第三章第二十話
カンプ・ノウの夜空が、9万人のクレが掲げる青と臙脂の大ソノ(モザイク)と「Cant del Barça」の地鳴りのような合唱で揺れていた。
ラ_リーガのタイトルを大きく左右する大一番、そして響木蒼生にとって昨シーズンまで命を懸けて戦った古巣・エル・ブランコを迎える運命の「エル・クラシコ」。
ピッチ中央でのウォーミングアップ前、トンネルの出口で待っていたのは、懐かしい「白の威信」を纏ったかつての戦友たちだった。
「ひさしぶりだな、ヒビキ」
そう言って静かな笑みを浮かべ、歩み寄ってきたのは至高のエース。その隣には、右サイドの悪魔と左サイドの悪魔、そして重厚な威厳を放つ闘将が並んでいた。
「お前が青と臙脂を着ている姿は、やっぱりまだ少し奇妙に見えるよ。だが……手加減は一切しない。お前が僕たちに教えてくれた冷酷さを、今度は僕たちが叩きつける」
至高のエースの言葉に、響木は口元をわずかに緩め、真っ直ぐな視線を返した。
「望むところです。僕の『居場所』がどこであれ、やるべきことは一つしかありませんから」
闘将が響木の肩を強く叩き、右サイドの悪魔がニヤリと笑う。昨日の友は、今日の命を懸けた敵。クラシコ特有の張り詰めた緊張感が、二つの巨人の間に走った。
キックオフの笛とともに始まった一戦は、まさに世界最高峰の技術とプライドが激突する肉弾戦となった。
ブラウグラナは左サイドの快速ウインガーと右ウイングのサイドアタッカーが破格の推進力で果敢に仕掛ける。対するエル・ブランコは、黒いエンジンが中盤で広大なエリアをカバーし、左サイドの悪魔が超攻撃的なアップダウンでブラウグラナの右サイドを圧迫する。
前半24分、先制したのはエル・ブランコだった。
右サイドの悪魔からの絶妙なサイドチェンジを受けた至高のエースが、ワンタッチで相手DFの股を抜く流麗なトラップでペナルティエリア内に侵入。キーパーの動きを見極めた芸術的なチップキックでゴールネットを揺らした。
『0 - 1』。
静まり返るカンプ・ノウ。しかし、ブラウグラナの選手たちに焦りはなかった。オランダ人大型FWが声を張り上げてチームを奮い立たせ、カンテラ出身の若き闘将CBが自陣から気迫の咆哮を上げる。
そして前半39分、ブラウグラナの反撃が実を結ぶ。
右ウイングのサイドアタッカーが強力なフィジカルで左サイドの悪魔の寄せを耐え抜き、中央へグラウンダーのパス。受けた大型FWが後ろに背負った闘将と激しく削り合いながら、右足のアウトサイドで背後へボールを流す。
その流れた先――エル・ブランコのCB陣が一瞬だけボールに目線を奪われた隙間を、影のように突き抜けたのは響木だった。
「ヒビキッ……!」
闘将が叫びながら必死に手を伸ばすが、すでに遅い。
響木は転がるボールに対して一切のタメを作らず、右足のトゥーキックでノーモーションで振り抜く。
ドスッ――!
ボールはエル・ブランコの守護神の脇下をすり抜け、サイドネット左隅へと吸い込まれた!
『1 - 1』!
「ゴーッッール!! 響木蒼生!! 古巣エル・ブランコを相手に、同点となる一撃!! 大型FWとの圧巻の連携から、冷酷な『密猟者』の牙がベルナベウの誇りを打ち破りました!!」
カンプ・ノウが大歓声の狂乱と化す。響木は歓喜の声を上げる仲間たちに囲まれながらも、すぐさま自陣へと戻りながら至高のエースと視線を交わした。至高のエースは悔しげに髪をかき上げながらも、その瞳にはどこか誇らしげな光を宿していた。
後半に入ると、ラ・リーガの首位攻防をかけた死闘はさらに熱を帯びる。
後半31分、エル・ブランコは左サイドの悪魔が放った地を這う弾丸ミドルシュートのこぼれ球を至高のエースが泥臭く押し込み、再びリードを奪う。
『1 - 2』。
残り時間は15分。敗北の二文字がカンプ・ノウに立ち込めかけたその時、ブラウグラナの誇る「両翼」と「密猟者」が完全なる覚醒を遂げる。
後半42分。
左サイドの快速ウインガーが爆発的な加速で相手DFを置き去りにし、深く抉ってマイナスへアーリークロス。
ペナルティエリア中央、大型FWがハイボールに飛翔し、エル_ブランコのCB陣を引き引きつけて潰れ役となる。
宙に浮いたこぼれ球。
黒いエンジンが必死のカバーで滑り込んでくるコンマ数秒前――。
誰よりも早くボールの軌道に入り込み、体を極限まで捻ったのは響木だった。
空中で描く、美しいアクロバティックなジャンピングボレー!
ドカン――――――!!
「なッ……!?」
エル・ブランコの守護神が一歩も動けない弾丸シュートが、ゴール右天井に突き刺さった!!
『2 - 2』!!
「入ったアアアッ!! 響木蒼生、圧巻の同点ボレー!! 1試合2ゴール!! 試合を土壇場で振り出しに戻しました!!」
そしてドラマは、アディショナルタイム3分に訪れる。
勢いに乗るブラウグラナ。右ウイングのサイドアタッカーが前線へアーリークロスを配球。
ペナルティエリア手前でボールを受けた響木は、自らシュートを打つと見せかけて右足を深く振りかぶった。
エル・ブランコの闘将がシュートコースを遮るべく必死のスライディング。
だが、響木は右足を振り抜かず、足裏でボールを地面に叩き付けるように止めると、滑り込む闘将の頭上を越える繊細な浮き球スルーパスをペナルティエリア内へ供給した。
そこに走り込んでいたのは、中盤の要であるオランダ人司令塔!
ダイレクトで叩き込まれたシュートがゴールネットを揺らし、審判の試合終了を告げる長笛がカンプ・ノウに轟いた!
『3 - 2』!!
『ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!』
「劇的勝利!! ブラウグラナ!! 響木蒼生の2ゴール1アシストの怪物的な活躍により、宿敵エル・ブランコとの超大一番『エル・クラシコ』を逆転制覇―――ッ!!」
スタジアムが爆発的な歓喜に包まれる中、ピッチ上に倒れ込む両チームの選手たち。
響木のもとへ、汗みずくになった至高のエースが歩み寄ってきた。
「……見事だったよ、ヒビキ。やっぱりお前は、どこにいても世界最高のストライカーだ」
そう言って差し出された手を、響木は固く握り返す。
「ありがとうございます。あなたたちと戦えたから、僕はまた強くなれました」
古巣との運命の死闘を制し、ブラウグラナはラ・リーガ制覇、そしてCL制覇、達成へ向けて決定的な勝利を手にしたのだった。




