第四章第九話
2002年日韓ワールドカップの熱狂が去り、世界中がサムライブルーの歴史的快挙と偉業に沸き立ち続けていた。大会得点王に輝いたストライカー・響木蒼生もその渦中にいた。
連日連夜のテレビ報道、日本中を包み込むフィーバー。世界一のストライカーとしてサッカー界の頂点に立った響木の名は、永遠にフットボール史へと刻まれたかに思われた。
だが、ワールドカップ終了から数週間後。
衝撃の情報がもたらされる。
緊急で開かれた響木の記者会見の壇上は、重苦しい緊張感に包まれていた。
フラッシュの嵐の中、マイクの前に立った響木は、静かに、しかし揺るぎない声で口を開いた。
「本日をもって、私は日本代表からの引退を表明いたします」
静まり返る会見場。絶句する報道陣。
騒然とする空気の中、響木は淡々とその理由を語り始めた。
「理由につきましては、左目の網膜剥離です」
どよめきが会見場を突き抜けた。
「ワールドカップ大会期間中は特段、違和感は無かったのですが、大会終了後、左目に違和感を感じたため診察を受けたところ左目の網膜剥離が判明しました。幸い治療と手術を行えば問題無くサッカーを続けることが出来るようですが、しかし、日本のエンブレムを背負い、最高のパフォーマンスで国を代表して戦う以上、万全ではない状態で代表の枠を占めるわけにはいきません。それが、ここまで共に戦ってきた仲間たち、そして熱狂的に応援してくれた国民の皆様に対する私の決断です」
代表の主将や中央の絶対的エース、そしてフランス人監督ら代表の選手達も、その事実を事前に知らされ、苦渋の決断を受け入れていた。代表での背番号9は、不滅の伝説として語り継がれることとなった。
しかし、響木はそこで言葉を区切ると、眼光に鋭い熱を宿してカメラを見据えた。
「――ただし、プロフットボーラーとしての響木蒼生が止まるわけではありません。目の病気というハンデを抱えようとも、僕はピッチに立ち続けます。ボールの軌道、相手の死角、そしてペナルティエリアの『空気の揺らぎ』は、目だけで捉えるものではないからです」
“BOX THE POACHER”の物語は終わらない。
代表という最高の栄誉に別れを告げ、己のフットボール人生のすべてを懸けて再び欧州の地へ挑む男の背中に、世界中の人々が惜しみない拍手と、さらなる伝説への期待を寄せるのだった。
第4章『日本代表編』――完。




