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悪役令嬢、現代日本に転生する~処刑された元公爵令嬢は、今度こそ自分の才能を自分のために使います~  作者: にゅん


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13/69

公爵令嬢、ゲームに敗北する

 VTuber《セレスティア》として初めて百円を受け取った夜、天城玲奈は配信終了後も自室のパソコンへ向かい、いつものようにその日の記録を整理していた。


 最大同時視聴者数、平均して視聴されていた時間、コメントの数、どの話題で反応が増えたのか。そして自分が答えに詰まった質問や、次回までに改善したい部分まで細かく書き残していく。


 ただし、今日だけは一つ特別な記録が加わっていた。


 初めて視聴者から受け取った百円である。


 玲奈はその記録だけを別の場所にも保存した。


 金額が大きかったからではない。


 むしろ金額だけを見れば、父との競馬で受け取った情報料より遥かに小さい。


 それでも玲奈にとっては、自分の言葉そのものへ見知らぬ誰かが価値を感じてくれた、初めての証明だった。


 翌日になっても、その嬉しさは残っていた。


 だからといって、玲奈は浮かれて配信回数を急激に増やすようなことはしなかった。


 両親との約束がある。


 学校生活と睡眠を優先し、配信活動によって日常生活を崩さないこと。


 配信は、玲奈が自分で選んだ人生の一部ではある。


 しかし、それだけを人生の全てにするつもりはなかった。


 次の配信まで数日空いたことで、玲奈には前回の結果を落ち着いて振り返る時間ができた。


 そして一つ、気になることがあった。


「久世さん、少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 放課後に宿題を終えた玲奈は、直人との打ち合わせで前回の配信記録を共有していた。


「また改善点でも見つけたのか?」


「それもございますが、今回は視聴者の方が何を面白いと感じているのかについてです」


「ずいぶん大きい話になったな」


「相談配信については、ある程度理解できます。相談したい方がいらっしゃって、そのお話を一緒に考えることに価値を感じてくださるのでしょう」


「まあ、それは分かりやすいな」


「ですが、それ以外の雑談で笑われる理由が、まだよく分からないことがあります」


 玲奈は配信中の記録をいくつか示した。


 自分としては面白い話をしたつもりがない場面で、コメントが急に増えていることがある。


 特にインターネット上の言葉を勘違いしたときや、現代では一般的な文化について知らなかったときに反応が大きい。


「わたしが知らないことが、それほど面白いのでしょうか?」


「面白い場合はあると思うぞ」


「知識が足りない状態を見せているだけではありませんか?」


「それを恥ずかしいと思ってる?」


 直人から聞かれ、玲奈は少し考えた。


「以前でしたら、かなり恥ずかしいと感じていたと思います」


 前世では、知らないことを人前で見せるのは弱点だった。


 未来の王妃候補として知っていて当然だと思われるものが多く、分からないと答えるだけでも教育不足だと見られる可能性があった。


 だから知らないものがあれば、人前へ出る前に学んだ。


 失敗する可能性があるものは、十分に練習してから披露した。


 できない姿を見せることには、ほとんど価値を感じていなかった。


「でも配信って、完成したものだけ見せる場所じゃないからな」


「完成するまでの過程にも価値がある、ということでしょうか?」


「それもあるし、単純に失敗してるところが面白いこともある」


「人の失敗を見て笑うのですか?」


「言い方が悪い!」


 直人は慌てて否定した。


「馬鹿にする笑いだけじゃないんだよ。応援してる人が頑張って、それでも失敗したら一緒に笑うことだってあるだろ」


「……一緒に笑う、ですか」


「玲奈だって、お父さんと競馬行って予想外したら笑うことあるんじゃない?」


 その例を出されると、玲奈にも少し分かった。


 父と競馬場へ行けば、自信を持って状態が良いと判断した馬が負けることもある。


 そのたびに本気で落ち込んでいたら、競馬など楽しめない。


 修一から冗談を言われ、玲奈が言い返し、それ自体を二人で楽しむことも増えている。


「では、失敗することそのものではなく、失敗したときの反応も含めて楽しんでいただけるのですね」


「そういうこと。だからゲームやってみたらって前から言ってるんだよ」


「やはり、そこへ戻りますのね」


「玲奈、本当にゲーム知らないだろ?」


「ほとんど経験がございません」


「それなら逆に面白いと思うけどな」


 玲奈は以前から、ゲーム配信というものについて調べていた。


 現代日本には驚くほど多くのゲームが存在する。


 玲奈が最初にゲームという言葉から想像したのは盤上遊戯だったが、現代では映像の中に広大な世界が作られ、その中を自由に動き回れるものまである。


 興味がないわけではない。


 むしろ、やってみたい気持ちはかなりあった。


「では、挑戦してみましょう」


「決めると早いんだよなあ」


「やりたくないから避けていたわけではございませんもの」


「じゃあ何やるか決めよう。いきなり難しすぎるやつは避けた方がいいと思うぞ」


「簡単なものから始めるということでしょうか?」


「いや、玲奈の場合は簡単すぎても普通に攻略しそうだから、ある程度失敗できる方が面白いかも」


「失敗することを前提に選ばれるのは、少々納得できませんわね」


 それでも玲奈は、直人からいくつか候補を教えてもらい、その中から自分が興味を持ったものを選んだ。


 選んだのは、広い世界を探索しながら素材を集め、建物や道具を作っていく種類のゲームだった。


 戦う要素もあるが、それだけが目的ではない。


 自分で考えながら拠点を作れるという部分に、玲奈は強く惹かれた。


「領地経営に近いものなのでしょうか?」


「その認識で始めると絶対ひどいことになると思う」


「なぜ始める前から失敗を確信していらっしゃるのです?」


「ゲームと領地経営を同じ扱いしてるからだよ!」


 玲奈は少し不満だったが、購入について両親へ相談し、年齢や内容についても確認してもらった。


 配信で使用できるかどうかについては、直人が公開されている利用条件を確認した。


 以前なら玲奈は、購入したゲームなのだから配信しても構わないのではないかと考えただろう。


 しかしイラストを依頼した経験から、金を支払って入手したものでも、利用方法には別の権利や条件が存在することを知っている。


 確認したうえで問題がないことが分かり、次の配信内容が決まった。


 配信当日。


 開始前から待っている視聴者は三人いた。


 初配信ではゼロだったことを考えれば、それだけでも玲奈には大きな変化だった。


 予定時刻になり、玲奈はいつもの挨拶から配信を始める。


「皆様、ごきげんよう。本日はわたくし、現代日本の遊戯というものへ挑戦してみようと思います」


『ゲームきた』


『お嬢様ゲームできるの?』


『絶対操作分からないだろ』


 開始直後からコメントが流れた。


 同時に見ている人数は、すでに十人を超えている。


「始める前から随分と信用されておりませんのね。ご安心くださいませ、操作方法については事前に確認しております」


『予習したのか』


『真面目すぎるw』


「当然ではございませんか。何も知らないまま始めるより、最低限の操作くらい覚えておくべきでしょう?」


 玲奈は自信を持ってゲームを開始した。


 移動する。


 周囲を見る。


 物を拾う。


 基本的な操作は問題ない。


 玲奈は説明を一度読めば、大抵のものは覚えられる。


 最初の数分だけを見れば、直人が期待したような大混乱にはならなかった。


『普通にできてる』


『もっと事故ると思った』


「皆様、わたくしを何だと思っていらっしゃるのです?」


『機械音痴のお嬢様』


「パソコンを使用して配信している人間を、機械音痴と呼ぶのは少々無理がございませんこと?」


 玲奈は得意そうに言いながら、周囲の素材を集めていった。


 しかし問題は、操作ではなかった。


 しばらく探索したあと、玲奈は拠点を作る場所を決めることになった。


「まず水源が近く、周囲を確認しやすい場所がよろしいでしょう。資源を運搬することも考える必要がございますね」


『ガチで領地選定してる』


『ゲームだぞ』


「ゲームだからといって、無計画に始める理由にはならないでしょう?」


 玲奈は真剣だった。


 地形を確認し、資源がある場所を調べ、移動しやすさまで考える。


 結果として、初めて遊ぶ人間とは思えないほど慎重に拠点候補を探し続けた。


 問題は、その間に時間が経過していることだった。


『お嬢様そろそろ家作ろう』


「まだ場所を決めておりますので、少々お待ちくださいませ」


『夜くるぞ』


「夜になると、何か問題がございますの?」


 コメント欄が一気に動いた。


『知らないの!?』


『逃げろ』


『敵くるぞw』


 玲奈がその意味を理解した直後、周囲が暗くなり始めた。


「……久世さんから、その説明は受けておりませんけれど?」


『久世さん誰w』


「今の発言は忘れてくださいませ!」


 玲奈は慌てて建物を作ろうとした。


 しかし、場所選びに時間をかけすぎたため、必要な準備が十分ではない。


 しかも慎重に設計しようとするあまり、簡単な避難場所を作ればいい場面でも無駄に広さを考えてしまう。


「入口はこちらで、生活空間と作業場所は分離した方が――」


『今それ考えるなw』


『壁作れ壁!』


『お嬢様逃げて!』


「急かさないでくださいませ! 建築には計画というものが必要なのです!」


 画面の外で直人が見ていたなら、間違いなく笑っていただろう。


 玲奈は必死に操作する。


 そして背後から、ゲーム内の敵に襲われた。


「えっ、少々お待ちください! 今は建築中でございましてよ!」


 当然ながら、敵は待ってくれなかった。


「交渉というものをご存じありませんの!?」


『敵と交渉すんなww』


『草』


『逃げろお嬢様!』


 玲奈は逃げた。


 しかし操作自体には慣れていても、敵の動きまでは知らない。


 慌てて違う方向へ進み、地形に引っかかり、そのまま別の敵まで引き寄せた。


「なぜ増えておりますの!? 一対一ではございませんでしたの!?」


『自分から連れてきたw』


『領地経営終了』


『初日で国滅んでて草』


「まだ国ではございません! そもそも始まって一日目ですわ!」


 数分後。


 画面には、玲奈の敗北を示す表示が出ていた。


 セレスティアは無言になった。


 コメントだけが勢いよく流れている。


『wwwww』


『草』


『お嬢様散る』


『完璧な立地探した結果w』


 玲奈は画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。


「……納得できませんわ」


『何がw』


「場所選びは間違っておりませんでした」


『そこじゃない』


『時間かけすぎw』


「ですが、長期的な発展を考えれば、立地は極めて重要ではありませんこと?」


『初日の生存を考えてw』


 玲奈は反論しようとして、止まった。


 確かに、生き残らなければ長期的な発展など存在しない。


「……それについては、皆様のおっしゃる通りですわね」


 素直に認めると、今度は別の反応が流れた。


『認めるの早い』


『次どうする?』


「もちろん、もう一度挑戦いたします」


『やる気だw』


「同じ失敗を繰り返さなければよろしいのでしょう?」


 玲奈の目が本気になった。


 二回目。


 今度は最初から最低限の生存を優先した。


 必要な素材を確保し、立地については妥協し、簡単な建物を先に作る。


 視聴者から助言が届いても、全てをそのまま受け入れるのではなく、理由を聞きながら試していった。


「なるほど。最初から完成形を作る必要はなく、後から建て直してもよろしいのですね」


『そうそう』


『お嬢様理解が早い』


「それでしたら、最初に教えてくださればよろしかったではありませんか」


『教えたら面白くない』


「皆様、わたくしが失敗するところをご覧になりたかったのですね?」


『はい』


『もちろん』


『それ見に来た』


「随分と正直な方々ですこと!」


 玲奈は呆れながらも、笑っていた。


 不思議だった。


 失敗した。


 大勢の前で、明確に失敗した。


 それなのに、恥ずかしくて消えてしまいたいとは思わない。


 むしろ次はどうすれば成功するのか考えたくなる。


 そして視聴者も、失敗した玲奈を馬鹿にして去ったわけではなかった。


 一緒に笑い、助言し、次の挑戦を見ている。


 配信開始から一時間近く経った頃、直人から事前に設定されていた終了時刻を知らせる通知が表示された。


 玲奈は少し名残惜しく感じた。


「残念ですが、本日はここまでのお時間となりました」


『もう終わり?』


『続き見たい』


『次もゲームやって』


 玲奈はその反応を見ながら、思わず微笑んだ。


「わたくしも、このままでは終われません。次回までに少し勉強して、必ず立派な拠点を完成させてみせますわ」


『予習する気だ』


『ガチ攻略始まる』


『お嬢様負けず嫌いw』


「負けたままで終わる方が不思議でしょう?」


 最後までそんなやり取りを続け、玲奈は配信を終了した。


 終了画面へ切り替わったあと、玲奈はいつものように数字を確認する。


 そこで動きが止まった。


 最大同時視聴者数、四十六人。


「……四十六人?」


 前回までより、明らかに多かった。


 玲奈は記録を確認する。


 特に人数が増えたのは、最初の夜に玲奈が敵から逃げ回っていた辺りだった。


「なぜ、最も失敗していたところで増えておりますの……?」


 玲奈には理解しにくかった。


 しばらくすると、直人から連絡が来た。


「お疲れ。面白かったぞ、領主様」


「その呼び方はおやめください。まだ領地すら完成しておりません」


「初日で滅んだからな」


「久世さんまで仰るのですか!」


 玲奈は少し腹を立てながらも、数字について尋ねた。


「途中から視聴者が増えております。何か理由をご存じですか?」


「見てた人がSNSで話したみたいだな。新人のお嬢様VTuberがゲーム内の敵と交渉しようとしてるって」


「……それだけで、他の方がいらっしゃるのですか?」


「面白そうって思えば見に来る人もいるだろ」


 玲奈は少し考え込んだ。


 視聴者が別の場所で話す。


 それを見た別の人間が興味を持つ。


 その人が配信へ来る。


 つまり、自分が直接誰かへ見てほしいと頼まなくても、視聴者自身が新しい視聴者を連れてくる場合がある。


「口コミのようなものでしょうか?」


「まあ、ネット版の口コミって考えれば近いかな」


 玲奈はすぐにノートへ書き込んだ。


 ただし、そこで一つ注意も加える。


 拡散してもらうために、わざと失敗する。


 それは違う。


 今日の反応が大きかったからといって、次から意図的に失敗して笑いを取ろうとは思わなかった。


 玲奈が本気で取り組んだからこそ、失敗した場面も面白く見えたのではないか。


「久世さん。次回は、きちんと成功しても面白いと思っていただけるようにいたします」


「そう来ると思ったよ」


「失敗だけを期待される配信者になるつもりはございませんもの」


「別に失敗芸人にしようとはしてないから安心しろ」


 玲奈はその言葉に少しだけ安心した。


 しかし、今回の配信から得たものは大きかった。


 視聴者は、完成された結果だけを見たいとは限らない。


 知らないものを知っていく過程。


 失敗した人間が次にどうするのか。


 その場で起こった予想外の出来事。


 そうしたものにも、人を惹きつける価値がある。


 前世の玲奈なら、人前へ出す前に失敗を消していた。


 失敗した過程を隠し、完成した結果だけを見せることこそ優秀さだと思っていた。


 けれど配信では、その途中まで含めて誰かと共有できる。


 それは玲奈にとって、全く新しい経験だった。


 翌週のゲーム配信では、玲奈は本当に前回の失敗を改善した。


 最初に最低限の安全を確保し、その後で周辺の地形を調べ、資源を集め、少しずつ拠点を整えていく。


 前回のような大混乱は起こらなかった。


 それでも視聴者は減らなかった。


 むしろ、前回から戻ってきた人間が多かった。


『本当に学習してる』


『拠点まともになってる』


『前回との落差すごい』


「当然ですわ。同じ失敗を何度も繰り返していては、前回敗北した意味がございませんもの」


 そして玲奈は、視聴者から教えられた方法についても覚えていた。


 前回コメントした本人が驚き、それを見た玲奈が礼を言う。


 そんな小さなやり取りが、少しずつ増えていった。


 配信を始めたばかりの頃は、コメント欄に流れる名前をほとんど覚えられた。


 今では少しずつ人数が増え、全員を完全に覚えることは難しくなり始めている。


 それでも玲奈は、できる限り誰が何を話していたのかを覚えようとした。


 自分が一方的に話すだけなら、映像を投稿するだけでもいい。


 配信をする以上、そこにいる人間と話したかった。


 ゲーム配信を始めてから数週間が経つ頃には、通常の配信でも数十人が集まるようになっていた。


 登録者数も、ゆっくりと増えている。


 まだ百万人どころか、一万人にも遠い。


 それでも最初のゼロと比べれば、確かな変化だった。


 玲奈は急がなかった。


 配信する。


 反応を見る。


 面白かった部分と、退屈だった部分を考える。


 次に改善する。


 それを繰り返せばいい。


 学校では授業を受け、放課後には友人と話し、家では本を読み、ときどき父と競馬場へ行く。


 その生活の中へ、セレスティアとして過ごす時間が少しずつ加わっていった。


 そして、この頃から一つの変化が起こり始めていた。


 ゲームで失敗して慌てるセレスティア。


 相談へ真剣に答えるセレスティア。


 現代の言葉を知らず、視聴者へ意味を尋ねるセレスティア。


 配信を見ていた誰かが、その短い場面だけを切り取り、別の人間へ紹介するようになったのである。


 玲奈はまだ、その文化について詳しく知らなかった。


 自分の知らない場所で、自分の配信の一部分だけが広がっていることにも気づいていない。


 だが数日後。


 学校から帰宅していつものようにパソコンを起動した玲奈は、見慣れてきた自分のチャンネルの数字を確認し、しばらく画面の前で固まることになる。


 昨日までとは明らかに違う速度で、登録者が増え始めていたからだった。

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