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悪役令嬢、現代日本に転生する~処刑された元公爵令嬢は、今度こそ自分の才能を自分のために使います~  作者: にゅん


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会社の一部を買う

 十一歳になった玲奈が投資について勉強し始めてから、およそ一年が経った。その間にも《セレスティア》は成長を続け、十二歳の誕生日を迎える頃には、登録者数が四十万人を超えるまでになっていた。


 もっとも、玲奈の生活そのものが大きく変わったわけではない。学校へ通い、陽菜と遊び、帰宅すれば勉強を済ませてから配信の準備をする。休日には父と競馬場へ行くこともあり、その生活の中へ企業研究という新しい趣味が加わった程度だった。


 投資を勉強し始めた当初、玲奈が最も驚いたのは、株価だけを見ていても会社についてほとんど分からないことだった。値段が上がっている会社が優秀とは限らず、反対に株価が下がっているからといって、その会社の商品や技術まで悪くなったとは限らない。


 そこで玲奈は、美咲から教わりながら企業の決算資料を読むようになった。最初は現代特有の会計用語に苦戦したものの、意味が分かってしまえば、前世で領地の収支報告を確認していた経験と重なる部分も少なくなかった。


「玲奈ちゃん、最近は配信の数字を見るより決算資料を見てる時間の方が長くない?」と美咲から指摘されたのは、そんな生活が数ヶ月ほど続いた頃だった。


「そのようなことは……ないと思います。ただ、会社によって数字の違いが大きいので、比較していると面白いのです」


「十二歳の娘から聞く趣味としては、かなり珍しいと思うけどね」


 美咲は苦笑したものの、止めようとはしなかった。ただし、実際に金を動かすのであれば、勉強とは別の責任が生じることだけは何度も玲奈へ説明している。


 玲奈もその点について軽く考えてはいなかった。競馬で父の予想を手伝ってきた経験から、情報を集めても未来を完全に予測することなどできないと知っている。だからこそ投資についても、必ず儲かる方法を探そうとはしなかった。


 十二歳の誕生日を少し過ぎた休日、美咲は玲奈へ一つの提案をした。


「それだけ勉強したなら、少額だけ実際にやってみる?」


「よろしいのですか?」


「私たちが管理できる範囲でね。それと、なくなっても生活にも配信にも困らないお金だけ。最初から大きな金額を動かすのは禁止よ」


 玲奈はすぐに頷いた。自分には配信で積み上げた資金があるものの、それを最初から大量に投入するつもりはない。知識として理解することと、実際に自分の金を動かすことの違いを経験するのが目的だった。


 美咲と一緒に必要な準備を整えたあと、玲奈は候補となる会社を探し始めた。しかし、そこで早くも母娘の考え方に少し違いが現れた。


「玲奈ちゃん、株価のチャートは見ないの?」


「もちろん確認します。ただ、それより先に会社そのものを知りたいのです。何を作っていて、誰が買っていて、どうやって利益を出しているのか分からないものへ、お金を出したくありませんから」


 玲奈が開いていたのは、株価ランキングではなく企業の事業説明だった。さらに過去数年分の売上や利益を確認し、借金や現金の量を見て、その会社の商品についても調べていく。


 美咲は元銀行員として娘の調べ方を見守っていたが、しばらくして一つだけ注意した。


「数字が良い会社でも、これからずっと良いとは限らないからね。それに、玲奈ちゃんが良いと思った会社を、他の人も同じ値段で評価するとは限らないの」


「つまり、良い会社と良い投資先は必ずしも同じではないのですね」


「そういうこと。すごく良い会社でも、みんなが期待しすぎて株価が高くなっている場合もあるでしょう?」


 玲奈はその説明を聞きながら、ノートへ新しい項目を書き加えた。会社そのものの価値だけではなく、その価値に対して現在いくらの値段が付いているのかまで考えなければならない。


 それは玲奈にとって馴染みのある考え方でもあった。どれほど良い馬でも、圧倒的な一番人気になれば、父が期待する払戻しとの釣り合いは変わる。対象が優れているかどうかと、その価格で買う価値があるかどうかは別の問題だった。


「競馬と似ている部分がありますね」


「玲奈ちゃんの場合、そこに繋がるのね……」


「もちろん同じものだとは思っておりません。ただ、価値と価格を分けて考えるという部分は似ています」


 美咲もそれには同意した。


 数日かけて調べた末、玲奈は最初に買う会社を決めた。派手に成長している企業ではなく、生活用品を扱う比較的安定した会社だった。


 理由も単純だった。


 玲奈自身が商品を知っている。


 事業内容も理解できる。


 過去の数字も極端に不安定ではなく、少なくとも今の玲奈が自分なりの判断を下せる材料が揃っていた。


「こちらにします」


「もっと伸びそうな会社じゃなくていいの?」


「最初から分からないものへ手を出す必要はございません。わたしは利益を競っているわけではありませんから」


 玲奈が使った金額は、セレスティアとして稼いだ資産全体から見れば小さなものだった。それでも購入の操作を終えた瞬間には、書籍だけで勉強していたときとは違う感覚があった。


 画面上では、数字が少し増えただけに見える。


 しかし、その数字の向こうには実際の会社がある。そこで働く人間がいて、商品を作り、店へ運び、それを購入する客がいる。その活動のごく小さな一部分を、自分が所有することになった。


「不思議ですわね。これだけで、会社を見る感覚が少し変わりました」


「自分のお金が入ってるから?」


「それもございます。ただ、今までは外から眺めていただけでしたから」


 玲奈は購入した会社について、それまで以上に調べるようになった。


 新商品が発売されれば実物を店頭で確認し、決算が発表されれば以前の数字と比較する。ニュースが出れば、それが会社の利益へどのような影響を与えるのか自分なりに考えた。


 ところが購入からしばらくすると、株価は下がった。


 玲奈が買った価格より数パーセント安くなり、画面には損失を示す数字が表示される。


「下がりましたね」


 玲奈が画面を見ながら呟くと、美咲は娘の表情を確認した。


「どうする?」


「まず、下がった理由を調べます」


「すぐ売らないの?」


「会社そのものに問題が起きたのであれば考えます。しかし、値段が下がったという理由だけで売るのでしたら、最初に会社を調べた意味がございませんでしょう?」


 玲奈はニュースや決算を確認した。業績が突然悪化したわけではなく、市場全体の動きなど複数の要因が重なった結果らしい。


 もちろん、それが本当の理由なのかを玲奈が完全に判断できるわけではない。


 だから何もしなかった。


 自分が分からないときには、無理に行動しない。それも一つの判断だと考えたからだ。


 数ヶ月後、株価は購入した水準を超えた。


 玲奈はそこで初めて、少額だけ売却してみることにした。利益は出たものの、セレスティアの企業案件一件と比べれば驚くほど小さい。


「これだけ調べて、この金額なのですね」


「がっかりした?」


「いいえ。むしろ安心しました」


 美咲が理由を尋ねると、玲奈は少し笑った。


「簡単に増えるのでしたら、皆様もっとお金持ちになっているでしょう? 勉強しただけで必ず勝てるほど単純ではない方が納得できます」


 それからも玲奈は、少額の範囲でいくつかの会社を調べた。


 予想通りに成長する会社もあれば、期待していた商品が思ったほど売れない会社もある。逆に玲奈が特に面白いと思わなかった企業が、好調な業績を発表することもあった。


 そのたびに玲奈は、自分の判断と実際の結果を比べた。


 外れれば理由を探す。


 当たっても、自分の予想が正しかったのか、単に偶然だったのかを考える。


 それを繰り返しているうちに、玲奈の興味は次第に株価そのものから離れていった。


「お母さん。わたし、株を売ったり買ったりすることより、会社を調べている方が好きかもしれません」


「なんとなく分かってたわ」


 美咲は笑った。


「玲奈ちゃん、株価が上がった日より、知らない会社を見つけた日の方が楽しそうだもの」


 言われてみれば、その通りだった。


 世の中には、自分が知らない会社が無数に存在している。


 有名な大企業だけではない。


 名前を聞いたことすらない会社が、玲奈の使っている機械の部品を作っていることもある。


 ある会社について調べていたとき、玲奈は初めてその事実を強く意識した。


 完成品として店頭へ並ぶ商品には、有名企業の名前が書かれている。


 しかし、その中に使われている部品まで、すべて同じ会社が作っているわけではない。


「この部品を作っているのは、別の会社なのですね」


 玲奈は一つの企業から取引先を辿り、さらに別の企業を調べていった。


 すると、一般にはほとんど名前を知られていない小さな会社へ行き着いた。


 従業員数は大企業と比較にならないほど少ない。


 売上も小さい。


 しかし、その会社が作る部品は特殊な加工技術を必要とし、複数の有名企業で使用されていた。


「面白い……」


 玲奈は思わず呟いた。


 会社の大きさと、持っている技術の価値は同じではない。


 有名かどうかも関係ない。


 小さな会社が作った一つの部品がなければ、大企業の商品が完成しないことすらある。


 それから玲奈は、企業を調べるときに売上や利益だけではなく、その会社にしかできないことは何かを見るようになった。


 技術。


 人材。


 取引先。


 設備。


 特許。


 ブランド。


 会社によって強みはまるで違う。


 数字だけを並べても、その違いは完全には見えてこない。


 そして逆に、素晴らしい技術を持っているからといって、その会社が大きく成長しているとも限らなかった。


 ある夜、玲奈は一つの小さな製造会社を見つけた。


 特殊な加工技術について業界では評価されているらしい。


 ところが売上は数年間ほとんど伸びておらず、利益率も決して高くない。


 玲奈には、それが不思議だった。


「これほど評価されている技術があるのに、どうして売上が増えないのでしょう?」


 隣で資料を見ていた美咲は、すぐには答えなかった。


「技術が良ければ売れるとは限らないからじゃない?」


「良いものを作っても、ですか?」


「誰にも知られていなければ買ってもらえないでしょう。それに値段の付け方が悪いかもしれないし、営業が苦手なのかもしれない。特定のお客さんに頼りすぎている可能性だってあるわ」


 玲奈は画面へ視線を戻した。


 良いものを作れば、それに見合う評価を得られる。


 それは玲奈にとって、ある意味では当然の考えだった。


 自分自身についてもそうしてきた。


 価値があるなら安売りしない。


 必要としてもらえるものを作れば、相手からやって来る。


 しかし会社の場合、それだけでは足りないことがあるらしい。


 技術がある。


 働く人もいる。


 商品も作れる。


 それでも経営が上手くいかなければ、その価値を十分な利益へ変えられない。


「……もったいないですわね」


 玲奈が呟くと、美咲が娘を見る。


「何が?」


「価値があるのに、それを正しい値段へ変えられていないことです」


 玲奈はその会社を買おうなどとは考えなかった。


 そもそも上場していない小さな会社であり、十二歳の玲奈にとっては企業研究の途中で偶然見つけただけの存在だった。


 それでも、その夜に覚えた違和感だけは残った。


 優れたものを作る能力と、それを事業として成功させる能力は違う。


 技術者が優秀だからといって、経営者としても優秀とは限らない。


 そして会社の価値は、現在の売上だけでは測れない。


 玲奈はノートへ、その三つを書き残した。


 後になって振り返れば、この頃からだったのかもしれない。


 天城玲奈が会社を見るとき、単純に「儲かっているか」ではなく――「本当は何を持っている会社なのか」を考えるようになったのは。


 十二歳の玲奈は、まだ一株主にすぎない。


 自分で会社を経営した経験もなければ、誰かを雇ったこともない。


 それでも少しずつ、見る場所だけは変わり始めていた。


 そして次の一年。


 十三歳になった玲奈は、セレスティアへ届いた一件の企業案件をきっかけとして、さらに奇妙な会社と出会うことになる。


 良いものを作れるのに、驚くほど売るのが下手な会社と。

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