第三章第三話
グループリーグ突破をすでに決めている日本代表の第3戦。対戦相手は、南米のサッカー王国・ブラジル。
シドニーのピッチに立ち込めるのは、プレッシャーから解放された両国が醸し出す、どこか濃密で妖しい熱気だった。
フランス人監督は、過酷な短期決戦を見据えて大幅なメンバー変更を決断。「ターンオーバー」を敢行し、響木や絶対的エース、左の天才レフティーらをベンチに温存する采配をとった。
ピッチには、黄金世代のレジスタ、右のスペシャリスト、ユーティリティープレイヤー、そして天才ドリブラーやエースストライカーらが名を連ねる。
「誰が出てても、俺たちのフットボールの質は落ちない。行ってこい」
指揮官の言葉に応えるように、ピッチに送り出されたメンバーたちは序盤から王国ブラジルを相手に一切引くことなく、自慢のパスワークと運動量で渡り合った。
前半15分。黄金世代のレジスタが中盤の底から放った美しいロングフィードに、天才ドリブラーがヌルリと相手DFの隙間を抜け出す。独特のステップでブラジルDFを翻弄し、中央へ絶妙なグラウンダーのパス。走り込んだエースストライカーが右足を振り抜き、日本がなんと王国から先制ゴールを奪ってみせた。
『1 - 0』!
スタンドから湧き上がる大歓声。ベンチで身を乗り出した響木も「凄い……!」と目を輝かせる。
しかし、ここからサッカー王国の真の牙が剥かれることとなる。
先制されたブラジルは、ブラジル独特のしなやかなリズムと、一瞬でギアを上げる圧倒的な個人技で日本の【フラットスリー】に襲いかかってきた。
前半32分。中央での細かなワンツーから一瞬でラインの裏へ抜け出され、同点ゴールを許す。さらに後半10分には、バイタルエリアでの異次元のアイディアから逆転のミドルシュートを叩き込まれてしまった。
『1 - 2』。
後半途中にオフザボールの動きの天才がピッチへと投入され、果敢に反撃の糸口を探る。相手CBの死角へと滑り込み、あわや同点という鋭いシュートを放つが、ブラジルのGKによる驚異的な反応に阻まれた。
そのまま鳴り響くタイムアップの長笛。
『1 - 2』。
日本はターンオーバーを敢行しながらも王国ブラジルを相手に互角以上の好ゲームを演じ、スタンドからは負けた日本に対して温かい拍手が降り注いだ。
ベンチで響木に、主将が静かに声をかける。
「善戦で終わったな。……だが、俺たちの目標はここじゃない」
「はい……ノックアウトステージで、絶対にリベンジしましょう」
響木は力強く頷いた。 グループリーグ2位通過。しかし、主力を休ませつつ王国と真っ向から渡り合ったこの敗戦は、チームにさらなる団結と「頂点へ届く」という確かな手応えをもたらしていた。しかし、決勝トーナメントは波乱の展開が待っていた。
史上最強のチームは、いよいよ一発勝負の極限の戦い――決勝トーナメントへと足を踏み入れることになる。
シドニー五輪・決勝トーナメント準々決勝。
グループリーグを突破した8か国が激突するノックアウトステージ初戦で、大会を揺るがす大きな「波乱」が巻き起こった。
日本のいる山とは反対側のピッチ。グループリーグ最終戦で日本を『1 - 2』で破り、勢いそのままに金メダルへと突き進むと思われていた「サッカー王国」ブラジル。その王国の前に立ちはだかったのは、アフリカの雄・カメルーン代表だった。
異次元の身体能力と躍動感あふれるプレイで王国を苦しめ、延長戦に及ぶ激闘の末にカメルーンがブラジルを撃破。優勝大本命と目されていたブラジルの「初戦敗退」という大金星のニュースは、瞬く間にシドニー中のスタジアムと選手村を駆け巡った。
日本のミーティングルーム。 テレビ画面に映し出される、頭を抱えて静まり返る黄色いユニフォームのブラジル代表と、抱き合って歓喜を爆発させるカメルーンの選手たち。
「……ブラジルが、消えたか」
1997年世代の主将が、静かに呟いた。
グループリーグで敗れ、「ノックアウトステージで絶対にリベンジする」と誓い合っていた相手の思わぬ脱落。だが、ミーティングルームに漂う空気には、動揺や失望ではなく、むしろ研ぎ澄まされた緊張感が満ちていた。
腕を組んでモニターを見つめていた絶対的エースが、低い声で口を開く。
「これが一発勝負だ。名前や実績なんてピッチの上じゃ何の保障にもならない。次を足元からすくわれるのは俺たちかもしれないってことだ」
その言葉に、熱血CBや「ボンバーヘッド」が力強く頷く。
パイプ椅子に腰掛けていた響木蒼生も、深く息を吐き出しながら拳を握りしめた。
「ブラジルにリベンジできなかったのは残念です……でも、これでよく分かりました。ノックアウトステージからは、どの国も死ぬ気で来ます」
響木の瞳には、いつもの穏やかさの裏に潜む「捕食者」の冷酷な光が宿っていた。
フランス人監督が前に立ち、選手たちを見回して静かに言い放つ。
「ブラジルの敗退は、我々にとっての警告だ。相手がどこであろうと、我々のやるべきフットボールは変わらない。【フラットスリー】を研ぎ澄まし、目の前の敵を粉砕するだけだ」
一発勝負の極限の戦い。 サッカー王国の落とし穴を目の当たりにし、さらなる緊張感と結束力を手に入れた日本代表。史上最強と称される若き将星たちは、自らの手で金メダルを掴み取るため、準々決勝のピッチへと静かに足を踏み出していった。




