第二章第十一話
1998年、フランス。準決勝の舞台、マルセイユのスタッド・ヴェロドローム。
超満員のスタンドを埋め尽くす黄色と緑の大声援、そして打ち鳴らされるサンバの重低音。日本代表が決勝進出を懸けて激突するのは、サッカー王国の絶対的王者――ブラジル代表だった。
前線には圧倒的なスピードと破壊的なテクニックを誇る「怪物ストライカー」が君臨し、両サイドからは世界最高峰のサイドバックが果敢なオーバーラップで襲いかかる。
「恐れるな! ここまで来たら、世界の王者を相手に自分たちのサッカーを全開でぶつけるだけだ!」
絶対的エースのトップ下が力強く鼓舞し、日本のイレブンが意気高くピッチへと散っていく。
だが、王者の圧力はこれまでのどの強豪とも一線を画していた。
前半12分。中盤での一瞬のパスミスを見逃さず、ブラジルの「怪物ストライカー」が圧倒的な加速で日本のCB陣を抜き去り、先制ゴールを叩き込む。
1 - 0。
絶対王者のあまりの強靭さに飲み込まれそうになる日本。しかし、日本代表の誇りを胸に秘めた男たちは折れなかった。
前半30分、左利きのボランチが中盤の激しいプレスをかわして完璧な浮き球を送り込むと、相手DFの死角から抜け出した響木蒼生が右足のダイレクトボレーを叩き込み、同点(1 - 1)。
ここから試合は、歴史に残る激しい「点の取り合い」へと変貌していく。
後半、ブラジルが誇る強力なサイドアタックから勝ち越し点を奪われれば(1 - 2)、日本も絶対的エースのトップ下が執念のミドルシュートを突き刺して追いつく(2 - 2)。
激闘の中、試合はついに『3 - 3』の同点のまま、前後半90分を終えて過酷な延長戦へと突入した。
限界を超えて走り続ける両チーム。その死闘のさなか、痛恨の瞬間が訪れる。
延長前半10分。前線のルーズボールへ飛び込んだ響木に対し、ブラジルの巨漢DFが激しくアフタータックルで見舞う。
「ガッ……!?」
ピッチに強く打ちつけられた響木は、右足首を押さえたまま立ち上がることができない。激痛に顔を歪める彼のもとへ、メディカルスタッフと絶対的エースのトップ下が駆け寄る。
「響木、大丈夫か!?」
「す、すみません……足が……」
激しい捻挫。立ち上がることすら厳しい状態だったが、交代枠を使い切っていた日本代表のため、響木は応急処置のテーピングを固く巻き直すと、顔を蒼白にしながら再びピッチへと戻った。走ることすら満足にできない状態でありながら、彼はただ前線に立ち続け、相手DFの意識を引きつけ続けた。
延長後半の15分間も両者譲らず、120分間に及ぶ死闘の末、スコアは『3 - 3』のままタイムアップ。
決着は、あまりにも残酷なPK戦へと委ねられることとなった。
ペナルティスポットへ向かう前、代表監督とメディカルスタッフが響木のもとへ寄ってくる。
「響木、PKは蹴れるか?」
響木は悔しそうに歯を食いしばり、痛む右足を見つめて首を振った。
「……申し訳ありません。今の足じゃ、まともにボールに体重を乗せられません……」
ストライカーとしての意地よりも、チームの勝利を最優先に考えた決断だった。キッカーを回避した響木は、肩を借りながらセンタースークルで見守る側に回った。
迎えたPK戦。
互いにプレッシャーが重くのしかかる中、集中力を研ぎ澄ませた日本GKの健闘も虚しく、日本の4人目のシュートがブラジルGKの威圧感の前にわずかに枠を外れた。
直後、ブラジルの5人目が冷静にネットを揺らし、ゲームセット。
「試合終了ォォォッ!! 死闘の末、PK戦を制したのはブラジル! 日本代表、王国を相手に一歩も引かぬ名勝負を繰り広げましたが、あと一歩、届きませんでした……!」
実況の声が静かに響く。
ピッチに崩れ落ち、涙を流す日本の選手たち。
右足を痛めた響木も、悔しさを噛みしめながら芝生を見つめていた。そこへ、絶対的エースのトップ下が歩み寄り、響木の肩をガシッと力強く抱き寄せた。
「胸を張れ、響木。お前のゴールがあったから、俺たちは世界をここまで追い詰められたんだ」
敗れはしたものの、世界王者を相手に120分間互角以上に渡り合い、世界中を驚愕させた日本代表。
足を痛めながらも最後まで戦い抜いた青年の目に、フランスの夜空と、次なるステージへの新たな決意が静かに映っていた。




