↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、現代日本に転生する~処刑された元公爵令嬢は、今度こそ自分の才能を自分のために使います~  作者: にゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/72

海の向こうから、ごきげんよう

 十二歳で初めて株式を購入してから一年ほどが過ぎ、玲奈は十三歳になった。その間にも《セレスティア》は成長を続け、登録者数は六十万人を超え、通常の配信でも数千人が集まる規模になっていた。


 玲奈自身の生活も、小学校から中学校へ進学したことで少し変化している。授業や学校行事は増えたものの、配信のために学校生活を削るつもりはなく、陽菜と同じ中学校へ通いながら、無理のない活動時間を守っていた。


 学校での玲奈は相変わらず成績上位だったが、だからといって陽菜との関係が変わることもない。テストの点数を聞かれて答えれば呆れられ、体育で失敗すれば笑われ、帰り道では新しくできた店や最近読んだ本について話している。


 そんな日常を続けながら、玲奈はセレスティアとして一つの変化を感じ始めていた。


 コメント欄に、日本語ではない文章が増えているのである。


 以前から海外視聴者が全くいなかったわけではない。切り抜き動画の一部が海外へ転載されたり、日本のVTuberを好む外国人が偶然見つけたりして、時折英語らしきコメントが流れることはあった。


 ところが六十万人を超えた頃から、それが明らかに増えていた。


 ある日のゲーム配信でも、玲奈が画面へ集中している間に複数の外国語が流れていく。ゲーム内の罠へ見事に引っかかり、予定していた攻略を最初からやり直すことになった直後だった。


「……少々お待ちくださいませ。今の罠は、配置した方の性格に問題があるのではございませんこと?」


 玲奈が不満を口にすると、日本語の笑いと一緒に見慣れない文章が流れた。


『LMAO she blamed the developer』


『Greetings from Canada!』


『Saludos desde México!』


『Bonjour Célestia!』


『Watching from Germany!』


 玲奈はゲームを一度止め、コメント欄へ視線を向けた。意味を理解できるものもあれば、単語を少し知っている程度で正確には分からないものもある。


「……皆様、少々国際的になっていらっしゃいませんこと?」


 その反応に、さらに海外からのコメントが増えた。


 英語。


 スペイン語。


 フランス語。


 ドイツ語らしき文章まで混ざっている。


 玲奈は知っている範囲で読み取ろうとしたが、当然ながら全てを理解できるわけではない。


 前世のセレスティアも複数の言語を学んでいた。しかし、それは現代日本で使われている英語やフランス語などと同じ言語ではない。転生したからといって、存在しなかった言語まで突然話せるようになるはずもなかった。


「英語でしたら、以前より勉強しておりますので多少は分かりますが……こちらはスペイン語でしょうか。申し訳ございません、まだ読めませんわ」


 玲奈が正直に答えると、コメント欄では日本語の視聴者まで面白がり始めた。


『お嬢様にも読めない言語があった』


『海外勢が一斉に自己主張してて草』


『世界各国から挨拶される公爵令嬢』


『英語コメント増えたなあ』


 玲奈は笑いながら、読めるコメントをいくつか拾った。


「カナダから……で合っていますね。ありがとうございます。メキシコの方もいらっしゃるのですか? 随分と遠くから見てくださっておりますのね」


 そこで英語のコメントが一つ流れた。


『Can you speak English?』


 玲奈は文章を読み、少しだけ考えた。


 学校で習う内容だけではなく、以前から自分でも英語を勉強している。海外から企業や視聴者が来る可能性を考えれば役立つと思い、少しずつ学習を続けていたためだ。


 それでも日本語と同じように自由自在というわけではない。


 玲奈は慎重に、短い英語で返事をした。


「A little. I’m still studying, so please forgive my mistakes.」


 コメント欄が一気に加速した。


『SHE SPOKE ENGLISH』


『Her English is cute』


『海外ニキ大歓喜』


『英語までお嬢様なの笑う』


 玲奈は最後の日本語コメントを見つけ、眉を寄せた。


「英語までお嬢様とは、どういう意味ですの? わたくしは普通に話したつもりなのですが」


 さらに笑いが増えた。


 玲奈としては納得できない。


 しかし海外視聴者が喜んでいることだけは分かった。


 その日の配信では、ゲームを進めながら何度か海外コメントを拾った。英語なら簡単な文章には返答し、分からない表現が出れば無理に誤魔化さず、知らないと答えた。


 スペイン語やフランス語についても、視聴者が日本語や英語で意味を教えてくれることがあった。


「なるほど。『メキシコからこんにちは』という意味でしたのね。教えてくださってありがとうございます」


 玲奈はコメントを読みながら、その感覚を面白いと思っていた。


 日本の自室に座っているだけなのに、海の向こうにいる人間と同じ時間を共有している。


 前世で他国の人間と話すためには、外交使節を迎えるか、自ら長い距離を移動する必要があった。手紙を送ったところで、返事が届くまで何週間もかかることさえ珍しくない。


 今は違う。


 玲奈が言葉を発すれば、ほぼ同時に別の国の人間が聞いている。


 その人間が文章を書けば、数秒後には玲奈の画面へ表示される。


「何度考えても、インターネットというものは恐ろしい技術ですわね……」


 玲奈が感心すると、コメント欄には「今更?」という反応が大量に流れた。


 配信終了後、玲奈は直人と視聴者データを確認した。


 海外からのアクセスが増えていることは、感覚だけではなく数字にも表れていた。


「思っていたより多いですね」


「まだ大半は日本だけどな。ただ、海外の切り抜きが伸びてるみたいだぞ。自動翻訳付けてる動画もある」


「わたくしの知らないところで、わたくしが翻訳されているのですね」


「言い方が妙に怖いな」


 玲奈は国別の数字を眺めた。


 アメリカ。


 カナダ。


 台湾。


 韓国。


 オーストラリア。


 さらに欧州や東南アジアからの視聴も少しずつ存在している。


 それぞれの数字だけなら、日本国内と比較してまだ小さい。


 しかし玲奈が興味を持ったのは、別の部分だった。


「久世さん。日本語を理解できない方が、どうしてわたくしの配信をご覧になるのでしょう?」


「切り抜きに字幕付いてたりするし、ゲームなら言葉分からなくてもある程度見られるだろ。それにキャラクターそのものが好きって人もいるんじゃないか?」


「話している内容が分からなくても、ですか?」


「お前だって外国の音楽を、歌詞全部分からないまま聞くことあるだろ?」


 玲奈は少し考え、納得した。


 言語は重要だが、全てではない。


 声。


 表情。


 反応。


 ゲーム中の失敗。


 見た目。


 そうした部分は、言葉が完全に通じなくても伝わる。


 しかし同時に、言葉が通じればもっと伝えられる。


「でしたら、英語をもう少し真面目に勉強いたしましょう」


「今でも学校の範囲よりかなり先やってるだろ?」


「配信で使うには足りません。教科書の文章を読めることと、会話を即座に理解することは別ですもの」


 玲奈はそう判断すると、学習方法から見直した。


 前世で身につけた外国語そのものは使えない。


 しかし、新しい言語をどう覚えるかという経験は残っている。


 単語だけを暗記するのではなく、頻繁に使う文章をまとめて覚える。音を聞き、口に出し、文法を理解し、実際の会話で使われる表現との差も確認する。


 そして何より、毎日少しずつ触れる。


 玲奈は努力すること自体を嫌っているわけではない。


 自分が望んでもいない目的のために、他人から努力を強制されることが嫌いなのだ。


 今回は違う。


 海外の視聴者と話してみたい。


 だから勉強する。


 理由としては、それだけで十分だった。


 それから数ヶ月後。


 セレスティアの配信では、少しずつ英語のコメントへ返答する場面が増えていった。


 最初は簡単な挨拶だけだった。


 やがて短い質問へ答えられるようになり、多少文法を間違えても、その場で言い直しながら会話を続けられるようになる。


 視聴者側も玲奈の成長を面白がっていた。


『English getting better!』


「Thank you. I’ve been studying every day.」


『Do you study English for overseas fans?』


 玲奈はその質問を読み、少し考えてから答えた。


「Yes, that’s one of the reasons. I want to understand what you are saying.」


 続けて日本語でも説明する。


「海外の皆様が何をおっしゃっているのか、わたくし自身で分かるようになりたいのです。翻訳していただくのもありがたいのですが、直接理解できる方が楽しいでしょう?」


 日本の視聴者からも好意的な反応が流れた。


 ところが、その直後にスペイン語のコメントが現れる。


『¿Vas a estudiar español también?』


 玲奈は固まった。


「……申し訳ございません。こちらはまだ読めませんわ」


 すぐに別の視聴者が英語で意味を説明してくれた。


 スペイン語も勉強するのか、と尋ねているらしい。


「皆様、わたくしを何ヶ国語話せる人間にするおつもりですの?」


 コメント欄が笑いで埋まった。


 それでも玲奈は、スペイン語について調べ始めた。


 世界でどれほど多くの人が使っているのか。


 どの地域で通じるのか。


 英語とどの程度違うのか。


 興味を持った以上、知らないままにしておく理由はない。


 ただし、英語と同じ速度で本格的に習得するつもりはなかった。


 時間には限りがある。


 学校もある。


 配信もある。


 企業研究も続けたい。


 陽菜や家族との時間も必要だった。


 やりたいことが増えたからといって、全てを同時に最高水準までやろうとすれば、結局は自分の生活を圧迫する。


「今は英語を優先いたします。ほかの言語は、挨拶くらいから覚えていけば十分でしょう」


 玲奈はそう決めた。


 以前の自分なら、必要だと思ったものは全て完璧に身につけようとしたかもしれない。


 しかし今は、何をやるかだけではなく、何をやらないかも自分で決める。


 それも自由の一部だった。


 そんなある日の相談室で、玲奈は少し変わった光景を見ることになった。


 相談者は日本人だった。


 内容は、海外への留学を考えているものの、外国語に自信がなく怖いというものだった。


 玲奈が相談内容を読み上げ、自分の考えを話していると、コメント欄に海外視聴者からの反応が次々と流れ始めた。


『I’m studying Japanese too. It’s hard but fun.』


『Don’t be afraid of mistakes!』


『日本語勉強中です!一緒に頑張りましょう!』


『Saludos! Learning another language is always scary at first.』


 玲奈は途中で話を止め、コメント欄を眺めた。


「……これは、面白いですわね」


 日本人が外国語を怖がっている。


 その相談へ、日本語を勉強している外国人が励ましの言葉を送っている。


 国も違う。


 言葉も違う。


 住んでいる場所も違う。


 それでも、似たことで悩んでいる。


「相談者様。ご覧になっていますか? どうやら海の向こうにも、同じように言葉で苦労している方が大勢いらっしゃるようですよ」


 玲奈は少し笑った。


「失敗するのが恥ずかしいというお気持ちは分かります。ただ、最初から上手に話せる方などほとんどいないのでしょう。わたくしも現在進行形で間違えておりますから、そこは保証いたしますわ」


 コメント欄に笑いが流れる。


 玲奈は続けた。


「行くべきかどうかを、わたくしが決めることはできません。ただ、言葉を間違えることだけが理由で諦めるのであれば、少々もったいないとは思います」


 その相談部分は、後に海外字幕付きで切り抜かれた。


 日本語版。


 英語字幕版。


 さらに有志によってスペイン語や中国語の字幕まで付けられ、玲奈が知らない場所へ広がっていく。


 数週間後、海外視聴者の割合はさらに増えていた。


 玲奈は国別の視聴データを眺めながら、改めて不思議な感覚を覚えた。


「日本だけで六十万人いるのではないのですね」


「当たり前だろ。今更何言ってんだ?」


「分かってはいました。ただ、数字として見ると印象が違います」


 玲奈は画面を指した。


「同じセレスティアを見ていても、住んでいる国によって配信を見る時間も違います。好まれる動画にも差がございますね」


「そりゃ生活も文化も違うからな」


「なるほど……」


 玲奈は興味深そうに数字を眺め続けた。


 日本で人気の切り抜きと、海外で人気の切り抜きが違う。


 日本では相談室の鋭い回答が伸びやすい一方、海外ではゲーム中の大げさな反応や、玲奈が英語へ挑戦する場面の人気が高い。


 同じ人間を見ているのに、面白いと思う場所が違う。


「世界というものは、一つの大きな日本ではないのですね」


「そりゃそうだろ」


「ええ。ですが、実際の数字を見るまで、本当の意味では理解していなかったのだと思います」


 玲奈は前世でも外国について学んだ。


 外交のため、交易のため、将来王妃となるために。


 しかし当時の目的は、国と国の関係を理解することだった。


 今はもっと身近だった。


 一人の視聴者がいる。


 その人が何を面白いと思うのかを見る。


 それが数万人、数十万人と集まれば、国や地域によって違いが見えてくる。


 玲奈にとって《セレスティア》は、知らないうちに小さな国際市場になり始めていた。


 何を出せば人が来るのか。


 何を面白いと思ってもらえるのか。


 同じものを見せても、相手によって価値の感じ方が違うのはなぜなのか。


 企業研究とは違う方向から、玲奈は「人が何を欲しがるのか」を学び始めていた。


 十三歳の終わりが近づく頃、セレスティアの登録者数は七十万人を超えていた。


 国内の成長だけではない。


 海外から登録する視聴者も、以前より明らかに増えている。


 英語であれば、玲奈も簡単な会話だけでなく、かなり幅広いコメントへ返せるようになっていた。


 もちろん完璧ではない。


 聞き間違えることもある。


 知らない表現に出会えば、その場で視聴者へ尋ねることさえある。


 しかし玲奈は、それを恥ずかしいとは思わなくなった。


 知らないなら学べばいい。


 間違えたなら直せばいい。


 その繰り返しは、幼い頃から何度も経験してきた。


 そして何より今回は、自分がやりたいから学んでいる。


 それだけで、同じ勉強でも前世とはまるで意味が違った。


 ある日の配信終了間際、アメリカから見ているという英語コメントが流れ、その直後には台湾、フランス、ブラジルからの挨拶が続いた。


 玲奈は流れていく文字を一つずつ追いながら、少し楽しそうに笑った。


「日本の皆様も、海外の皆様も、本日もありがとうございました。まだお話しできない言語の方も大勢いらっしゃいますけれど――」


 玲奈はそこで一度だけ言葉を区切った。


「ご挨拶だけでしたら、同じでよろしいでしょう。皆様、ごきげんよう。また次回、お会いいたしましょう」


 国籍も言語も違う大量のコメントが、一斉に流れた。


 その光景を眺めながら、玲奈はまだ知らなかった。


 十三歳で初めて実感した「同じものでも、国によって受け取られ方が違う」という経験が、将来天城ホールディングスを世界へ広げるとき、もう一度大きな意味を持つことを。


 今はまだ、そこまで先の話ではない。


 玲奈の目の前にある次の節目は、もっと近い。


 七十万人を超えた登録者数は、その後も少しずつ増え続けている。


 そして十四歳を迎える頃には、《セレスティア》という名前は――いよいよ百万人という数字へ手を伸ばそうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。