第七章第一話
2010年、春。日本海の穏やかな波音と、どこか懐かしい潮風が吹き抜ける島根県西部の小さな町。
バロンドールを受賞し、欧州の頂点に立ち、サン・シーロやカンプ・ノウを沸かせてから5年。30歳になり妻子を持った、響木蒼生は今、一人の公務員となっていた。
プロ引退後、故郷の函館へ戻った響木は、第二の人生として公務員試験に合格。静かな日々を送っていたが、運命の歯車は再び動き始める。
「響木! マジで来てくれたんだな!」
市営グラウンド。夕暮れ時のピッチで、スーツを着た門倉が破顔して駆け寄ってきた。函館時代、共にピッチを駆け抜けた戦友との再会だった。
「門倉さん。転勤の希望が通った時は、自分でも運命かと思いましたよ」
響木が笑いかけると、門倉は感無量といった様子で響木の肩を叩いた。
「この町から本気でJリーグを目指すクラブを作る。そう聞いた時、お前の顔が浮かんだんだ。……けど、本当に良かったのか? お前ほどの男が、こんな地方のアマチュアクラブで」
「何言ってるですか、僕はもう一人のアマチュアサッカー選手ですよ」
響木はスパイクの紐を結び直すと、少し色褪せたグラウンドの芝生を見つめた。
「ヘディングはできない。体もプロの時ほどキレないかもしれない。でも、純粋にボールを蹴る楽しさと、このチームを上に連れていく情熱なら、誰にも負けないつもりだ」
グラウンドには、普段は農業を営む者、地元の信用金庫で働く者、教員を務める者など、様々な背景を持つ選手たちが集まっていた。プロのような洗練された施設も、何万人の大歓声もない。
しかし、夕日を浴びながらボールを追う彼らの瞳には、純粋なフットボールへの愛と、夢を追う熱量が宿っていた。
「みんな! 紹介する、今日から俺たちのチームに加わる響木だ!」
門倉の声に、選手たちが集まってくる。響木は集まった仲間たちに向かって、静かに、だが力強く頭を下げた。
「響木蒼生です。目標のJリーグ昇格に向けて、全力でチームに貢献します。よろしくお願いします!」
バロンドーラーとしての誇りを胸の奥に秘め、アマチュア選手として再びスパイクを履いた響木蒼生。島根の豊かな自然と温かい人々に囲まれた新たな舞台で、Jリーグを目指す彼の新しい物語が、静かに幕を開けた。




