第18話
「お待ちください!」
「いけません、お嬢様。」
「その手を止めるのです、お嬢様。」
「旦那様と奥様の許可を。」
「スカーレット、絶対にだめ。」
スカーレットがいるのは厨房である。そこで、料理長、ミランダ、侍女頭、執事、母親に口々に止められている。何もしていない。する前に止められているのだ。
「皆、どうして止めるのよ。私はアレクシス様に差し入れを持って行こうと思っただけよ。」
「それです。それを止めているの、スカーレット。」
「まず、その粉袋を置いてください。静かに。そう、そっとです。」
料理長が両手を下に下ろすジェスチャーをしながらハラハラしている。
「クッキーくらい作れるわ。何よ、皆して。」
粉袋を調理台の上に置く。置いた途端、ボフンと白い粉が舞った。
「ほら見なさい!」
「お嬢様。」
執事長が歩み出る。彼はとても優しいから、スカーレットの話を聞いてくれるはずだ。
「中央省庁への差し入れには、何日も前からの申請と許可が必要です。お嬢様は手続きをなさいましたか?」
「手続き?そんなの必要なの?」
「はい。昔差し入れに紛れて毒物が振舞われたことがあるので、部外者が勝手に出入りして食べ物を運び入れることができないのです。」
「…まあ、恐ろしい。そんなことがあったなんて。」
スカーレットが呟くと、面々は安堵したようだった。しかしスカーレットは諦められない。
「でも、わたくしは部外者ではないわ。婚約者ですもの。」
四人のため息が重なる。母親が代表のように言った。
「スカーレット、あなたに差し入れは10年早い。料理も製菓も、なんでしたら果物の皮すら剥いたことのない娘が何をしようとしているのですか。」
「作っていくうちに上達するのよ!」
「迷惑です。」
侍女頭も口を挟んできた。
「作る!」
「お父様に早馬を飛ばしますよ。」
「酷いわお母様!」
結局スカーレットは厨房を追い出されてしまった。母親とテーブルを挟んで座る。
「スカーレット。あなた、どうして急に差し入れを持って行こうと思ったの?」
侍女頭が入れたお茶を飲みながら母親がスカーレットに尋ねた。
「…だって、彼の職場におもし…変わったタイプの女性がいて。」
「変わったタイプの女性?」
「ええ。昨日偶然合ったのですが、一般的な女性と違って…すっぴん眼鏡で作業服の働く子爵令嬢だったのです。」
「その方が理由?」
スカーレットはお茶を見つめる。口をつける気になれない。
「はい。アレクシス様にとても親しげだったのですもの。アレックス、なんて呼んで。」
昨日の光景が頭に浮かぶ。アレクシスがエヴリンを見た時の驚いた顔、そしてエヴリンと名前を呼んだ時の笑顔も。
「アレクシスさんのことがちゃんと好きなのね、スカーレットは。」
「…そうよ。」
「あなたは恋愛小説に夢中のようだから、心配だったのよ。物語と現実を分けて考えられるのか。」
スカーレットも正直驚いている。自分が小説に出てくるヒーローとかけ離れた人を好きになるということに。
「あなたたち、とてもうまく行っているのでしょう?ミランダはそう言っていたわ。」
「わからない。アレクシス様からはわたくしのこと、感じが良いとしか聞いたことがないんですもの。」
クスリと母親は笑った。
「あなたならとっくに聞いていると思っていたわ。わたくしのことどう思ってるの?って。」
「聞けていないわ。どうしてこの話を受けてくれたのかは聞けたけれど。わたくしをどう思っているのかは、聞けていないの。」
「聞いてごらんなさいな。これから長いのよ。聞きたいことが聞けないのは辛いわよ。」
「…そうね。聞いてみるわ。」
母親がにっこりと笑った。
「…アレクシス様の気持ちと、何か相談されていないかってことも。」
「相談されていないか?」
「相談女枠を思い出して。恋人や婚約者がいる男性に相談に乗ってもらうことで距離を縮める女性のことです。」
母親の笑顔が引き攣った。




