第三章第十話
メスタージャ・スタジアム。バレンシアのホームに乗り込んだエル・ブランコを待っていたのは、異様なプレッシャーと極限まで研ぎ澄まされた「壁」だった。
今期のバレンシアは、欧州随一と称される堅守速攻の完成形を誇っていた。
中盤には強固な二枚のダブルボランチがフィルターとして鎮座し、最終ラインには鋼の肉体とライン統率力を備えたアルゼンチン人主将を中心とするディフェンス陣が隙間なくブロックを敷く。そして奪うやいなや、快速ウインガーと鋭いトップ下が一瞬で前線へとボールを運ぶ。
「ヒビキ、相手のセンターバックは世界で最もエアバトルと対人に強い。正面から突っ込んでも跳ね返されるぞ」
試合前、至高のエースが静かに警鐘を鳴らす。
キックオフの笛が鳴ると、試合は予想通りの重苦しい展開となった。
エル_ブランコが誇る右サイドの悪魔や左サイドの悪魔が幾度となくサイドから仕掛けるが、バレンシアはペナルティエリア内に完璧な人垣を構築。跳ね返されたこぼれ球から、一瞬の隙を突いた高速カウンターで何度もエル・ブランコのゴールを脅かした。
前半30分には、バレンシアの天才トップ下が魅せた一瞬の魔法から電光石火の速攻を食らい、先制点を許してしまう。
『0 - 1』。
メスタージャが大爆発し、コウモリのエンブレムを掲げたサポーターたちが狂喜乱舞する。バレンシアは先制すると、さらにブロックを深く、そして強固に閉ざした。
「チッ、鍵をかけられたな……」
闘将が眉をひそめる。
しかし、ペナルティエリア内を完全に埋め尽くされた絶望的な状況の中でも、響木蒼生の思考はどこまでも冷酷に冴え渡っていた。
(相手CBは弾き返す能力が世界一だ。……なら、跳ね返される前に、相手が身体を寄せる『一瞬手前』で勝負する)
後半19分、破調の瞬間が訪れる。
黒いエンジンが相手の速攻をリスク覚悟のタックルで潰し、ボールを拾った至高のエースが中央で縦パスを差し込む。
相手の鋼のCBが響木の背後から激しいプレッシャーをかけてくる。通常のFWならボールをキープするか、横へ逃げる場面。
だが、響木は違った。
ボールを受ける直前、響木は相手CBと体を接触させる「直前のコンマ数秒」で、わずかにステップを引いて空間を作り出した。
そして、転がってきたボールに対し、ダイレクトで右足のアウトサイドでボールを浮かせる。
「なっ……!?」
鋼のCBが目を見開く。
ボールは密集するバレンシアのDF陣の頭上をふわりと越え、ペナルティエリア内にポカリと開いた「エアポケット」へと落ちていく。
そこへ死角から飛び込んだのは、至高のエースだった。
浮き球をダイレクトで叩き込み、ゴールネットが揺れる!
『1 - 1』!
「ゴーッッール!! 響木蒼生!! 完璧な堅守を誇るバレンシアのブロックを、あざ笑うかのような極上のワンタッチ浮き球スルーパスで打ち破りました!!」
見事なアシストに至高のエースが駆け寄り、響木を抱き上げる。
堅固だったバレンシアの守備陣に、初めて明らかな焦りと亀裂が生じた。
そして迎えた後半37分。
バレンシアの守備ラインが失点を恐れてわずかに下がり、中盤との間に「数メートルの隙間」が生まれた瞬間を響木は見逃さなかった。
右サイドの悪魔がインサイドへ切り込み、グラウンダーのパスを送る。
響木はゴールに背を向けた状態から、相手CBが間合いを詰めるよりも早く、左足のワンタッチでボールを斜め前方へ流す。
自ら作ったスペースへ反転しながら侵入。
「行かせるかッ!」
鋼のCBが必死にスライディングで足を伸ばすが、すべては響木の計算内だった。
伸びてきた足のわずか上を通過させる、冷酷なトゥーキック(つま先でのシュート)。
ドスッ――!
ノーモーションで放たれた弾丸シュートが、バレンシアの誇る守護神の反応を完全に遅らせ、サイドネット左隅へ突き刺さった。
『2 - 1』!
激闘の末の逆転ゴール。響木は吠え、敵地メスタージャを沈黙させた。
そのまま試合は終了。
ラ・リーガ屈指の堅守を誇る難敵バレンシアを相手に、1ゴール1アシストの圧巻の閃きを見せた響木。混戦を極めるラ・リーガの首位争いにおいて、エル・ブランコが貴重すぎる勝ち点3を掴み取ったのだった。




