わたくしが、勝手に増えておりますわ
学校から帰宅した天城玲奈は、いつものように宿題を終えてから自室のパソコンを起動し、VTuberとして使用しているアカウントを確認した。
配信を始めてから、それは玲奈の日課の一つになっている。
コメントを確認し、前回の配信に対する反応を読み、次の配信で改善できそうな部分があれば記録する。
ただし学校へ行く前や授業の途中まで数字を確認するようなことはしない。
配信は楽しい。
数字が増えることも嬉しい。
しかし、それに生活を支配されるのは違うと玲奈は考えていた。
だから今日も、学校から帰り、宿題を済ませ、おやつを食べてからパソコンへ向かった。
そこで、見慣れない数字を見つけた。
「……増えておりますわね」
玲奈は画面へ顔を近づけた。
登録者が増えていること自体は珍しくない。
ゲーム配信を始めてから少しずつ視聴者が増え、それに伴って登録者も伸びていた。
しかし今日の増え方は、明らかにこれまでと違う。
数日前まで緩やかに増えていた数字が、今日は短時間で何度も変化している。
玲奈は更新してみた。
増えた。
少し待ってから、もう一度確認する。
また増えていた。
「……何か、おかしくありませんこと?」
玲奈は最初に、不正な操作やシステム上の異常を疑った。
自分が何もしていない時間に、これほど人が増える理由が分からなかったからだ。
昨日の配信が特別に成功したとも思えない。
いつものゲーム配信で、前回より整備された拠点を少し拡張し、視聴者と話しながら探索しただけだった。
大きな事故も起きていない。
玲奈自身としては、比較的平穏な配信だったと思っている。
ならば、なぜ増えているのか。
玲奈は少し調べてみた。
自分の活動名を検索する。
以前なら検索結果そのものが少なかったが、最近では少しずつ視聴者の感想なども見つかるようになっている。
その中に、玲奈が作った覚えのない動画があった。
表示されている人物は、間違いなくセレスティアだった。
「……わたくしですわね」
玲奈は慎重に動画を開いた。
そして再生開始から十秒ほどで、何の場面なのか理解した。
『えっ、少々お待ちください! 今は建築中でございましてよ!』
以前のゲーム配信だった。
玲奈が初めてゲームへ挑戦し、拠点を作っている途中で敵に襲われた場面である。
さらに動画は続く。
『交渉というものをご存じありませんの!?』
画面の中で、過去の玲奈が敵へ本気で文句を言っていた。
「…………」
玲奈は無言で停止した。
もう一度、動画の情報を確認する。
投稿したのは自分ではない。
直人でもない。
少なくとも玲奈が知っている人物ではなかった。
しかも再生された回数は、玲奈の元の配信を見た人数より遥かに多い。
「なぜ、ここだけを選びましたの……?」
玲奈としては、その配信には他にも見どころがあったと思っている。
最初に地形を分析した場面。
資源の位置を調べた場面。
二回目の挑戦で、失敗を改善した場面。
それなのに動画として選ばれたのは、敵へ交渉を持ちかけた直後に敗北した部分だった。
玲奈は何とも言えない気持ちになり静かに額へ手を当てた。
「どうして、わたくしの失敗ばかり広まっておりますの?」
その疑問に答えてくれる人間は、今この部屋にはいない。
玲奈はすぐに直人へ連絡した。
しばらくして応答した直人へ事情を説明すると、返ってきた反応は予想外だった。
「おお、切り抜き作られたのか。よかったじゃん」
「久世さん、これは喜んでよろしいことなのですか?」
「少なくとも悪意あるやつじゃないんだろ?」
「悪意については感じません。ただ、わたくしが許可した覚えもございません」
「ああ、そこが気になってるのか」
「当然ではありませんこと?」
玲奈は以前、イラストを依頼した際に著作権や利用条件について学んだ。
だからこそ、自分の配信映像が他人によって編集され、別の場所へ投稿されている状況を無条件で受け入れることはできなかった。
「切り抜きっていう文化があるんだよ。長い配信の面白かったところを短く編集して、見やすくした動画」
「文化として存在していることと、自由に使用してよいことは別ではありませんか?」
「それはその通り」
直人の返答が軽いものから少し真面目なものへ変わった。
「だから配信者によって扱いは違う。自由にやっていいところもあれば、条件付きで許可してるところもあるし、禁止してるところもある」
「わたくしの場合は、何も決めておりませんね」
「まだそこまで考えてなかったからな」
玲奈は少し考えた。
自分の知らない場所で映像を使われる。
それだけを聞けば、あまり気持ちの良いものではない。
しかし現実として、その動画をきっかけにセレスティアを知った人間がいる。
実際、登録者が急に増え始めた時期とも一致している。
「久世さん。この動画から、わたくしの配信へ来た方がいるかどうか確認できますか?」
「正確に全部は分からないけど、ある程度なら見られるぞ」
「お願いいたします。まず、何が起きているのか知りたいです」
直人と一緒に確認すると、外部からセレスティアのページへ来る人間が増えていることが分かった。
全員が切り抜き動画から来たとは断定できない。
しかし時期を考えれば、影響している可能性はかなり高かった。
玲奈はそこで、すぐに動画の削除を求めることはしなかった。
「利益があるから許可するのか?」
「それだけではございません」
「じゃあ、何を考えてる?」
「この方が、なぜ動画を作ったのかです」
玲奈は投稿者の他の動画も確認した。
セレスティアだけを扱っているわけではない。
複数の配信者について、自分が面白いと思ったらしい場面を短くまとめている。
動画には元の配信へ行ける情報も記載されていた。
少なくとも、セレスティアを自分の作品であるかのように偽っているわけではない。
「この方は、わたくしの邪魔をしたかったわけではなさそうですね」
「たぶん普通に面白かったから作ったんだと思うぞ」
「わたくしが敵へ交渉しようとしたことが、それほど面白かったのでしょうか?」
「そこはもう諦めろ。俺も笑ったから」
「久世さんの感想は聞いておりません!」
玲奈は少し不満そうに言ったものの、状況そのものは理解し始めていた。
視聴者が面白いと思った場面を、他の人間へ見せる。
それを見た人間がセレスティアへ興味を持つ。
そして一部が元の配信へ来る。
玲奈が直接宣伝しなくても、視聴者がセレスティアを広めてくれている。
「……わたくし、営業しておりませんわね」
「急に何の話だよ?」
「見てくださいませ。わたくしから、この動画をご覧になった方々へ配信を見てほしいとお願いしたわけではございません」
「まあ、そうだな」
「それでも、向こうからいらっしゃいました」
玲奈の表情が、少しずつ楽しそうなものへ変わった。
「面白いですわね」
「何か変なこと考え始めた?」
「失礼ですわね。とても重要なことを学んでおりますのよ」
前世では、欲しいものを得るために交渉することは多かった。
しかし現代には、玲奈がまだ知らない仕組みが大量に存在する。
人へ直接頼まなくても、価値があると思われれば勝手に広がることがある。
もちろん、偶然に任せるだけでは再現できない。
それでも玲奈にとっては興味深い現象だった。
「でしたら、切り抜きは禁止しない方向で考えたいと思います」
「即決しない方がいいぞ」
「分かっております。条件を決めます」
「……やっぱりそうなるよな」
玲奈はノートを開いた。
「まず、何を禁止すべきでしょうか?」
「そこから俺に聞くんじゃなくて、玲奈が何をされたら嫌か考えた方がいい」
玲奈は少し意外そうに直人を見た。
「わたしが嫌かどうか、ですか?」
「玲奈の配信なんだから当然だろ」
その言葉に、玲奈は一瞬だけ黙った。
何を許すべきか。
何を禁止すべきか。
最初に考えるのが、自分がどう感じるか。
それは当たり前のことなのかもしれない。
しかし前世のセレスティアなら、最初に家の利益や王家への影響を考えていただろう。
「……では、悪意を持って発言の意味を変えられるのは嫌です」
「例えば前後を切って、玲奈が言ってない意味に見せるとか?」
「はい。それから、まだ配信が終わっていない段階で内容をまとめて公開されるのも、配信を見てくださっている方へ失礼な気がいたします」
「そこは一定時間空けてもらうルールにできるな」
「個人情報につながるものが偶然映った場合、それを拡散されることも困ります」
「それは絶対禁止でいい。むしろ見つけたら教えてほしいくらいだな」
二人で話しながら、少しずつ条件を整理していった。
元の配信が分かるようにすること。
発言の意味を意図的に変える編集をしないこと。
差別的、攻撃的な内容へ改変しないこと。
個人情報につながる部分は使用しないこと。
配信終了直後の一定時間は投稿を控えてもらうこと。
そして今後、活動上必要になった場合にはルールを変更する可能性があること。
「収益についてはどうする?」
「切り抜きを作る方の、という意味でしょうか?」
「そう。広告とかつける場合」
玲奈は少し考えた。
「制作に時間を使われるのでしたら、その方が利益を得ること自体は問題ないと思います」
「かなり寛容だな」
「ただし、わたくしの映像だけをそのまま再投稿して利益を得ることとは区別したいです」
「おお、その違いは分かるんだ」
「編集して見やすくするのであれば、その方の作業によって新しい価値が加わっておりますでしょう?」
玲奈の中では比較的分かりやすかった。
他人のものを、そのまま持っていくだけなら価値を生み出していない。
しかし長時間の配信から面白い部分を探し、短く編集し、別の人間が見やすい形へ整えるなら、そこには制作者自身の仕事が存在する。
「なら、条件守るなら収益化も許可する方向?」
「はい。ただし、わたくし自身の活動へ悪影響が出るようでしたら、その時点で再検討いたします」
「八歳が決めるガイドラインじゃないんだよなあ」
「年齢と必要性に、何の関係がございますの?」
「もう何も言わない」
玲奈が作った原案は、そのまま公開されたわけではない。
まず直人が技術的な観点から確認し、さらに修一と美咲にも読んでもらった。
玲奈は未成年であり、活動に関わる重要な判断を完全に一人で行うことはできない。
必要に応じて表現を分かりやすく修正し、最終的には保護者の確認を経て、セレスティアの活動方針として公開することになった。
玲奈はそこで初めて、切り抜きを作ってくれた人物へ短い連絡を送った。
自分の配信を紹介してくれたことへの感謝。
今後は公開したルールの範囲で切り抜きを作ってもらえると嬉しいこと。
そして、最初に作られた動画については削除を求めないこと。
返事は、その日のうちに届いた。
投稿者は、本人から連絡が来るとは思っていなかったらしく、かなり驚いていた。
無断で作ったことについて謝罪し、今後はガイドラインへ従うと書かれている。
さらに、セレスティアの配信が面白かったから、もっと多くの人に知ってほしかったという言葉もあった。
玲奈はその一文を何度か読んだ。
「……もっと多くの方に、ですか」
自分が頼んだわけではない。
金を支払ったわけでもない。
それでも一人の視聴者が、時間を使って動画を作ってくれた。
玲奈はその事実を、最初に百円を受け取ったときとは少し違う種類の価値として感じた。
そして次の配信日。
セレスティアが配信を始めると、開始直後から以前より多くの視聴者が集まった。
同時視聴者数は、すぐに五十人を超えた。
玲奈が驚いている間にも数字は増え、初めて六十人へ届く。
『切り抜きから来ました』
『敵と交渉するお嬢様ってここ?』
『草を植物だと思ってた人だ』
「皆様、わたくしには他にも紹介できるところがございますでしょう!?」
コメント欄が一気に笑いを示す文字で埋まった。
「なぜ失敗したところばかり覚えていらっしゃるのです! 前回はきちんと拠点を発展させましたのよ!」
『成功部分は普通に有能だった』
『失敗してる時の方がおもしろい』
『領地経営ガチ勢お嬢様』
「領地経営ガチ勢という言葉は、褒められていると受け取ってよろしいのでしょうか?」
『たぶん』
『褒めてる』
『知らんけど』
「最後の方は責任を持って発言なさってくださいませ!」
またコメントが加速した。
玲奈はその流れを見ながら、少しだけ笑った。
以前なら、失敗した場面ばかり知られることを恥ずかしいと思ったかもしれない。
しかし今は、その失敗をきっかけに来た人たちと話している。
そして彼らの一部は、今日の配信を見て別の玲奈を知るかもしれない。
ならば、それでいい。
「初めていらした皆様、改めましてごきげんよう。セレスティアと申します。本日は失敗だけではないところも、ぜひ覚えて帰ってくださいませ」
『フラグ?』
『また失敗しそう』
『期待してる』
「なぜ成功を期待してくださらないのです!?」
配信は、これまで以上に賑やかなものになった。
玲奈は初めて見る名前を全て覚えることはできなかった。
コメントの流れも以前より速い。
一つへ答えている間に、別のコメントが何個も流れてしまう。
そこで玲奈は、また新しい問題に気づいた。
人数が増えれば、少人数の頃と同じ方法では全員と話せない。
成長すれば、それまで上手くいっていた方法を変える必要がある。
玲奈は配信中にもかかわらず、その変化を興味深く感じていた。
その日の最大同時視聴者数は、八十三人だった。
初配信の七人から考えれば、十倍以上である。
登録者数も増え続け、ついに一つの節目へ近づいていた。
玲奈は配信終了後、数字を記録しながら直人へ尋ねた。
「久世さん。登録者が百人になれば、何か変わるのでしょうか?」
「数字が百になる」
「それだけですの?」
「今のところはな。玲奈にとって何か意味ある?」
玲奈は少し考えた。
「百人もの方が、また見てもよいと思ってくださったということでしょう?」
「登録した理由は人それぞれだけど、まあ大体はそうだな」
「でしたら、十分に意味がございます」
玲奈は現在の数字を見た。
九十四人。
あと六人だった。
その夜には届かなかった。
翌日も、九十七人までだった。
玲奈は何度も確認したくなる気持ちを抑え、学校へ行った。
授業を受け、友人と昼食を食べ、放課後に帰宅する。
宿題を終えてからパソコンを開いた。
表示された数字は、百三人だった。
「……超えておりますわ」
玲奈はしばらく、その数字を眺めた。
自分が見ていない間に百人を超えていた。
少しだけ惜しい気もする。
しかし、それ以上に嬉しかった。
自分が学校で普通に過ごしている間にも、誰かがセレスティアを見つけ、登録してくれた。
玲奈が一人一人へ頭を下げて頼んだわけではない。
誰かが配信を見て、誰かが短い動画を作り、それを見た別の誰かが興味を持った。
価値が、人から人へ渡っている。
「……向こうから、いらっしゃるのですね」
玲奈は小さく呟いた。
この時点では、まだ百人。
後に百万人を超えるセレスティアから見れば、本当に小さな数字でしかない。
それでも玲奈にとって、百人は明確な節目だった。
百人の人間へ一人ずつ頼み込んだわけではない。
面白いと思ってもらえるものを作った結果として、百人が自分から集まった。
その経験は、玲奈の中へ一つの考え方を残した。
人に欲しいと頼み続けるより、相手から欲しいと思われるものを作る。
自分から価値を安売りして回るより、価値そのものを高める。
それはまだ、八歳の少女が小さな配信活動から得た感覚に過ぎなかった。
けれど数年後。
天城玲奈が初めて一つの会社を手に入れ、素晴らしい技術を持ちながら売ることだけが苦手な人々と出会ったとき、この小さな経験は別の形で蘇ることになる。
そして玲奈は、その頃には自分の経営方針を象徴するようになる言葉を、まだ誰にも聞かせることなく胸の中で組み立て始めていた。
自分から頭を下げ続ける必要などない。
欲しがられるだけのものを作ればいい。
そうすれば、向こうから来る。
八歳のセレスティアは登録者百人を超えたばかりだったが、その小さなチャンネルは、もう玲奈一人だけの力で広がる場所ではなくなり始めていた。




