第五章第八話
UEFAチャンピオンズリーグ・決勝トーナメント1回戦第1戦。
オールド・トラッフォードの夜空に、独特の緊迫感とプレミアリーグ特有の咆哮が響き渡っていた。
アウェイに乗り込んだクラブを待ち受けていたのは、圧倒的なフィジカル強度と超高速のトランジション、そして世界最高峰のサイドアタックを誇るイングランドの絶対王者で響木の古巣、赤い悪魔だった。
「ヒビキ、ここからは一瞬の判断の遅れが命取りになる。相手のCB陣は激しさと高さを兼ね備えているが、足元の細かい引きつけには脆さがあるはずだ」
ウォーミングアップ中、「国防大臣」が静かな熱を込めて語りかける。相手のホームスタジアムが解き放つ圧迫感の中、中盤の「闘犬」ボランチはすでに目を血走らせて相手のプレッシャーを待ち構えていた。
「大丈夫です。一瞬のスキさえあれば、確実に仕留めます」
2002年バロンドーラー・響木蒼生は、冷徹な瞳で相手の重厚なバックラインを見据えた。
主審の笛とともに、欧州最高峰の死闘が始まった。
序盤、赤い悪魔は圧倒的なホームの歓声を背に、前線からの猛烈なプレッシングでミランを呑み込みにかかる。フィジカルバトルが極限まで跳ね上がる中、前半22分、相手の鮮やかなサイドアタックから強烈なヘディングシュートを叩き込まれ、クラブは先制を許してしまう。
『0 - 1』。
スタジアムが爆発的な大歓声に包まれる中、若きレジスタが静かにボールを拾い上げ、中央へとセットした。
「ヒビキ、相手のCBは潰しに食いついてくる。そこを外せば完全にフリーだ」
「了解です。マエストロ、一瞬だけ僕の動きに合わせてください」
トップ下のマエストロが優雅に頷く。
前半39分、ミラノの牙がむき出しになる。
中盤の底で相手の猛攻を「闘犬」が身体を張って阻止。こぼれ球を拾ったレジスタが、長髪をなびかせながらノーモーションで前線へ地を這う縦パスを刺し込む。
ボールを受けたマエストロが、芸術的なキャンバスを描くように相手CBの注意を自らへ引きつけ、コンマ数秒のタイミングでペナルティエリアの「エアポケット」へ極上のスルーパスを放る。
相手の巨漢CBふたりが一瞬、響木の動きを見失った。
「……捕まえた」
響木は相手の死角から影のように滑り出すと、落下してくるボールに対し、一切のタメを作らず右足の一閃!
ドスッ――!
ボールが、世界屈指の守護神の横跳びをあざ笑うかのように右サイドネットの極小の隙間へと吸い込まれた!
『1 - 1』!
「ゴーッッール!! 響木蒼生!! オールド・トラッフォードを沈黙させる冷酷極まりない同点弾!!“BOX THE POACHER”の研ぎ澄まされた嗅覚が、プレミア王者の防壁を打ち破りました!!」
アウェイのミランサポーターが一斉に歓声をあげ、闘犬が咆哮しながら響木の肩を激しく叩く。
後半に入ると、試合は互いのプライドが激突する息詰まる攻防戦となった。相手も世界最高峰の攻撃力で何度もミラノのゴールを脅かすが、「国防大臣」を中心とする防衛線が奇跡的なカバーリングでそれを防ぎ続ける。
そして後半43分、劇的な決着の時が訪れる。
自陣深くで「国防大臣」が相手の決定的なパスをカットすると、ボールは即座にレジスタへ。レジスタは黄金の右足から、相手DFラインの背後へ向けて50メートルの極上ロングフィードを放つ。
相手CBと激しく身体をぶつけ合いながらボールを追う響木。
相手の強い体当たりに対し、響木はあえて体軸を柔軟にしなやかになぞらせ、相手の力を利用して背後へスルリと抜け出す。
ペナルティエリア手前、飛び出してきたGKの位置を冷徹に見極めると、走りのストライドを一切崩さずに右足のアウトフロントで頭上を越すループシュート!
ふわりと浮いたボールが綺麗な描線を描き、吸い込まれるようにゴールネットへ揺れた!
『2 - 1』!!
「入ったアアアッ!! 響木蒼生!! 本日2ゴール目!! 劇的な勝ち越しゴール!! プレミア絶対王者の本拠地で、日本のストライカーが圧巻のパフォーマンスを見せつけました―――ッ!!」
タイムアップの長笛が鳴り響き、ミランが敵地オールド・トラッフォードで『2 - 1』の価値ある勝利を収めた。
欧州メガクラブ対決の第1弾を鮮やかな勝ち星で飾った響木とミラン。トレブル(三冠)達成に向けた彼らの進撃は、欧州全体を震撼させていた。




