第七章第四話
県リーグ開幕戦を見事な逆転勝利で飾った日の夜。
海風が心地よい駅前のこぢんまりとした大衆居酒屋の座敷には、「プリズンガーディアン島根」の熱気があふれかえっていた。
「開幕戦勝利と、響木の衝撃デビューに――乾杯!!」
門倉オーナーの音頭で一斉にグラスが打ち鳴らされ、ジョッキの泡が躍る。
「いやー、マジで凄かったぞ響木! あの同点ゴールの抜け出し、後ろから見てて鳥肌立ったわ!」
地元の農協で働く巨漢CBが、巨大な焼き鳥を口に放り込みながら豪快に笑う。
「ホントですよ! 相手DF陣が全員ジャンプした足元にポッカリ空いたスペースに、気づいたら響木さんだけがポツンと立ってるんですもん。まるで魔法です!」
信用金庫の営業マンである快速サイドアタッカーも、興奮冷めやらぬ様子でビールを飲み干した。
響木は気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべながら、ウーロン茶のグラスに手を伸ばす。
「ありがとうございます。でも、あのゴールは中盤で粘り強くボールを奪ってつないでくれたおかげですよ。僕の一歩目は、みんなが繋いでくれたパスがあってこそです」
謙虚で澄んだその佇まいに、座敷のあちこちから「出来すぎた男だなあ」「男でも惚れるわ」と歓声が上がる。
宴が深まるにつれ、話題は響木の「公務員としての素顔」へと移っていった。
「そういえば響木さん、職場ではどんな仕事してるんですか? 」
高校の体育教師を務める熱血ボランチが、興味津々といった目で覗き込んでくる。
「まあ、……至って普通の業務ですよ」
響木が柔らかく微笑みながらかわすと、隣に座っていた門倉がくすくすとおかしくそうに笑った。
「おいおいみんな、野暮なことを聞くなよ。響木は職場でも、職場の女性職員から『響木さんって何者なの?』って密かに噂になってるらしいんだから」
「公務員の響木さん、めちゃくちゃ想像つきますけどね。凄く静かで誠実そう!」
仲間たちの温かい冷やかしに、座敷全体がドッと大きな笑い包まれる。
プロ時代の過酷なプレッシャーや、何万人の大歓声が響く巨大スタジアム。そこにあった痺れるような緊張感とは違う、泥臭くも人間味にあふれた温かい空気。
(ああ……サッカーって、やっぱりいいな)
響木は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
ヘディングはもうできない。世界最高峰の舞台で戦うこともない。だが、地元の仲間たちと汗を流し、試合後にこうして笑い合いながら一杯やるひとときには、何ものにも代えがたい純粋なフットボールの喜びが満ちていた。
「響木、今期は絶対に県リーグを優勝して、来期は地域リーグ優勝して、全国地域チャンピオンズリーグを突破しようぜ。この『プリズンガーディアン島根』を、俺たちの手でJリーグへ連れて行くんだ!」
門倉が熱い眼光で語りかけると、チームメイトたちが「おーっ!」と拳を突き上げる。
「ええ。行きましょう、みんなで」
響木もまた、穏やかだが確かな牙をその瞳に宿し、仲間たちと力強くグラスを重ね合わせた。島根の夜の街に、彼らの笑い声と熱い誓いがいつまでも響き渡っていた。




