第七章第九話
2013年、春。ついに迎えた「JFL(日本フットボールリーグ)」の開幕戦。
舞台は、満員のサポーターと全国規模のメディアが集うスタジアム。対戦相手は、若手プロ選手を多数擁し、今季のJ3・Jリーグ参入を最命題に掲げる絶対本命の強豪クラブだった。
「響木、ついに全国舞台だ」
ベンチ前でスーツ姿の門倉オーナーが力強く声をかける。その目の前には、圧倒的なフィジカルと運動量を誇るプロ予備軍の選手たちが、ギラギラとした鋭い視線でウォームアップを行っていた。
「相手は全員がプロ、あるいは元プロの猛者ばかりだ。だが、俺たちの『プリズンガーディアン島根』がどこまで通用するか、見せてやろう」
胸に濃紺のエンブレムを掲げた響木蒼生は、静かにスパイクの紐を結び直し、ピッチ中央へと歩み進めた。
『ピィィィッ!』
主審の長笛とともに、JFL開幕戦の火ぶたが切って落とされた。
試合序盤、全国レベルのスピードと強烈なプレッシングに、プリズンガーディアン島根の選手たちは苦戦を強いられた。普段は役所のデスクや地域で働くアマチュアの彼らに対し、相手は連動したハイプレスでボールを奪うと、圧倒的な推進力で押し込んでくる。
前半28分、セットプレーからの強烈なヘディングシュートで先制を許し、スコアは『0 - 1』。
「相手のスピードに呑まれるな! 足元でボールを動かせ!」
中盤で必死に身体を張る熱血ボランチが声を張る。相手CB陣は、噂に聞く元バロンドーラー・響木蒼生に対し、二人掛かりの厳重な警戒網を敷いていた。
「響木にはヘディングがない! 空中戦で潰せ! 足元に入ったら即挟み込め!」
相手ベンチから飛ぶ指示。彼らは響木が競り合いに跳ばないことを見抜き、フィジカルコンタクトで潰しにかかる。しかし、欧州の激闘を潜り抜けてきた響木の研ぎ澄まされた感覚は、そんなプロ予備軍の思惑を遥かに凌駕していた。
前半42分、運命の瞬間が訪れる。
中盤の底でボールを奪った信用金庫マンのサイドアタッカーが、相手のプレスをかわして前線へ鋭いグラウンダーのパスを送る。
相手CB陣は、響木の「足元の抜け出し」を警戒し、ペナルティエリア内でのシュートコースを完璧に消しにかかった。二人の巨漢DFが響木の身体に圧力をかけ、前を向かせない体勢を作る。
しかし――響木が見ていたのは、相手の予想を遥かに超えた「コンマ数秒後の未来」だった。
響木はあえて相手CBに背中を預け、一瞬だけ自らコンタクトを受け止めた。相手DFが「抑え込んだ」と確信し、全重心を響木の背中に乗せたそのコンマ数秒――。
響木は右足のインサイドでボールの勢いを殺さず、流れるようなターンで相手の股下を抜くと同時に、影のようにその背後(死角)へとスルリと抜け出した。
相手DFの重圧を利用した、極上のノータッチ・スルーターン。
「なに……!? 消えた!?」
完全に死角へ置き去りにされたCB陣。
跳び出してきた相手GKの位置を冷徹に見極めた響木は、走りのストライドを一切崩さず、右足トゥーキックでノーモーションの一閃!
ドスッ――!
地を這う無回転ライナーが相手GKの足元を破り、左サイドネットを激しく揺らした!
『1 - 1』!
「ゴーッッール!! 響木蒼生!! JFL開幕戦、全国の強豪を相手に静寂をもたらす圧巻の同点弾!! ヘディング封印の制約を感じさせない、至高の位置取りと一蹴!! “BOX THE POACHER”の牙は、全国舞台でも一切錆びついていません!!」
静まり返る相手サポーターと、歓喜に沸く島根の応援席。
駆け寄ってきたチームメイトたちが次々と響木に飛びつき、ベンチ前では門倉オーナーが溢れんばかりのガッツポーズを掲げていた。
勢いに乗ったプリズンガーディアン島根は、後半にも響木のスペースメイキングから生まれた展開で追加点を奪い、JFLデビュー戦を『2 - 1』の鮮やかな逆転勝利で飾ったのだった。




