第四章第一話
日韓ワールドカップ編スタートです
2002年日韓ワールドカップ開幕を直前に控えた春。フランス人監督率いる日本代表は、欧州遠征の地・フランスのエスタディオ・ドゥ・フランス(サンドニ)にて、世界王者フランス代表とのインターナショナル・トレーニングマッチ(国際親善試合)に臨んでいた。
ピッチを叩きつける冷たい雨。
日本の代名詞である【フラットスリー】のディフェンスラインは、フランスの異次元のパスワークとスピードの前にズタズタに引き裂かれていた。
前半だけで失点を重ね、後半に入っても失点の歯止めがかからない。 中盤でのプレッシングは空回りし、セカンドボールはことごとく拾われ、独り違いを見せる絶対的エースのトップ下は孤立は深まるばかり。
スコアボードには、無慈悲な数字が刻み込まれていた。
『0 - 5』。
スタジアムを支配するのは、ホームの歓声と、日本代表に対する冷ややかな空気。「サンドニの悲劇」が、目の前で繰り広げられていた。
フランス人監督がベンチの前で激昂し、通訳を介して大声で指示を飛ばす。ピッチ上の選手たちの表情には明らかに疲弊と悲壮感が漂っていた。
その時だった。
ベンチ奥のトンネルから、濡れたウインドブレーカーを羽織った男が静かに姿を現した。
響木蒼生。
パリ郊外での事故による大規模な交通機関のトラブルに巻き込まれ、スタジアムへの到着が大幅に遅れていた、響木蒼生だった。
「遅くなりました」
フランス人監督は一瞬目を見開いたが、黙って頷いた。
短くそれだけを告げると、響木はベンチに座った。
程なくして響木は迷わずウインドブレーカーを脱ぎ捨てる。胸に刻まれた青いサムライブルーのエンブレム、そして背番号9。
響木は監督の横に立ち声を掛ける。
「監督、今のこの状況、思いあがった若造の鼻をへし折る、いい機会だと思いませんか?」
「その思いあがった若造というのはどこにいるんだ?ヒビキ。私の横に立っているのはゴールに飢えた、ゴール前のハイエナだ!」
監督は鋭い眼光でピッチを指さした。
「 準備はできているな! 状況は最悪だ。だが、お前の熱でこの冷め切ったピッチを叩き起こしてこい!」
「問題ありません。グラウンドの状態も、相手の癖も、ベンチへ向かう途中で叩き込みました」
後半25分。 選手交代のボードが掲げられる。
雨に濡れたピッチへと一歩を踏み出す響木の佇まいに、疲弊しきっていた日本代表の選手たちの顔に劇的な変化が走った。
「ヒビキ……!」
中盤で孤軍奮闘していた絶対的エースのトップ下の瞳に、確かな熱が宿る。
「来るのが遅いんだよ、お前」
響木に静かに、しかし気持ちを込めて語り掛けた。
フランスのワールドクラスのCB陣が、新しく入ってきた男――昨シーズンまでエル・ブランコとブラウグラナでラ・リーガを破滅させ、“BOX THE POACHER”として欧州を震撼させた男――の存在に瞬時に気づき、表情を引き締める。
試合再開。フランスが余裕をもって後方でボールを回そうとした瞬間、破調が訪れた。
響木はフランスのCBに対し、ボールではなく「相手の視野の死角」を狂気的なスピードで突くチェイシングを開始。一瞬の圧迫感にフランスCBがパスコースを制限され、焦って縦パスを出す。
そこへタイミングを完璧に合わせた日本の中盤がインターセプト!
「ヒビキッ!」
天才プレーヤーから前線へ、雨を切り裂くグラウンダーのパスが送られる。
ペナルティエリア手前、響木は背後から迫る世界最高峰のCBの激しいコンタクトを受けながらも、身体を滑らかに回転させてボールを足元に吸い付かせた。
相手CBがスライディングで足を伸ばしてくるコンマ数秒前。
響木は一切のタメを作らず、右足のトゥーキックでノーモーションの一閃!
ドスッ――!
濡れたピッチを滑る弾丸ライナーが、雨を弾き飛ばしながらゴール右隅へと突き刺さった!
『1 - 5』!
静まり返るサンドニ。響木は歓喜する間もなくボールを拾い上げると、センタースポットへと走りながらチームメイトを無言で鼓舞した。
響木の投入によって、完全に死んでいた日本の【フラットスリー】と連動プレッシングが蘇った。響木がペナルティエリア手前で相手DFラインをピン留めするため、フランスの守備陣は安易にラインを上げられず、全体が分断され始める。
後半34分。 右サイドからのクロスに対し、響木がニアサイドへ猛然と突進。フランスのCB2人が思わず響木へと引き寄せられた。
その背後、ポカリと開いた「エアポケット」へ、響木が頭を越えさせる絶妙なフリック!
流れた球に走り込んだ日本の左利きの天才プレーヤーがダイレクトで叩き込み、追撃のゴール!
『2 - 5』!
フランスベンチに焦りの色が走る。世界王者相手に、響木が入ってからのわずか15分で流れが完全に逆転していた。
後半41分、中盤での奪取から響木がバイタルエリアで浮き球をダイレクトで守護神の頭上を抜く冷酷なループシュートで3点目。
『3 - 5』!
後半44分、左サイドからの低空クロスに対し、相手CBの死角から影のように滑り込んだ響木の鋭いダイレクトボレーがネットを揺らし、ハットトリック達成!
『4 - 5』!
スタンドのフランスサポーターからも、恐れと称賛の混ざったどよめきが湧き起こる。
そしてアディショナルタイム3分。
破竹の勢いを見せる日本。天才プレーヤーからのアーリークロスが混戦を生み、ペナルティエリア中央へボールがこぼれた。
誰よりも早くボールの落下点へと反応し、泥まみれになりながら身体を投げ出したのは、やはり響木だった。
「決めろッ――!!」
泥飛沫と水飛沫が舞う中、右足を一閃!
ドカン――――――!!
弾丸シュートがフランスのゴール天井へ突き刺さり、同時にタイムアップの長笛が響き渡った!
『5 - 5』!!
『ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!』
絶望の『0 - 5』から、途中出場の響木蒼生が叩き出した圧巻の5ゴール。
世界王者フランスを相手に、奇跡的な『5 - 5』の引き分けで試合は幕を閉じた。
抱き合い、咆哮する日本の選手たち。 フランスのスター選手たちが呆然と立ち尽くす中、響木は静かに顔の泥を拭うと、雨の空を見上げた。
「サンドニの悲劇」になりかけた一戦を、自らの圧倒的な決定力で「サンドニの奇跡」へと塗り替えた男。
2002年日韓ワールドカップ開幕直前、日本の絶対的エース・響木蒼生の伝説が、ついに母国でも開幕しようとしていた。




