第五章第十四話
UEFAチャンピオンズリーグ決勝。
超満員のスタジアムを包み込むのは、欧州最高峰のアンセムと、この地へ集結した数万のサポーターが解き放つ地鳴りのような咆哮。
セリエA優勝、コッパ・イタリア制覇を成し遂げ、前人未到の「トレブル(三冠)」へ王手をかけたロッソネロ。欧州の頂きで最後に立ちはだかるのは、各国の強豪をなぎ倒して勝ち上がってきた欧州屈指のメガクラブだった。
「ヒビキ、これが最後の90分だ。持てる全ての力をピッチに置いてこい」
決戦のピッチに入る直前、「国防大臣」が静かで熱い眼光を響木に向ける。中盤の底では「闘犬」ボランチが血走った目で拳を固く握り締め、若きレジスタとトップ下のマエストロが言葉無くとも強固な信頼の笑みを交わし合っていた。
ワールドカップ制覇、左目の手術という試練、カテナチオのセリエAでの激闘、2002年バロンドール獲得、そしてセリエA得点王。
全ての軌跡が、この90分に結実する。
「行きましょう。僕たちのフットボールで、欧州の頂点を掴み取ります」
響木蒼生の胸に宿る冷徹な牙と絶対的な自信。主審の長笛が夜空に響き渡り、運命のCL決勝戦の火ぶたが切って落とされた。
一発勝負の極限状態。試合は序盤から激しい肉弾戦とハイレベルな戦術戦が展開される。相手守備陣は響木に対し二人掛かりで徹底的なマンマークを敢行。前線での自由を削ぎ落としにかかる。
前半19分、相手の高速カウンターから鮮やかな連携で先制ゴールを許してしまう。
『0 - 1』。
スタジアムのアウェイスタンドが大歓声に包まれる。しかし、三冠を狙うミラノの心臓部は微動だにしなかった。
「ヒビキ、焦る必要はない。相手のラインは確実に下がっている。一瞬のエアポケットを逃すな」
レジスタが静かにボールをセットし、マエストロが優雅に頷く。
前半36分、ミラノの反撃が牙をむく。
自陣深くで「国防大臣」が完璧なスライディングで相手の突破を阻むと、こぼれ球を拾ったレジスタへ。レジスタは寄せてくる相手プレッシャーをあざ笑うかのように、相手DFラインの背後へ地を這う絶妙な縦パスを通す。
中央で受けたマエストロが、芸術的なキャンバスを描くワンタッチで相手CBを引きつけ、ペナルティエリアの「エアポケット」へ極上のスルーパスを刺し込む。
相手CBが一瞬だけボールに気を取られたコンマ数秒――。
響木は相手の死角から影のように抜け出し、完璧なタイミングで進入していた。
「……捕まえた」
バウンドするボールに対し、響木は一切のタメを作らず右足トゥーキックでノーモーションの一閃!
ドスッ――!
ボールが相手守護神の伸ばした手の先を破り、右サイドネットへ吸い込まれた!
『1 - 1』!
「ゴーッッール!! 響木蒼生!! CL決勝の大舞台で同点ゴール!!“BOX THE POACHER”の冷酷な牙が、ついに決勝のネットを揺らしました!!」
咆哮する闘犬が走り寄って響木を力強く抱きしめ、サン・シーロから駆けつけたロッソネロのサポーターが一斉に狂喜乱舞する。
後半に入ると、欧州の頂点を賭けた死闘はさらに熱を帯びる。相手も執念の攻勢を見せるが、「国防大臣」を中心とするミラノのカテナチオが奇跡的なカバーリングで幾度となく危機を跳ね返す。
そして、刻一刻と時計が進む後半43分。ついに決着の時が訪れる。
中盤の泥臭い奪い合いから、闘犬が身体を張ってボールを前線へ送る。レジスタからマエストロへと渡り、相手CB陣が集中的に警戒を強める。
ペナルティエリア内、響木はゴールを背後にしマエストロに視線を送る。
マエストロは得意のスルーパスではなく、響木に向かってフワリとしたロブパスを送る。相手DFが囲い込もうと足を伸ばしたコンマ数秒の隙を見逃さず、響木はゴールに背を向けたまま、背中側に跳躍。空中で自転車を漕ぐ様に左足を振り上げ、足を前後に入れ替えるように右足でバイシクルシュートを一閃!
ドカン――――――!!
相手CBの股下を射抜いたシュートが、守護神の手を弾き飛ばしてゴール右隅へ突き刺さった!!
『2 - 1』!!
「入ったアアアッ!! 響木蒼生!! 本日2ゴール目!! 劇的な勝ち越しゴール!! これで本大会のCL得点王も完全確定―――ッ!!」
『ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!』
タイムアップの長笛が夜空に轟き渡った。
「試合終了!! 『2 - 1』!! ロッソネロ、UEFAチャンピオンズリーグ優勝―――ッ!! セリエA、コッパ・イタリア、そしてCLを制し、前人未到の『トレブル(三冠)』達成!! 響木蒼生は両大会でのダブル得点王を達成しました!!」
ピッチの上に崩れ落ちる者、泣きながら抱き合うロッソネロのイレブン。
咆哮をあげる闘犬、静かに天を見上げるレジスタ、温かい笑みを浮かべる国防大臣やマエストロ。
表彰台の中央で、響木蒼生はビッグイヤー(CL優勝トロフィー)を両手で高く掲げた。
紙吹雪が夜空に舞い散る中、世界中のカメラのフラッシュが、欧州の頂点に立ち、フットボール史に永遠に刻まれる伝説を完成させた背番号9の姿を照らし続けていた。




