第三章第六話
シドニー・フットボール・スタジアム。11万人を超える大観衆が詰めかけた満員のスタンドは、歴史的瞬間の訪れを待つ異様な熱気と歓声で揺れていた。
シドニー五輪・サッカー男子決勝。
日本の前に立体を現したのは、準々決勝で「王国」ブラジルを沈め、勢いそのままに勝ち上がってきたアフリカの雄・カメルーン代表。 その前線には、Jリーグでも圧巻の得点力を誇った巨漢長身FWと、後にラ・リーガで世界を席巻する圧倒的な爆発力を誇る若き快速FWの最強ツートップが君臨していた。
「今大会で最もフィジカルとスピードに長けた強敵だ。だが、我々が目指してきたのは銀メダルではない。最高の輝き(金メダル)を掴んでこい!」
フランス人監督の熱き激に、日本のイレブンは静かに、しかし燃えるような決意を宿した眼光で応えた。
金メダルをかけた命運の120分が、主審のホイッスルとともに始まった。
序盤、日本は今大会初めてと言えるほどの猛烈な「苦戦」を強強いられることとなる。
カメルーンの爆発的な身体能力と縦への推進力は、これまでの相手とは一線を画していた。長身FWが圧倒的なフィジカルで収め、快速FWが鋭い切れ味で裏のスペースへと抜け出してくる。
前半19分、ペナルティエリア手前で相手長身FWに強烈なポストプレイから前を向けられると、豪快なミドルシュートを叩き込まれ、日本は今大会初めて「先制」を許してしまう。
『0 - 1』。
スタジアムを包むカメルーンサポーターの大歓声。日本の【フラットスリー】も、アフリカの規格外な個の力に押し込まれ、失点後も幾度となくヒヤリとする場面を作られた。
だが、史上最強と称されたチームの絆は折れなかった。
「焦るな! ラインを揃えろ! 俺たちのサッカーをやれば必ず追いつける!」
センターの主将がチームを落ち着かせ、右の熱血CBと左の「ボンバーヘッド」が鬼気迫る気迫で相手ツートップに喰らいつく。
そして前半終了間際の42分、日本の至高の才能たちが牙を剥く。
中盤の底で守備の鉄人と大型ボランチが激しい挟み込みでボールを奪取。素早く中央の絶対的エースへ。エースは相手の激しいチャージに一切怯まず前を向くと、右サイドの天才プレーヤーへ展開する。
天才プレーヤーはダイレクトで、左サイドの天才レフティーへ渡す。 天才レフティーが黄金の左足を一閃。放たれたクロスは綺麗な軌道を描き、カメルーンの巨漢DF陣の頭上を越えて「死角」へと吸い込まれた。
そこへ潜り込んでいたのは、もちろん響木蒼生だった。
「……追いつくッ!」
落下点へいち早く跳躍し、相手GKの手が届かない絶妙なコースへ流し込むヘッド!
ドスッ――!
『1 - 1』!!
土壇場での同点ゴール。響木の大会6点目となる価値ある一撃に、日本のベンチとサポーターが歓喜の爆発を起こした。
後半に入ると、一進一退の壮絶な削り合いが続く。カメルーンの快速FWが爆発的なスピードで抜け出しかけるも、日本の【フラットスリー】が極限の連動で見事にオフサイドを奪い取る。
そのまま決着はつかず、試合は熱狂の延長戦(ゴールデンゴール方式)へと突入した。
極限の疲労が両チームを襲う延長前半9分。決着の瞬間が訪れる。
自陣でボールを回収した大型ボランチが力強いドリブルで前線へ推進。中央でパスを受けた絶対的エースが相手DFを引きつけ、右サイドへ展開する。
途中出場の右スペシャリストが相手DFのマークを振り切り、低いグラウンダーのクロスをペナルティエリア中央へ配球。
相手CBが必死にスライディングでクリアを試みるが、そのこぼれ球がポツリと、ゴール前数メートルの位置に転がった。
一瞬の静寂。誰もが足をとめかけたその「エアポケット」に、影のように滑り込んでいた男がいた。
背番号9――響木蒼生。
「……決めろッ!!」
高鳴る鼓動。研ぎ澄まされた冷酷な眼光。 響木は全神経を集中させ、右足を振り抜いた。
ドスッ――!!
放たれた弾丸シュートがカメルーンのゴールネットを激しく突き破り、そのまま揺れ続けた。
『2 - 1』!!
『ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!』
その瞬間、ゴールデンゴールが適用され、タイムアップの長笛がシドニーの夜空に轟いた。
「ゴーッッール!! 決まったアアアッ!! 響木蒼生!! 劇的なゴールデンゴール!! 日本代表、苦しみに苦しんだ激闘を制し、ついに……ついにオリンピック初の金メダルを獲得しました―――ッ!!」
狂喜乱舞するベンチのメンバーたちがピッチへと雪崩れ込み、響木の上に折り重なっていく。
抱きついてくる絶対的エース、涙を流す天才レフティー、笑顔で響木の頭を叩く熱血CBや主将。
「ヒビキ! お前が最高のストライカーだ!!」
「やったぞ! 世界一だ!!」
熱い歓声ともみくちゃにされる中で、響木は眩しいカクテル光線を見上げながら、万感の想いとともに胸のシンボルを力強く握りしめた。
表彰式。 スタジアムに響き渡る国歌。首にかけられた重みのある黄金のメダル。
アトランタ世代、1997年世代、そして黄金世代――。日本のフットボール史が育んできたすべての輝きが融合した史上最強のチームは、世界の頂点に輝く金メダルを胸に、最高の笑顔でシドニーの空へと掲げたのだった。




