第二章第十話
1998年、フランス。準々決勝の舞台、マルセイユのスタジアム・ドゥ・マルセイユ(スタッド・ヴェロドローム)。
ベスト8という前人未到の領域へ足を踏み入れた日本代表の前に立ちはだかったのは、オレンジ色のユニフォームを纏う欧州屈指の強豪――オランダ代表だった。
ピッチに並び立つオランダの陣容は、まさに隙のない「完成されたトータル・フットボール」。
中盤で圧巻のボールキープと高いゲームメイキング能力を発揮する司令塔をはじめ、最終ラインには高さと圧倒的なフィジカルを兼ね備えた巨漢CBたちが壁のようにそびえ立つ。
「ここまで来たら、相手がどこだろう関係ねえ。俺たちのサッカーを世界に見せつけてやるぞ!」
泥臭いボランチの叫びがピッチに響き、選手たちの気持ちを一つに束ねる。
試合は立ち上がりから、圧倒的なテクニックとパスワークを誇るオランダのペースで進んだ。
オランダの分厚い攻撃陣が日本のペナルティエリアへと波状攻撃を仕掛け、鋭いシュートが幾度となく日本ゴールを襲う。しかし、日本の守備陣も身体を張り、間一髪のところで得点を許さない。
前半をスコアレスの「0 - 0」で折り返し、迎えた後半。
こう着状態を破るべく、日本代表の絶対的エースのトップ下が中盤の激しいマークを跳ね返し、前線へ鋭い縦パスを打ち込んだ。
ボールを受けた左利きのボランチが、迫り来るオランダの大型CBを引きつけて絶妙なスルーパスを通す。
その一瞬。
オランダの巨大な「オレンジの壁」の間にできた、わずかな死角――。
そこへ影のように忍び寄っていたのは、背番号9、響木蒼生だった。
オランダの大型CBが慌てて足を伸ばすが、響木はすでにその先を行っている。
ペナルティエリア内、跳ねたボールの軌道を見極めた響木は、一切の迷いなく空中へ跳躍した。
空中でしなやかに身体を捻り、右足を一閃。
必殺の、ジャンピングダイレクトボレー。
乾いた重い破裂音とともに放たれたシュートは、飛び出したオランダの守護神の手をかすめ、ゴール左上のネットに突き刺さった。
「ゴーッッール!! 先制!! 響木蒼生! またしてもこの男だ!! 欧州の強豪オランダの絶対防壁をぶち破る、見事なダイレクトボレー!!」
実況の絶叫がスタジアムを揺らす。
歓喜に爆発する日本のベンチ。響木のもとへチームメイトたちが次々と飛びつき、泥まみれの抱擁を交わす。
1 - 0。
先制を許したオランダは、終盤にかけて猛烈な怒涛の猛攻を仕掛けてきた。
高さのあるパワープレイで日本のペナルティエリアへボールを放り込み続けるが、日本の守備陣は集中力を切らさず、全員が泥臭く守り抜く。
そして、運命のホイッスルが三度、フランスの空に響き渡った。
『1 - 0』。
タイムアップ。
アジアの超新星・日本代表が、サッカー大国オランダをも退け、奇跡の「ワールドカップ準決勝進出(ベスト4)」という歴史的快挙を成し遂げた。
ピッチ上で勝利の噛みしめる仲間たちに囲まれながら、響木蒼生は流れる汗を拭い、照れくさそうに頭を掻いた。
冷酷な捕食者の顔から、いつもの素朴で控えめな青年の顔に戻った彼は、スタンドから降り注ぐ大歓声に少し恥ずかしそうに手を振るのだった。




