水曜まで戻りません」


「そうだったな……」


 玲奈は何も言わず、その会話を記憶した。


 少し先へ進む。


「こっちは制御側です。ソフトウェアと電装を――」


「社長、十五時から投資家とのオンライン面談です」


 別の社員が声をかけてきた。


「十五時半じゃなかった?」


「先方から変更メール来てます。共有カレンダーにも入れました」


「分かった。ありがとう」


 さらに十歩ほど進んだところで、今度は営業担当者から呼び止められた。


「瀬川さん、来週の実証先なんですけど、追加で安全資料が必要だそうです」


「後で見る」


「今日中に欲しいそうです」


「……分かった。十四時までに送って」


 瀬川自身が送るらしい。


 玲奈はとうとう足を止めた。


「瀬川様」


「はい?」


「社長が三人くらい必要ではございません?」


 近くにいた社員が吹き出した。


 瀬川は天井を見上げる。


「俺もたまにそう思います」


「増殖するご予定は?」


「できるならやってますよ」


「では、別の方法を考えた方がよろしいですわね」


 玲奈は冗談を続けながらも、問題そのものは軽く考えていなかった。


 東雲精機では、長年会社を経営してきた隆一の頭の中に顧客情報や技術判断が集まりすぎていた。


 ネクサリンクでは少し違う。


 会社が若く、組織を整える前に仕事が増えてしまったのだ。


 瀬川は創業者であり、技術者であり、営業の重要案件へ出て、資金調達も担当し、採用にも関わり、顧客とのトラブルがあれば最終判断まで行っている。


 できるから任される。


 任されるから、さらに仕事が集まる。


 その結果、瀬川にしか分からないものが増える。


 玲奈には、その循環が危険に見えた。


「社員の方は、現在何人ですの?」


「十八人です。俺を入れて十九人ですね」


「一年後は?」


「予定では三十人くらいまで増やしたいです」


「今のまま三十人になりましたら、瀬川様のお仕事も増えません?」


「……増えますね」


「では、三十人になる前に倒れますわね」


「怖いこと言わないでください」


「心配して差し上げておりますのよ」


 玲奈はそう答えながら、壁に貼られた予定表へ視線を移した。


 実証試験、顧客打ち合わせ、改良作業、採用面談、資金調達、展示会準備など、複数の予定が並んでいる。


 仕事がない会社ではない。


 むしろ逆だった。


 やりたいことに対して、人と時間が足りていない。


「瀬川様。差し支えなければ伺いたいのですが、今、一番足りないものは何でしょう?」


 瀬川は少し考えた。


「人ですかね」


「お金ではなく?」


「金も足りません」


「では、二つですわね」


「いや、営業も足りないです」


「三つになりましたわ」


「量産経験がある人も欲しいですね」


「四つですわね」


 美咲が隣で笑いを堪えている。


 瀬川も自分で言っていて可笑しくなったらしく、苦笑した。


「こうやって並べると酷い会社ですね」


「そんなことは申し上げておりません。欲しいものが多い会社というだけですわ」


 玲奈は東雲精機を初めて見たときとは違う感覚を覚えていた。


 東雲精機には、すでに五十人の社員がいて、長年の顧客がいて、技術があり、工場もある。


 しかし売り方と価格設定が弱く、隆一へ多くを依存していた。


 ネクサリンクは違う。


 会社として必要なものそのものが、まだ揃っていない。


 未完成なのだ。


 それでも仕事は来ている。


「実際の導入先を見せていただくことはできます?」


 玲奈が尋ねると、瀬川は少し驚いた。


「ロボットのですか?」


「ええ。ここで動いているところだけ見ても、本当に役に立っているのか分かりませんもの」


「先方の許可が取れれば可能だと思います。工場の方が調整しやすいですね」


「お願いいたします」


「天城さん、かなり興味持ってません?」


 瀬川の言葉に、玲奈は一瞬だけ黙った。


「ロボットには興味がございますわ」


「会社には?」


「今は、お取引先です」


「今は、ですか」


「細かいところを気になさる男性ですこと」


 玲奈は微笑んで話を流した。


 見学はそのまま続いた。


 開発拠点の一角には、量産を想定した試作部品が並んでいた。


 ネクサリンクは機体の全てを自社製造するつもりではない。筐体、モーター、基板、センサー、バッテリーなどを外部企業から調達し、自社では設計、制御ソフトウェア、統合、最終調整を中心に担当する構想だった。


「工場を持つ予定はございませんの?」


「大きな自社工場は今のところ考えてません。最終組み立てと検査は自分たちでやりたいですけど、部品まで全部内製したら資金が持たないので」


「それは賛成ですわ」


 玲奈は即答した。


「全部自分で持つ必要はないと、最近学びましたもの」


「東雲さんを買った人が言うと説得力があるのかないのか分からないですね」


「必要なら買いますし、必要がなければ買いません。それだけですわ」


 玲奈は一台の分解された機体を見る。


 東雲精機のモーターが、この会社の次期機体へ採用される可能性がある。


 相馬電子技研も制御の一部へ関わり始めた。


 一社で全てを作らなくても、一つの製品は完成する。


 それぞれの会社が得意なものを持ち寄る。


 その中心に、ネクサリンクがいる。


「面白いですわね」


「何がです?」


「この会社です。自分では部品をほとんど作らないのに、集めたものを一つの製品にしておりますでしょう?」


「それがうちの仕事ですからね」


「東雲精機とは反対ですわ」


 東雲精機は優れた部品を作る。


 しかし完成品を市場へ届ける会社ではない。


 ネクサリンクは多くの部品を外から買う。


 その代わり、それらを組み合わせて顧客へ価値を届ける。


 二つの会社は、互いに持っていないものを持っている。


 玲奈はそこまで考えてから、自分の思考を止めた。


 まだ早い。


 一度一緒に試作しただけだ。


 会社を見学しただけで、未来まで決めるつもりはない。


 午後三時が近づくと、瀬川は投資家とのオンライン面談へ向かう必要があった。


「すみません。最後まで案内できなくて」


「お仕事を優先してくださいませ。わたくしたちはお客様ではなく、今日は見学者ですもの」


「ありがとうございます。残りは開発責任者に案内してもらいます」


 瀬川が離れたあと、玲奈は美咲とともに別の社員から説明を受けた。


 そして、その方が見えるものもあった。


 瀬川がいなくても、技術開発は止まらない。


 機械設計側には中心人物がいる。


 制御側にも判断できる人間がいる。


 若い社員同士で相談して問題を解決している場面も多い。


 玲奈は少し認識を修正した。


 瀬川がいなければ何もできない会社ではない。


 ただし、会社全体に関わる判断が瀬川へ集中している。


 技術者が解決できる範囲なら動ける。


 しかし顧客との重要交渉、採用、資金、事業方針、外部との契約になると、ほぼ全て瀬川へ戻ってくる。


「社長が技術者だから、どうしても相談しちゃうんですよ」


 案内していた開発責任者が苦笑した。


「聞けば答えてくれますから」


「答えられるから、質問が集まるのですね」


「そうですね。それで本人の仕事が増えるという」


「誰か止めませんの?」


「一応、俺たちも言ってます」


「聞きます?」


「聞くだけは」


 玲奈は少し笑った。


 この会社の社員たちは、瀬川へ盲目的に従っているわけではない。


 言うべきことは言っている。


 それも玲奈にとっては悪くない材料だった。


 見学を終えた帰り道、美咲と玲奈は駅へ向かって歩いていた。


「どうだった?」


 美咲が尋ねる。


「面白かったですわ」


「会社を買う話じゃなくて?」


「お母様まで隆一様のようなことをおっしゃいますのね」


「だって玲奈、気になる会社を見るときの顔してたから」


 玲奈は少しだけ口を閉じた。


 母親には誤魔化しにくい。


「まだ買いませんわよ」


「まだ?」


「……皆様、そこばかり拾いますわね」


 美咲が笑った。


 玲奈も否定しきれず、小さく息を吐いた。


「今のネクサリンクを買う理由がございませんもの。東雲精機との仕事も始まったばかりですし、会社として利益が安定しているわけでもございません。それに外部の投資家もおりますでしょう?」


「そうね。株式会社だから、瀬川さん一人だけのものとも限らないものね」


「ええ。資本関係も確認しないまま買収など考えられませんわ」


 そこまで言って、玲奈は自分がすでに買収可能性を検討していることに気づいた。


 美咲も気づいたらしい。


「考えてるじゃない」


「可能性を考えることと、買うことは違います」


「はいはい」


「本当ですわよ?」


 玲奈は少しだけ頬を膨らませた。


 その数日後、瀬川から連絡が届いた。


 実証導入先の一つである中規模工場から、見学の許可が得られたという。


 玲奈は次の土曜日に予定を合わせた。


 実証先で動いていたのは、旧型のネクサリンク製ロボットだった。


 東雲精機のモーターはまだ使われていない。


 高さは大人の腰ほどで、上部に専用コンテナを載せ、工場内の二地点を往復している。


 見た目だけなら、開発拠点にあった新型試作機より地味だった。


 しかし玲奈が驚いたのは、誰もロボットを見ていないことだった。


 作業員は普通に仕事をしている。


 ロボットが横を通っても、振り返る者さえほとんどいない。


「人気がございませんわね」


 玲奈が言うと、瀬川が笑った。


「それでいいんです」


「いいのです?」


「最初の一週間は、みんな見てたそうですよ。でも今はただの道具になってる」


 瀬川は少し誇らしそうだった。


「俺が欲しかったの、これなんです」


 玲奈はその言葉を聞きながら、再びロボットを見る。


 派手な歓声はない。


 写真を撮る者もいない。


 ただ必要な荷物を載せて、決められた場所へ運び、また戻ってくる。


 工場側の担当者にも話を聞いた。


 導入前は作業員が一日に何度も部品箱を運んでいた。その仕事をロボットへ任せることで、本来の作業から離れる時間が減ったという。


「これがないと困ります?」


 玲奈が尋ねると、担当者は少し考えた。


「なくても仕事はできます。ただ、今さら全部人が運ぶ状態には戻したくないですね」


 玲奈はその答えを気に入った。


 なくなれば会社が止まるほどではない。


 それでも一度使えば、以前には戻りたくない。


 生活や仕事へ定着する製品には、そういう強さがある。


 実証先を出たあと、玲奈は瀬川へ尋ねた。


「これを何台くらい売りたいのです?」


「まず百台」


「その次は?」


「千台」


「さらにその次は?」


 瀬川は少し笑った。


「日本中で、何台あるか数えなくなるくらいです」


「大きく出ましたわね」


「天城さんが聞いたんでしょう」


「そうでしたわ」


 玲奈も笑った。


 しかし、その日の帰宅後。


 玲奈はネクサリンクについて、これまでとは違う角度から調べ始めた。


 製品だけではない。


 資金調達の履歴。


 株主構成について公開されている範囲の情報。


 採用状況。


 主要メンバー。


 競合企業。


 自律移動ロボットの市場。


 実証から本格導入へ進む際に必要となる資金。


 量産時に起こり得る問題。


 そして、会社が成長したとき瀬川一人へ判断が集中する構造がどこまで耐えられるのか。


 玲奈は一時間ほど調べたところで手を止めた。


「……違いますわね」


 買収候補として調べ始めている。


 それ自体が悪いわけではない。


 しかし今の玲奈には、もう一つ選択肢があった。


 翌日。


 玲奈は美咲へ相談したあと、沙耶香にも一般論として話を聞いた。


「会社を買わずに、お金だけ出すこともできますわよね?」


 沙耶香は玲奈の質問に、一瞬だけ目を細めた。


「出資の話?」


「ええ。株式の一部だけを取得する方法です」


「もちろんあるわよ。むしろスタートアップなら、そっちの方が普通でしょうね」


「経営権を取らずに?」


「できる。何%取得するか、どんな種類の株式か、どんな契約を結ぶかで権利は変わるけどね。ただし、会社を丸ごと買うのとは全然違うわよ」


「分かっております」


「本当に?」


 沙耶香の声には疑いが混じっていた。


 玲奈は少し不満そうに眉を寄せる。


「わたくしを何だと思っておりますの?」


「十四歳で会社を一つ買って、その直後に二社目を買おうとして、今度はスタートアップへの出資を調べ始めた子」


「事実だけ並べると酷いですわね」


「でしょう?」


 二人は少し笑った。


 しかし玲奈は、すぐ真剣な表情へ戻った。


「ネクサリンクには、資金が必要です。東雲精機との相性も悪くありません。ただ、今の段階で会社そのものを買う必要があるとは思えません」


「だから、一部だけ持つ?」


「それも選択肢だと思っております」


「何のために?」


 沙耶香の問いに、玲奈はすぐ答えなかった。


 値上がりしそうだから。


 それだけなら、純粋な投資として判断すればいい。


 東雲精機の顧客だから。


 それだけでも、株主になる理由としては弱い。


 玲奈が欲しいのは、もう少し別のものだった。


「一緒に成長できる可能性があるから、でしょうか」


「曖昧ね」


「ええ。ですから、まだ決めません」


 玲奈は素直に認めた。


「瀬川様が必要としているのが、本当にお金なのかも確認しておりませんもの。お金を出せば解決する会社なのかも分かりません」


「それなら、まずそこからね」


「はい」


 玲奈は急がなかった。


 東雲精機では、会社を買うことを覚えた。


 北辰電池では、買えないことを経験した。


 相馬電子技研とは、所有せず協力することを覚えた。


 そしてネクサリンクでは、さらに別の方法が見え始めている。


 全部買う。


 一緒に仕事をする。


 一部だけ持つ。


 相手と自分の会社にとって最も良い方法を選べばいい。


 数日後、東雲精機へ瀬川がやって来た。


 次期ロボットの量産を想定したモーター仕様について、追加の打ち合わせをするためだった。


 技術的な話が終わったあと、玲奈は瀬川を会議室へ残した。


「瀬川様。一つ、会社のお話をしてもよろしいです?」


「東雲さんとの契約ですか?」


「いいえ。ネクサリンクそのものについてです」


 瀬川の表情が少し変わった。


 玲奈は正面から尋ねる。


「以前、人とお金と営業と量産経験が足りないとおっしゃっていましたわね」


「……言いましたね」


「その中で、今もっとも会社の成長を止めているものは何です?」


 瀬川はしばらく考えた。


 冗談で返すことはしなかった。


「金です」


 最初に出てきた答えは、はっきりしていた。


「採用したい。でも人を増やせば固定費が増える。量産前に部品を発注する資金も必要です。実証機を増やすにも金がいる。営業を採用するにも、量産経験者を採用するにも金がいる」


「資金調達をされておりますでしょう?」


「してます。でも、今のラウンドが予定通り終わるとは限らない」


「なるほど」


 玲奈はそこで一度言葉を止めた。


「では、もう一つ。お金を出す人に、何を求めます?」


 瀬川の目が細くなった。


「天城さん」


「はい」


「何の話をしてます?」


 玲奈は微笑んだ。


「まだ、何の話にもなっておりませんわ」


「まだ?」


「皆様、本当にそこを拾いますのね」


 玲奈はそう言ってから、今度は誤魔化さなかった。


「ただ、少し考えております。会社を買うのではなく――ネクサリンクへ出資することを」


 瀬川は完全に黙った。


 東雲精機を買った十四歳の少女が、今度は自分の会社へ金を出すと言っている。


 冗談ではないことくらい、瀬川にも分かっていた。


 玲奈は急かさない。


 返事を求める段階ですらない。


「もちろん、今日決めるお話ではございません。わたくしもネクサリンクをもっと調べますし、瀬川様にも既存の株主や投資家がいらっしゃるでしょう」


「……います」


「でしたら、その方々を無視することもできません。企業価値も、必要な金額も、条件も確認しておりませんもの」


 瀬川はしばらく玲奈を見たあと、椅子の背へ体を預けた。


「天城さん、本当に十四歳ですか?」


「戸籍をご覧になります?」


「いや、そういう意味じゃなくて」


「でしたら十四歳ですわ」


 玲奈は楽しそうに答えた。


 瀬川は額へ手を当てたあと、諦めたように笑った。


「分かりました。すぐ答えは出せません。でも、話を聞くこと自体はできます」


「それで十分です」


「ただ、一つだけ先に言っておきます」


「何でしょう?」


「俺は、ネクサリンクを売るつもりはありません」


 玲奈は一瞬だけ目を丸くした。


 そして、笑った。


「奇遇ですわね」


「え?」


「わたくしも今は、買うつもりはございませんもの」


 会社を丸ごと買わなくてもいい。


 経営者を追い出さなくてもいい。


 玲奈が全てを決めなくてもいい。


 瀬川には瀬川の作りたい会社があり、玲奈には玲奈の会社がある。


 それでも互いの利益が重なる場所は作れる。


「まずは、出資する価値がある会社なのか調べさせていただきますわ」


「かなり上からですね」


「お金を出す側ですもの」


「まだ出すって決まってないでしょう」


「でしたら、候補者としての特権ですわね」


 瀬川が笑う。


 玲奈も笑った。


 その時点では、まだ何も決まっていない。


 出資額も、持株比率も、企業価値も、玲奈が本当に資金を出すのかさえ決まっていなかった。


 ただ一つだけ、以前とは明確に違っていた。


 玲奈はもう、面白い会社を見つけたときに「買えるか」だけを考えてはいなかった。


 買うこともできる。


 組むこともできる。


 投資することもできる。


 必要なら、その全てを組み合わせることだってできる。


 自分が持つ選択肢が増えるほど、無理に一つの方法へ固執する必要はなくなる。


 玲奈にとって、お金は自由を買うための道具だった。


 ならば投資とは、相手の自由を奪って自分のものにするためだけの行為ではない。


 互いに進みたい方向が重なるなら、その未来へ使うために資金を渡し、その成果の一部を受け取る方法にもできる。


 玲奈は目の前の瀬川を見ながら、静かに思った。


 会社を丸ごと買うより、こちらの方が難しいかもしれない。


 自分が全てを決められないからこそ、誰へ金を預けるのかを見なければならない。


 北辰電池で学んだ「人を見る」という意味を、玲奈は今度こそ別の形で試すことになった。

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