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第15話

 


 恋する乙女にとっての1週間はとても長い。何をしていても彼の顔が頭に浮かんでくる。

 食事をしている時も。お茶会でマダム達の涎ものの話を聞いている時も。刺繍針を床に落として一生懸命探している時も。

 こうやって、彼が乗る馬車の到着を窓の外を見ながら待っている時も。

 ずっと、彼の笑顔を思い出しているの。少し癖のある茶色い髪に、茶色い瞳。優しい目つき。顔は普通だけど男らしい手。骨張った指に手首。手の甲に浮かぶ血管。

 そんな彼の手が、これから私の髪を宝物を愛でるように撫で、頬を撫で、そして…



「そして不埒なその手は、ドレスの胸元からそっと忍び込んで来た。」



「お嬢様。」

「なあに?」

「途中まで恋する乙女ポエムだったのに、残念です。ところでお嬢様は手フェチだったのですね。」

「それ、私も気付いていたわ。」

 もちろん、思い出すのは笑顔。でも思い出してドキドキするのは…手なのだ。

「お嬢様、アレクシス様は絶倫ではないようでしたが、そこは良いのですか?」

 ミランダが試すように言う。スカーレットは少し答えに詰まった。

「…良い。」

「良いのですか?」

「…よく考えたのよ。もしこちらのアレクシス様があちらのアレクシス様のように絶倫だったら、って。」

「こちら、あちら…。」

「わたくし、媚薬が欲しいほど初体験を恐れているのに、自分が絶倫を相手にすることって実は無理なのでは、と…。」

「そうですか。」

ミランダの声が優しい。

「トーマスも絶倫ではなく、普通ですものね。」

「ちょ、なぜ私の話になるんですか!」

「やっぱりトーマスも、インターバルくださいって言うの?」

「しっ、知りません!!」 

 さっきまで優しかったミランダは、スカーレットの支度の途中で部屋を出て行ってしまった。



 本日のデートはスカーレットの屋敷の庭で二人だけのお茶会である。と言っても、いつものように少し離れたところにミランダが控えている。

 両親に挨拶をするアレクシスの背中を見ていると、その肩幅が目に入った。

(広い…。)

 また動悸がしてくる。いや、胸が高鳴ってくる。この間、動悸は病的なものではなく、恋するときめきで「胸が高鳴る」状態であるとミランダに呆れながらも教えられた。

「アレクシス様、お会いしたかったです。私、今もアレクシス様の肩幅の広さに胸が高鳴っていますの。」

「それは…。僕も会いたかったです。」

 アレクシスもスカーレットに会いたいと思っていてくれたことが嬉しくて、自然に頬が緩む。

「スカーレット嬢、この本、ありがとうございました。大変面白かったです。」

アレクシスは、一冊の本を取り出した。

「まあ!読んでくださったのですね!」

「はい。タイトルに少し身構えてしまいましたが、コメディタッチながらも考えさせられるところがありました。」

「?楽しんでいただけて、何よりですわ。私の持つ数少ない、絶倫不在の物語ですの。」

 アレクシスから返された本の表紙を撫でる。

「この物語のジャンルは何と言うのですか?」

「アホエロコメディですわ。」

「アホエロコメディ。」

「はい。上司は変態堅物官吏。アホエロです。」

「あなたが私との初対面で言っていた、冷徹官僚とは、この堅物官吏をイメージされていたのですか?」

「まあ、よく分かりましたね!その通りです!」

 アレクシスは照れたように笑った。


 それからはお茶を飲みながら、結婚式についての話で盛り上がった。ドレスについて、振る舞う食事について、招待客について。乙女小説以外の話を、長い時間をかけて他人としたことのないスカーレットは新鮮な気持ちだった。

 会話が弾んでいる。

(絶倫の話も媚薬の話もしていないのに。)



 アレクシスはまたスカーレットから本を借りて帰って行った。数少ない絶倫不在の小説だ。

(明日にでもミランダと書店に行って、絶倫が出てこない乙女小説を探そう。)

 そんなことを思いながら見送ろうとアレクシスに近づいた時、くっ、と腕を引っ張られた。

 次の瞬間。

(…!)

 唇と唇が触れた。スカーレットは驚いて目を見開いたままだった。何秒たったか覚えていない。

 顎は持ち上げられなかった。唇も乾いていなかった。でも、確実にキスだった。

 顔を離したアレクシスが、眼鏡の位置を直しながら、また照れたように笑っていた。

 スカーレットはその顔を見てハッとし、耳を澄ませた。

(これから…アレクシス様の心の声が聞こえるようになるかもしれない!!)


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