第七章第二話
夕暮れ時のグラウンド。潮風が心地よく吹き抜けるピッチに、「プリズンガーディアン島根」の選手たちが集まっていた。
普段は粛々と業務をこなす公務員としての時間を終え、響木蒼生は濃紺の練習着に身を包んでピッチへと足を踏み入れた。
「よし、みんな集まってくれ! 」
門倉の声に応えて、個性豊かなチームメイトたちが興味津々の視線を注ぐ。地元の農協で働く巨漢のセンターバック、信用金庫の営業マンである快速サイドアタッカー、高校の体育教師を務める熱血ボランチ――。誰もが本業の傍ら、純粋な情熱だけで「プリズンガーディアン島根」をJリーグへと引き上げようと汗を流す男たちだ。
「今日から練習参加させて頂きますので、よろしくお願いします」
静かに一礼する響木に、巨漢CBが豪快に笑いながら肩を叩いてきた。
「よろしくな、響木! 門倉から『すごいストライカーが来る』って聞いてたから楽しみにしてたんだ。俺のガツンとしたロングボール、頭でガンガン合わせてくれよな!」
その言葉に、響木は柔らかく微笑みながら首を振った。
「いえ……申し訳ないですが、僕はヘディングでの競り合いは一切できません」
「えっ……? ヘディングができない?」
チームメイトたちに困惑の色が広がる。ストライカーにとって、クロスに対する空中戦や頭でのシュートは大きな武器だ。それが使えないとなれば、アマチュアの激しい肉弾戦でどうやってゴールを奪うのか。
「まあ見てろって。百聞は一見に如かずだ」
門倉がニヤリと笑い、ミニゲームの準備を促す。
ゲームが始まると、周囲の疑問は一瞬で驚愕へと変わった。
響木は空中戦の競り合いには一切参加しない。しかし、ボールが跳ね上がるコンマ数秒前には相手DFの背後、死角となるわずかな隙間へと影のように潜り込んでいる。
右サイドからの鋭いクロスボール。相手CBが跳び上がり、頭で跳ね返そうとしたその瞬間――その足元、地上の真空地帯にポッカリと空いたスペースへ、すでに響木が侵入していた。
こぼれ球が地面に落ちるコンマ数秒前。響木は頭ではなく、右足の繊細なワンタッチで滑らかに収めると、一切のタメを作らずノーモーションで右足を一閃!
ドスッ――!
地を這う弾丸シュートが、小さなゴールのサイドネットを激しく揺らした。
「……な、なんだ今の抜け出し……! 全然見えなかったぞ!?」
「空中戦を避けてるのに、なんで一番危険な場所にボールが収まるんだ……!?」
息を呑むチームメイトたち。ヘディングを封印しているからこそ極限まで研ぎ澄まされた、地上の位置取り(ポジショニング)とコンマ数秒の隙を突く冷酷な嗅覚。かつて欧州を震撼させ、バロンドールまで上り詰めた“BOX THE POACHER”の牙は、アマチュアのピッチにおいても圧倒的な輝きを放っていた。
「ヘディングはできなくても、足元ならどんなパスでもゴールに変えてみせます。」
響木が静かに笑いかけると、チームメイトたちの瞳に衝撃と、それ以上の猛烈な頼もしさが宿る。
「プリズンガーディアン島根」という新たな船で、響木蒼生のアマチュアサッカー人生が、最高の熱量を帯びて動き始めた。




