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第二章第三話

1998年、Jリーグ・ファーストステージ。 最高峰の舞台において、強烈な旋風を巻き起こしているクラブが二つあった。奇しくもそれは、昨季のJFLで死闘を演じた北海道の二クラブである。

一つは、圧倒的な「魅せるサッカー」で全国のメディアとファンを虜にしているプログレッソ札幌だった。 「行け。お前たちの考える、新しい時代のサッカーを見せてやれ」 ベンチ前で腕を組み、静かに戦況を見つめるのは、新監督の吉田松司。圧倒的なカリスマ性で選手たちを惹きつける彼は、ピッチを『現代の松下村塾』に見立て、選手たちの個性を極限まで引き出していた。

中盤の底では、新ボランチ・久保敏通が、感情を一切交えない冷徹なまでのパスワークでゲームを支配する。右サイドでは武田半平が、いかなる状況でもブレない安定した技術でボールを運び、攻撃の基盤を作っていた。 その盤石の土台の上で、大郷、坂崎、桂木の強力なトライアングルが波状攻撃を仕掛ける。そして何より、相手守備陣を恐怖に陥れていたのが、新加入のFW高柳晋だった。

ペナルティエリア付近、味方からのパスを受けた高柳。セオリーであればトラップして前を向くか、味方の上がりを待つ場面。だが、高柳はボールに触れることすらなく、足元をすり抜けさせたボールを軸足の裏で強引に弾き、信じられないタイミングでシュートを放った。 「なっ……!?」 完全に意表を突かれた相手GKが一歩も動けないまま、ボールはゴールネットに突き刺さる。 戦術もセオリーも自ら破壊し、常識外れのタイミングで牙を剥く『奇兵』。 吉田監督が指揮するこの超攻撃的ポゼッションは、そのあまりの攻撃偏重ゆえに守備の脆さを露呈し、順位こそ中位に甘んじていた。だが、どの会場でも大観衆を沸かせるその革新的なプレースタイルは、間違いなく今季のJリーグにおける最大のトピックとなっていた。

一方――。 もう一つの旋風、ステラマーレ函館の戦いぶりは、札幌のそれとは対極にある「泥」にまみれたものだった。

「クリアしろォッ!!」 土砂降りの雨の中、主将の門倉鉄馬が泥だらけになりながら相手の強烈なシュートに身を投げ出す。こぼれ球にいち早く反応した斎間創がスライディングでボールを刈り取り、左サイドの南山計助が冷静な判断で陣形(ダンダラ)のほころびを修復する。右サイドの原野駿之介は、すでに終盤だというのに、無尽蔵のスタミナで水たまりを蹴立てながらスプリントを繰り返していた。

華麗なパスワークもない。圧倒的なポゼッションもない。 函館のサッカーは、ただひたすらに耐え、守り抜き、たった一度の隙を突いて仕留める「堅守速攻」。 だが、そのたった一度の隙を確実に「1点」へと変換できる絶対的な刃が、函館には存在した。

後半43分。沖瀬司からのロングカウンターのパスが前線へ放たれる。 前線へ抜け出したのは、響木蒼生。 ピッチ外では大人しく控えめな彼は、ピッチの中では誰よりも冷酷な点取り屋へと変貌する。相手DFの決死のタックルを間一髪でかわすと、飛び出してきたGKの位置を冷静に見極め、ワンタッチでふわりと浮かせるループシュートを放った。 ボールは美しい弧を描き、無人のゴールへと吸い込まれていく。

「勝った……今日も、勝ったぞおおおッ!!」 タイムアップのホイッスルとともに、函館の選手たちがピッチに崩れ落ちる。 スコアはまたしても「1-0」。 魅せるサッカーの札幌とは違い、函館の勝利は常に薄氷を踏むような泥臭いものだった。しかし、勝ち点3は勝ち点3である。どんなに不格好でも、絶対に折れない心で白星を拾い続ける函館の姿は、いつしか対戦相手にとって底知れぬ脅威となっていた。

ファーストステージ終盤。 今季のJリーグは、強豪クラブの取りこぼしが相次ぎ、稀に見る『大混戦』の様相を呈していた。 毎節のように首位が入れ替わる混沌とした星取表。 その上位グループの真っただ中に、下馬評を覆し、泥臭く勝ち点を積み上げてきたステラマーレ函館の名が堂々と名を連ねていた。

「おい……嘘だろ。あと3試合勝てば……」 クラブハウスの順位表を見上げ、門倉が震える声で呟く。 隣に立つ沖瀬も、静かに息を呑んでいた。その背後で、響木はいつもと変わらぬ穏やかな表情のまま、しかしその双眸には静かな炎を燃やして順位表を見つめている。

ファーストステージ優勝。 シーズン開幕前、誰一人として想像すらしていなかった奇跡の頂が、今、函館の目と鼻の先に迫っていた。



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