第六章第三話
セリエA開幕戦。小雨が静かに降り注ぐスタディオ・マリオ・リガモンティは、地元の熱狂的なサポーターで超満員に膨れ上がっていた。
今季、このローカルクラブには世界中から熱い視線が注がれていた。2002年バロンドーラー・響木蒼生、そしてイタリアの至宝・伝説のファンタジスタ。さらにこの夏、グラウ・ブラナの中盤の底で幾多の栄光を支え、ピッチ上の指揮官としてタクトを振るった「頭脳派ボランチ」までもが加入したのだ。
自陣の中盤の底で、頭脳派ボランチが静かに手振りで味方の立ち位置を修正する。
「攻守の幅を保て。ボールは僕と彼を経由させればいい。ヒビキはボックス内の『空間』だけに集中しろ」
圧倒的なサッカーIQを誇るボランチの存在により、クラブの中盤にはグラウ・ブラナ譲りの美しいポゼッションとテンポがもたらされていた。
(ヘディングは使えない……。だが、頭を使わずとも、この二人の中盤がいれば足元で幾らでも仕留められる)
響木は冷徹に自らの牙を研ぎ澄ます。
主審の長笛が響き、開幕戦の幕が上がった。相手は強力なフィジカルで中盤を押し潰しにくるセリエAの武闘派クラブ。激しい肉弾戦が展開される中、試合をコントロールしたのはクラブの「新中盤」だった。
前半31分、ついにブレシアの黄金のラインが開通する。
相手のプレッシングに対し、頭脳派ボランチが至高のポジショニングでパスコースを作り出すと、吸い付くようなダイレクトパスで相手の第一ラインを容易く無力化。
縦に届いたボールを受けたのは、トップ下のファンタジスタだった。
ファンタジスタは迫りくる相手CBのプレッシャーを優雅にいなし、右足を振り上げる動作を見せる。相手DF陣全員が「浮き球のクロス」を警戒し、ペナルティエリア中央でヘディングの競り合いに備えて一斉にジャンプした。
だが――ファンタジスタの足元から放たれたのは、誰もが予想しなかった「地を這う極上のスルーパス」だった。
ジャンプした相手DF陣の足元、コンマ数秒の隙間を縫うように滑るボール。
そこに、影のように滑り込んでいたのが響木だった。
相手が空中へ跳び上がったそのコンマ数秒、地上のペナルティエリア手前は完全に無防備な真空地帯と化していた。ヘディングでの競り合いを一切排除し、完全にフリーでボールの軌道に入り込む響木。
「……捕まえた」
飛び出してきた相手GKの位置を見極めた響木は、走りのストライドを一切崩さず、右足ノーモーションの一閃!
ドスッ――!
ボールがゴール左サイドネットへと突き刺さった!
『1 - 0』!
「ゴーッッール!! 響木蒼生!! 新たなクラブでのデビュー戦で鮮烈な移籍初ゴール!! 頭脳派ボランチの組み立て、ファンタジスタの極上の騙し絵パス、そして“BOX THE POACHER”の冷酷な仕上げ!! 新生クラブのトリオが、マリオ・リガモンティを爆発させました!!」
地鳴りのような歓声がスタジアムを揺らす。
走ってきたファンタジスタが響木と力強いハイタッチを交わし、頭脳派ボランチも満足げに小さく頷きながら拍手を送る。
「見事な合わせだったよ、ヒビキ。頭を使わなくても、僕たちのパスなら君の足元にいくらでも合わせられる」
ファンタジスタが耳元でそう囁くと、響木は静かに笑みを浮かべた。
ヘディングを封印した新たなスタイルで、伝説の天才たちと共に挑む最後のセリエA。響木蒼生のラストシーズンは、これ以上にない衝撃的な幕開けとなった。




