第七章第十話
JFLの開幕戦を劇的な逆転勝利で飾った「プリズンガーディアン島根」の勢いは、シーズンが進むにつれて全国のサッカーファンとメディアを騒がせる大きなうねりとなっていた。
しかし、全国最高峰のアマチュア・プロ混合リーグであるJFLの壁は、甘いものではなかった。
全国各地への長期アウェイ遠征。金曜日の夜に仕事を終えた選手たちが夜行バスや早朝の移動で現地へ入り、日曜日に試合を戦って月曜日の朝には再び職場へ向かう――。過酷な日程と疲労が、アマチュアである彼らの肉体を容赦なく削っていく。
さらに、圧倒的な資金力を背景に元Jリーガーや外国人助っ人を擁する強豪企業チームは、響木蒼生に対する徹底的な「ヘディング封印対策」を確立していた。
ペナルティエリア内での密着マーク、強烈なフィジカルコンタクトによる消耗戦、そして響木の頭上を狙った徹底的なハイボールの供給。
競り合いに跳ぶことができない響木は、ピッチ上で激しい削りを受け、チームも連敗を喫するなど厳しい試練の季節を迎えた。
「響木さん……! もう僕たちが体を張ります! 響木さんに頼りっきりじゃ、Jリーグなんて行けない!」
農協職員の巨漢CBが、泥と血にまみれたユニフォームで叫ぶ。信用金庫マンのサイドアタッカーも、高校教師のボランチも、限界を超えた脚を止めることなくピッチを駆け抜けた。
公務員として静かな日常の中で、響木は仲間の熱い想いを反芻していた。
(僕がヘディングをしないのは、自らの美学と誇り、そして身体を守るため。だが、それをチームのハンデにしてはいけない。仲間が繋いでくれた泥臭いパスを、僕の位置取り(ポジショニング)ですべてゴールに変えてみせる)
響木のポジショニング技術は、シーズン後半にかけてさらに異次元の域へと昇華した。
相手が「ヘディングを封じ込めた」と確信したコンマ数秒の隙間――相手CBの視線がボールに奪われた瞬間、響木は影のように死角へと抜け出し、地を這うパスをワンタッチで仕留め続けた。
連勝にぐんぐん乗り、迎えたJFL最終節。
勝った方がJリーグ(J3)参入条件である上位入りと昇格を決める、首位・企業チームとの直接対決。
大一番のピッチには、島根から駆けつけた大勢の市民やファンの大歓声が響き渡っていた。
試合は両者譲らぬ肉弾戦となり、スコアは『1 - 1』のまま後半アディショナルタイムへ突入する。
ラストワンプレイ。
中盤で相手の攻撃を死に物狂いのタックルで潰したボランチが、前線へ最後の気力を振り絞って地を這うロングパスを送る。
相手CB陣は、響木の足元の抜け出しを警戒し、ペナルティエリア中央を固めた。
だが、響木が狙っていたのはそのさらに先――相手DFラインとボランチの間にポッカリと空いた、コンマ数秒の「真空地帯」だった。
あえてペナルティエリアから一歩下がるステップワーク。
相手DFがマークを見失ったコンマ一秒の静寂。
吸い付くように足元へ収まったボールを、響木はトラップなしのダイレクトで振り抜いた!
右足アウトフロントから放たれた弾丸シュートは、鮮やかなカーブを描いて相手GKの伸ばした手をすり抜け、右サイドネットへ突き刺さった!
『2 - 1』!
『ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!』
試合終了の笛が秋空に高く響き渡る。
「勝ったぞーーーッ!! Jリーグ昇格決定だ―――ッ!!」
ピッチ上に選手たちがなだれ込み、歓喜の涙を流しながら抱き合う。
スーツ姿の門倉オーナーが目頭を激しく押さえながらピッチへ駆け出し、響木を押し倒すように強く強く抱きしめた。
「響木……! やったな……! 俺たちのチームが、島根の小さな街のクラブが……ついにJリーグへ行くんだ!!」
「ええ……。最高のチームです、門倉さん」
県リーグから始まり、地域リーグ、そしてJFLの激闘を越えて。
ヘディングを封印し、アマチュアとして純粋なフットボールの喜びを追い求めた響木蒼生と「プリズンガーディアン島根」の挑戦は、ついに「Jリーグ」という夢のプロ舞台への扉を叩き開けたのだった。




