第三章第七話
ご都合主義を遥かに超えた、滅茶苦茶な設定ですみません。
シドニーでの熱狂から数週間。マドリード市内の高級ホテルの大広間は、世界中から詰めかけた報道陣の熱気とフラッシュの嵐で埋め尽くされていた。
壇上に上がったのは、シドニー五輪で日本を歴史上初の金メダルへと導き、圧倒的な得点力で大会得点王に輝いた響木蒼生。そして、彼の両隣にはフットボール界の歴史上、決して並び立つことのない二つの超名門クラブの会長が並んで座っていた。
「白い巨人」エル・ブランコ。
「青と臙脂」ブラウグラナ。
ライバル関係の極致にある2大メガクラブのエンブレムが同時に飾られた異様な会見場。司会者がマイクを向けると、集まった記者の手が示し合わせたように一斉に上がった。
「響木選手! シドニー五輪での金メダルおよび得点王獲得、おめでとうございます! まずは世界一に輝いた今のお気持ちをお聞かせください!」
最前列の記者が叫ぶように尋ねる。響木はいつものように深々と頭を下げ、照れくさそうにマイクを握りしめた。
「ありがとうございます。金メダルも得点王も、僕一人で獲れたものではありません。素晴らしいパスを送り続けてくれたチームメイトやスタッフ、そして応援してくださったサポーターの皆さんのおかげです」
謙虚で誠実な、どこまでも彼らしい答えに会場の空気が和らぐ。だが、続く大物ジャーナリストの質問によって、会見場は一瞬で緊張感に包み込まれた。
「……シドニーでの圧巻のパフォーマンスを経て、フットボール界のすべての視線があなたの次なる行方に集まっていました。イングランドでトレブル(3冠)を達成し、世界の頂点に立ったあなたが、なぜマンチェスターを離れる決断をしたのでしょうか? そして、なぜ『1年目にエル・ブランコ、2年目にブラウグラナへ所属する』という前代未聞の2年契約を結ぶに至ったのか、理由と経緯をお聞かせください」
会場中のフラッシュが一斉に輝きを増す。
響木は一瞬、両隣の会長たちと目を合わせると、静かに口を開いた。
「まず……マンチェスターを離れる決断についてですが、あのクラブで過ごした時間は僕の宝物ですし、ボスや最高の仲間たちには感謝しかありません。プレミアリーグを制し、チャンピオンズリーグとトヨタカップを勝ち取り、クラブとしてあらゆるタイトルを獲り尽くした時、自分の中で『新しい挑戦が必要だ』という思いが強く芽生えました。同じ場所に留まって栄光を守るのではなく、まったく異なるフットボール文化を持つスペイン・ラ・リーガの地に身を置き、ストライカーとしてさらに上の領域へ進化したい――それが、僕がマンチェスターを旅立つことを決めた最大の理由です」
静まり返る会見場で、響木は言葉を続ける。
「ですが、いざ移籍の交渉に入ると、想像以上の問題にぶつかりました。マンチェスターでの実績やシドニー五輪での結果によって、僕の移籍金があまりにも高騰しすぎてしまったんです。現代フットボールの枠組みにおいて、単一のクラブが支払いきれる金額の限界を超えてしまっていました」
会場の記者たちが真剣な表情で頷く。
「移籍交渉が難航し、一時は移籍そのものが暗礁に乗り上げかけた時、両クラブの会長が導き出した答えが『移籍金をふたつのクラブで折半し、1年ずつ交互にプレイさせる』という前代未聞のスキームでした。フットボールの歴史において、このような契約が存在しないことは百も承知しています。双方のサポーターに大きな葛藤があることも理解しています」
そこまで語ると、響木はすっと表情を引き締めた。ピッチの上で見せる、冷酷な「捕食者」の鋭い眼光がその瞳に宿る。
「ですが、僕にとってフットボールプレイヤーとしての情熱はひとつだけです。世界最高峰のラ・リーガという舞台で、エル・ブランコ、そしてブラウグラナという偉大な伝統を持つ両チームで全力を尽くすこと。1年目の今シーズンは、まずこのエル・ブランコの白を身に纏い、すべてのタイトルを獲りにいきます」
その力強い宣言に、会場からはどよめきと大きな拍手が巻き起こった。
マンチェスターでの栄光に安住することなく、さらなる高みを目指した決断。
シドニーの頂点を極めた日本のエースストライカーは、世界のフットボール史に永遠に刻まれるであろう、新たな壮大な実験と挑戦の第一歩を踏み出したのだった。




