第二章第十二話
1998年、フランス。パルク・デ・プランスで開催される3位決定戦を前に、日本代表の宿舎には激震が走っていた。
ブラジルとの激闘の末、右足を負傷した響木蒼生。現地病院での緊急検査の結果、提示された診断は「右足第一中足骨の骨折」であった。
「……骨折、ですか」
診断結果を聞いた響木は、テーピングが重々しく巻かれた自身の右足を静かに見つめた。
ピッチの外ではどこまでも素直で控えめな青年だ。試合に出られない悔しさは当然あったが、それ以上に、ここまで共に戦い抜いてきた仲間たちと最後に同じピッチに立てない申し訳なさが胸を締め付けた。
「すいません……大事なところで、僕、なんの役にも立てなくなっちゃって……」
悔しそうに俯く響木に対し、付き添っていた左利きのボランチは優しくその頭を撫でた。
「バカ言え。お前のゴールがなかったら、俺たちはこの『3位決定戦』という夢舞台にすら立ってねえんだよ。あとは俺たちに任せて、じっくり治せ」
そして、絶対的エースのトップ下もまた、無言で響木の肩を強く一叩きし、静かにベンチへと向かっていった。
対戦相手は、グループリーグ第2戦で日本が勝利を収めたクロアチア代表。
あの日敗れた屈辱を胸に、世界の3位という栄誉を懸けて死物狂いで挑んでくる欧州の雄だった。
ベンチから松葉杖をつき、浅葱色のトレーニングウェア姿で戦況を見守る響木。
ピッチ上では、日本のエース不在を埋めるべく、絶対的エースのトップ下を中心に全員が泥臭く牙を剥いていた。しかし、ブラジル戦での120分間に及ぶ死闘による肉体的な疲労は限界に達しており、さらに「日本の絶対的脅威」であった響木を欠いた攻撃は、クロアチアの堅牢な組織守備を崩し切ることができない。
後半終了間際、クロアチアの絶対的エースである9番に一瞬の隙を突かれ、痛恨の決勝ゴールを許してしまう。
『0 - 1』。
タイムアップのホイッスルがパリの空に高く響き渡った。
満身創痍で戦い抜いた日本代表の奮戦も虚しく、悔しい惜敗。ワールドカップ初出場となった日本の最終結果は、堂々の「世界4位」という、世界中を驚愕させる偉業とともに幕を閉じた。
(※なお、同日行われた決勝戦では、王国ブラジルが圧倒的な強さを見せつけて見事に頂点へ立ち、大会は閉幕した)
表彰式と閉会式が執り行われるスタジアム。
失意と達成感が交錯する日本代表のベンチ前へ、大会関係者が足早に近づいてきた。その手には、金色の輝きを放つ一基のトロフィーが握られていた。
「ミスター・ヒビキ……グランデ(素晴らしい)!」
フランスWCP――アディダス・ゴールデンシュー(得点王)。
アルゼンチン戦でのハットトリック、クロアチア戦の2ゴール、イングランド戦での2度目のハットトリック、そしてオランダ戦、ブラジル戦での値千金のゴール。
出場した試合のほぼ全てで爆発的な得点力を発揮し、大会通算【9ゴール】を叩き出した響木蒼生が、世界の並み居るスーパースターたちを抑え、単独での『大会得点王』に輝いたのだ。
松葉杖をつきながら受け取った黄金の靴の重みに、響木は目を丸くした。
「えっ……僕が、得点王……?」
信じられないといった様子で呆然とする響木の背中を、チームメイトたちが次々と笑顔で叩く。
「当たり前だろ! 9ゴールだぞ、9ゴール!」
「世界一のストライカーだ、胸を張れヒビキ!」
絶対的エースのトップ下も、不敵で誇らしげな笑みを浮かべて響木の隣に並んだ。
「お前が世界で一番ゴールを決めたんだ。誰に遠慮する必要もない」
熱狂と興奮が冷めやらぬスタジアムの光の中、重厚なトロフィーを胸に抱える響木蒼生。
ピッチを降りれば照れくさそうにはにかむどこにでもいる青年が、フランスの地で刻んだ絶対的な爪痕。
右足の痛みを抱えながらも、彼の視線はすでに、さらなる高み――世界最高峰のクラブシーンでの激闘へと向けられていた。




