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第六章第一話

クラブハウスにある小ぢんまりとした記者会見場。

セリエAを制し、欧州の頂点を極めた世界最高のストライカーが立つ場所としては、あまりにも静かで、あまりにも素朴な空間だった。


しかし、そこに集まった世界各国のメディアが醸し出す熱気は異様だった。

2002年バロンドーラー、セリエAとCLのダブル得点王、そしてトレブル(三冠)の主役。フットボール界の頂点に君臨する響木蒼生が、なぜメガクラブであるロッソネロを去り、昇降格の狭間で戦うローカルクラブへの移籍を決断したのか――誰もがその真意を掴めずにいた。


フラッシュの嵐が雷鳴のように焚かれる中、壇上のマイクの前に腰を下ろす響木。

その隣には、イタリアのフットボール史に燦然と輝く、あの伝説的なファンタジスタが穏やかな笑みを浮かべて座っていた。後ろで束ねた特徴的な髪と、すべてを見通すかのような深く優しい瞳。かつて世界を魅了した至高の「背番号10」だ。


クラブの会長が挨拶を終え、いよいよ記者たちの質疑応答が始まった。


「ヒビキ! 誰もが驚いています! なぜミランでの栄光を捨て、このクラブを選んだのですか!?」


フロントラインの記者が前のめりになって叫ぶ。


響木は静かにマイクを引き寄せた。

左目の奥にある、かすかな違和感――網膜剥離の再発、そして過酷な手術。医師から言い渡された

「ヘディングを続ければ、次は失明につながる可能性がある」という非情な宣告。プロ選手としての引退という現実。


だが、響木はその事実を一切口にはしなかった。自身のコンディションに対する同情も、悲劇的なドラマも、ピッチの上に持ち込むつもりは毛頭なかった。


響木はまっすぐな眼光で記者たちを見据え、澄んだ声で語り始めた。


「僕がこのクラブを選んだ理由は、とてもシンプルです」


静まり返る会見場。響木は隣に座る伝説のファンタジスタへと視線を向けた。


「幼い頃から憧れ、フットボールの美しさと残酷さのすべてを体現してきた最高のファンタジスタ――彼の隣で、彼の描くパスと共にピッチを駆け抜けること。それが、ストライカーとしての僕が熱望した唯一の挑戦だからです」


その言葉に、伝説の10番は目元を細め、嬉しそうに小さく頷いた。


「セリエAでの激闘を経て、僕はフットボールの新たな深みを知りたいと思いました。勝利やタイトルだけでなく、ピッチの上で一瞬の閃きと情熱を共有する喜び。このブレシアで、彼と共に戦う時間が、僕のフットボール人生において最も輝かしい瞬間になると確信しています」


さらに別の記者が問いかける。


「あなたのプレースタイルである『BOX THE POACHER』は、激しいエリア内でのフィジカルバトルが不可欠です。環境が変わることで、その輝きが失われる懸念はありませんか?」


響木はふっと口元を緩め、絶対的なエースとしての牙を覗かせた。


「僕のゴールへの嗅覚は、どこへ行こうと変わりません。ボックス内で一瞬の隙(エアポケット)を突き、ネットを揺らす。彼が解き放つ極上のパスがあるなら、僕の牙はこれまで以上に鋭く相手を仕留めるはずです」


会見の最後、ユニフォームの贈呈が行われた。

用意されたのは、ミラン時代の背番号9ではなく、新たな決意を込めた青と白のV字ラインが胸に刻まれたユニフォーム。


ファンタジスタが立ち上がり、響木の手を強く握りしめた。


「ようこそ、ヒビキ。君のようなストライカーと最後にプレイできることを、心から楽しみにしていたよ」


「こちらこそ。あなたの魔法を、すべてゴールに変えてみせます」


プロ選手としてのカウントダウンが静かに刻まれる中、響木蒼生の最後の戦い――伝説のファンタジスタと共に歩む、美しくも切ないラストシーズンが幕を開けた。

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